第16話 巫女と狐耳と、つまみ食いの代償
「コンコンこんばんは……。い、稲荷って言います」
目を潤ませて今にも泣きそうな声で、弱弱しく自己紹介してきた。
獣耳に太くて黄色い尻尾。
名前からして狐の化身だということがわかる。
にしても小さい。
見た目は完全に5歳の女の子。
まあ、実年齢は違うんだろうけど。
下手したら余裕で俺の10倍は生きていてもおかしくないかも。
「わー! 可愛い!」
「ひゃあぁああ!」
ルーナが稲荷を抱きしめて、頬ずりし始めた。
稲荷はびっくりしたのかアワアワと慌てている。
「おい、ルーナ。情が移るようなことはやめろ」
「ん? どういうこと?」
「……これから、祓うんだろ?」
「なにを?」
「この子」
俺は稲荷を指差す。
すると、稲荷は「ひっ!」と言ってルーナに抱き着いてしまう。
「はああ!? 何言ってんの!? こんな可愛い子を祓う? できるわけないじゃん!」
「いや、お前……。このチャンネルの存在意義を否定すんなよ」
「マネーは、稲荷ちゃんを祓いたいってこと!?」
「そうは言うけどよぉ……」
すると、ガンガンコメントが目の端に浮かび上がってくる。
『鬼畜野郎!』『お前が祓われろ!』『稲荷ちゃん飼いたい』『可愛いは正義だろ』
罵詈雑言の嵐だ。
まあ、一人が書き込んでるんだけどな。
視聴者2人しかいないし。
確かに俺だって祓いたいわけじゃない。
でも、『巫女ちゃんねる』は邪気を払う……って、ん?
「そういえば、お前、強い邪気って言ってよな? その子」
「え? あー、そう言えば……」
「てことは、悪い霊ってことだよな?」
「んー?」
ルーナがジッと稲荷を見た。
すると稲荷はモジモジしながら、恥ずかしそうにし始める。
「ぼ、ぼくは……その、外道だから……」
「外道?」
「えっと、悪いことをしちゃって、神様から落ちちゃったの」
「ということは元々は神様だったのか?」
「うん……」
「悪いことって、何したの?」
ルーナがよしよしと頭を撫でながら稲荷に聞く。
「……油揚げを……つまみ食いしちゃったの」
そんな程度で神様から外道に落とされるのか?
じゃあ、ルーナは腐れ外道ってところか。
「それが美味しくて……。もっと食べたいと思って……」
ん? 1回つまみ食いしただけじゃないのか?
雲行きが怪しくなって来たぞ。
「だから……人間に憑りついたの」
「で、油揚げを食い漁ったと?」
「うん……」
コクリと頷く。
と同時に、口から涎が垂れる。
思い出しちゃったのかな?
「それ、何回くらいやっちゃったんだ?」
「……108回」
おう……。煩悩の数と同じか。
それはアウトだ。
神様なのに煩悩まみれだな。
「じゃあ、ルーナが邪気を感じたのも……」
「視聴者の人に憑りついていたからだね」
腕を組んでうんうんと頷いているルーナ。
「ダメじゃん!」
いきなり稲荷が、スッとルーナの中に入って行く。
ルーナの髪の間から、ぴょこんと狐耳が生えた。
直後、スカートの隙間からふわふわの尻尾まで伸びてきて――。
「うわーん! ごめんなさーい!」
そう言って狐化したルーナ……いや、稲荷が走り出してしまった。
なんてこった。
お稲荷様じゃなくて、狐憑きだったのかよ。