第17話 巫女と迷子と、カメラに映らない人と話してた件
稲荷がルーナの中に入ったまま逃げて行く。
「ちょっと待って! 何もしないから!」
だが、俺の言葉は届くことなく、逆に稲荷の走るスピードが増す。
『完全に不審者の台詞』『事案です。通報しました』『犯罪者予備軍』
と、コメントで叩かれる。
うっさいわ!
自分でも『何もしないから』はないと思ったよ、ほんとに……。
とにかく、稲荷を追わないとならない。
……にしても。
『うわー。夜の廃病院ヤバい』『これ絶対出るやつ』『そこ、人魂出るよ』『さよならカメラマン』
書き込みにあるように、本当にヤバい。
窓はところどころ割れてて、壁には赤っぽい手形。
古びた扉が風もないのにギィと軋む。
雰囲気作りのためにこんな場所を選ぶんじゃなかった。
「稲荷ー! 悪かった。話し合おう!」
虚しく声だけが響く。
朝まで待つか?
いや、ダメだな。
ルーナは3DモデルVerのままだ。
おそらく、今は神気ってやつを垂れ流しにした状態。
コラボの時でも体力をかなり消耗してた。
朝までなんて、絶対にもたない。
あー、もう!
巫女なのになにやってんだよ!
払う側なのに、憑かれるなよ!
「ちょっと!」
「ぎゃあっ!」
廊下を曲がったところで、いきなり声をかけられた。
ショートカットの若い女だった。
Tシャツにジーンズというカジュアルな格好をしている。
「なにしてるの!?」
「こっちの……台詞です」
深夜の丑三つ時に、こんな場所に来るなんて俺たちくらいだと思うんだが。
ガチの心霊スポットだぞ、ここ。
遊びで来るようなところじゃない!
「私、ここの管理会社の人間。心霊スポットとか言って、来る人が多いんだよね」
「ああー。なるほど」
「しかもさ、画が栄えるとか言って、動画配信する人もいるんだよね」
「最低ですね。配信者の風上にもおけないです」
うーん。ブーメラン。
「君、大学生?」
「ええ、そうです」
「やっぱり。で? ここでなにしてるの?」
「妹が、迷子になっちゃって」
「ホントに? マズね、そりゃ」
「はい。すこぶるマズイです」
「わかった。私も探すの手伝ってあげる」
「本当ですか? 助かります」
よかった。
なんでこんなところに妹を連れてきたって聞かれたらどうしようかと思った。
お姉さんと並んで歩く。
静かなせいか、俺の足音だけが妙に響く。
「あの……ライトとかないんですか?」
「うん。無いからライターを探してるんだよね」
あははと笑って、暗がりの中を足元ぜんぜん気にしないで平然と歩く。
なんで普通に歩けるんだろ、この人。
「君って、幽霊とか見えるタイプ?」
「え? まあ……人並みには」
「そうなんだ? いいなぁ。私は見たことないんだよね」
「見えていいことなんてないですよ」
「ふーん。そういえば、ここで幽霊が出るって話、知ってる?」
「心霊スポットですから、出てもおかしくないですよね」
「その幽霊って、何かを探しているみたいで、彷徨ってるらしいんだよね」
「何かって、なんですか?」
「本人も忘れちゃったみたい」
「大変な話ですね」
「しかもね、自分が幽霊って気付いてないんだって」
「……なるほど」
そのとき、コメントが書き込まれた。
『さっきからカメラマン、誰と話してんの?』『恐怖で精神逝ったか?』『そこの精神科で診て貰え』
ですよねー。
管理会社の人でもこんな深夜に一人でいるなんておかしいと思った。
ここに出る幽霊って――あなただったんですね!