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友情の桜

作者: 因幡



ぱたぱたとせわしないな足音が響く通学路。

すでに人気がないのは、10分ほど登校時間を過ぎてしまっているからだ。

「新学期早々遅刻なんて、まずいよー」

あおいは、独り言ち、髪を乱して、セーラー服のスカートをはためかせ、公園の前を通り過ぎようとした。

が、目が止まった。

公園にある、この町のシンボルともいえる大きな桜の木に、一人の少年が立っていたからだ。

3分咲の桜の足元で、それを見上げるのは、滑らかな肌に明るい栗色の髪をした美しい少年だった。あおいと同じ中学の学生服を着ている。例えるなら、ゲームセンターもないこの小さな田舎町に、突然東京のモデルが放り込まれた、と言う感じだ。

あおいは思わず、少年と桜の木を見つめた。

視線に気づいた彼が振り返り、あおいは笑顔を作った。

「ごめんね、見慣れない人だったから、つい。君みたいなイケメン、うちの学校にいたかなあ」

だが、少年の瞳は、どこか冷たい。あおいは返事を返さない少年に、また話しかけた。

「その桜の木、大きいでしょ?うちの町の唯一の自慢は、この桜だから」

「…確かにでかいな。10メートルはありそうだ」

「あ、せっかくなら、写真撮っていけば?転校生なの?今日が初めて?」

「…うるさい女」

と、少年が呟く。

そのとき、遠くで本礼のチャイムが鳴った。

「と、とにかく遅刻するから早くしなよ!」

あおいはそう言うと、校舎の方へ向かって走り出した。少年はその場に立ったまま、じっとその様子を見つめていた。

あおいがおそるおそる教室へ向かうと、担任の男性教師が、少し微笑みながら、あおいに席に着くよう促す。あおいは、肩を縮めて席に着くと、後ろの席の、髪を短く刈り込んだ男子に頭を小突かれた。

「お前、2年になってもかわらねーなぁ、相変わらず寝坊助なんだな」

「うるさいなあ、壱太いった。あんたこそ、サッカーばっかりやって宿題やってないんでしょ」

「そ、そんなことねーし!ちゃんと、ダチに写させてもらって…」

「写したぁ?あんたはほんとにねー」

幼馴染の壱太と、また喧嘩が始まりそうになり、その気配を察した担任の教師はごほん、と咳払いをする。ふたりは顔を見合わせて、黙った。

「えー、今日はみんなに嬉しいお知らせがあるぞ。2年生から、皆の仲間になる転校生だ。さ、入って」

教師の言葉に、クラスがざわざわとする。ゆっくりとドアを開けて、学生服の男子が教室に入って来た。

あおいは、びっくりして思わず指を差した。朝、公園で出会ったあの美しい少年だったのだ。

「君、うちのクラスだったの?」

だが、少年はつんと澄ました顔をして、あおいの発言は無視している。

「あおいさん、指をさしちゃいけないよ」

教師は、黒板に流れるような字で、『新谷 舜』(しんたに しゅん)と名前を書いた。

「舜くんは、東京から、お父さんの仕事の都合で引っ越してきたんだそうだ。みんな、舜くんに質問はあるかい?」

「はい!彼女はいるの?」

「スポーツは得意?」

と、口々に言いながら何人かの生徒が手を挙げる。みんなの目には、わくわくした気持ちと好奇心が浮かんでいる。

「先生、そういうくだらない時間はいらないので、授業をしてください」

舜がそう言うと、教室が一瞬、水を打ったように静かになった。そのあと、さざめくように話声が湧きたつ。

「なんなん?いまの」

「すかしてるー」

「あ、ああ…じゃあ、なにか聞きたいことがある人は、舜くんに個人的に聞いてくれってことで…席は、壱太くんの横の、窓際だ」

壱太が、げぇ、と露骨に嫌そうな顔をする。舜は黙ってそちらへ向かうと、席に着いた。

休み時間になっても、舜に質問をしに来たのは、あおいだけだった。みんな、最初の挨拶で、気になりはするけど、舜のことを関わらない方がいいやつ、と判断したらしい。

「ね、舜くんって東京のどこから来たの?お父さんは何の仕事してるの?」

「…あんた、ほんと空気読めないな」

「あおい、そんなやつのことほっとこうぜ?」

舜を囲むように、あおいと壱太が輪を作っている。

「だって、東京からひとりで転校してきたなんて、さびしいじゃん。友達つくらなきゃやっていけないでしょ。壱太も友達になってあげなよ」

「やだよ。こいつがイケメンだから、あおいは構うだけだろ」

「ちがうし!」

と、あおいが顔を真っ赤にさせると、舜は冷たい視線を向け、ため息をついた。

「そういうおせっかい、いいから。どうせ俺、すぐにいなくなるし」

「え?どういう意味?」

「父さんは転勤族だから、引っ越しばっかりするんだ。ここにも1年もいないと思う」

あおいと壱太は顔を見合わせた。

「だからほっといてくれていいってこと。友達とかいらないから」

そう言うと、舜はこっそり持ち込んでいたのか、イヤホンをつけて音楽を聴き始めた。

壱太が、あおいにささやく。

「あおい、こんなやつもう気にしないようにしようぜ。俺、…こいつと仲良くなれる気しない」

「でも…そんなのって、寂しいじゃん。せっかくここに引っ越してきたのに、ずっとひとりで過ごすの?」

「だって、こいつがひとりでいいって言ってるんだぜ?」

ふたりはしばらく、そうやって喋っていたが、舜は休み時間が終わるまで、イヤホンを外すことはしなかった。

それから1週間が過ぎ、相変わらず、舜はいつも休み時間になると、イヤホンをつけて音楽を聴いている。

舜は今日もイヤホンを耳に刺したまま、窓の外を眺めている。その視線の先には、校庭で仲間と楽しそうにサッカーをする壱太の姿があった。どうでもいいと言いながら、心のどこかで壱太のことを気にしているのが、舜自身も面白くなく、舜はすぐに視線をそらした。

そうしていると、突然舜の視界の中に白いものが動いた。

「はい、舜くん」

あおいは舜に白い封筒を差し出した。舜がいぶかしんで中身を開くと、動物やクラッカー、ケーキのシールが貼られたカードが入っていた。

『舜くんの歓迎パーティー、今度の日曜日、あおい家にて』とでかでかと書かれている。

「なにこれ?」

舜はつまらなそうな声を出した。

「今度、壱太と私で舜くんの歓迎パーティーやるから、来てよ」

「…そういうのいらないって言ったじゃん」

「いいから!私と壱太が舜くんと友達になりたいの。だから、ほら、しまって」

あおいが語気を強めると、舜はしぶしぶと言った感じで鞄の中にそれを仕舞った。あおいは満足気に微笑み、舜の隣の席に座る。

「ねぇ、さっき壱太のことみてたでしょ」

「見てない」

「見てたよ!ほんとはサッカーやりたいんじゃない?壱太に言えばきっと混ぜてくれるよ。人数全然足りないとかっていってたし」

「あんたさ、ほんとおせっかい。俺、サッカーにも壱太にも興味無いから」

「みんな、ほんとは舜くんのこと興味あるんだよ。だから、誰かと話してみようよ」

舜が眉根を寄せると、教室のドアから壱太が顔を出した。シャツは薄汚れ、いたるところに擦り傷ができている。

「あおいー、絆創膏持ってねえ?」

あおいはその場から中腰になり、大きな声で壱太に声を掛けた。

「また、ケガしたんだ。あんたボール目の前にすると、すぐ全力疾走するもんねー」

あおいが絆創膏を持って教室のドアに近づくと、壱太が小声であおいに話しかけた。

「…なんだ、またあいつとしゃべってたのかよ」

「うん」

「お前…あいつのこと、もしかして、その…」

「え、何?何口ごもってんの?」

「何でもねぇ!」

絆創膏を肘に貼られた壱太は、踵を返すと走り去っていった。

あおいはその様子を不思議そうに見ていた。

日曜日、あおいはローテーブルの上に頬杖をついて、ひとつため息をついた。

きれいに掃除機をかけたリビングに、ローテーブルの上にはポップコーン、ポテトチップス、小分けのケーキなどが並んでいる。

集合時間になっても、インターホンのチャイムが鳴ることはない。

壱太は隣でサッカーボールをころころと胡坐の中で転がしていた。そして、ポテトチップスの袋に手を伸ばす。

「なに食べてんのよ!舜くんまだ来てないじゃん」

「どうせ来ねーよ。あいつ、ほんとに俺たちに興味ないみたいだな」

そう言うと、壱太はポテトチップスの袋をばりっと開け、中身を口に放り込む。しょっぱい潮の香りと、油の香りが、リビングに広がった。

「壱太も、もうちょっと、舜君となかよくしてよ。舜くん、きっと一緒にサッカーやりたいと思うし」

「やだよ、俺。あいつ冷たいし」

「はあ…普通、みんなと仲良くしたいって思うものじゃない?なんであんな態度とるんだろう」

「さあ、俺にはよくわかんねー」

憂鬱そうに肩を落として、ため息をついているあおいを見て、壱太は黙り込み、ややあってまたポテトチップスをばりばりと咀嚼した。

次の日、4月も終わりになりかけた朝。

下駄箱の前で、壱太と舜が鉢合わせた。靴を脱いで、自分の下足入れに入れている舜に、壱太が声をかけた。

「なあ、なんで昨日来なかったんだよ」

「…は?興味ないっていったじゃん」

「お前な!あおいがせっかく準備してたのにそれはねーだろ!どこまで自己中なんだよ!」

壱太が声を荒げると、他の生徒がびっくりして振り返る。

「俺はお前のこと嫌いだし、どうでもいいけど、あおいが心配してんだろーが。だったら少しは仲良くしようとか思わないのかよ」

壱太が大声を上げるのとは対照的に、舜は冷めた目をして、壱太を見下ろした。

そして、冷淡な、だがどこか勝ち誇ったような声をだした。

「お前、あの子のこと好きなんだろ」

「…は?」

「だから、あの子が俺のことばかり気にするのが、面白くないんだよな。な、そうなんだろ?」

 壱太の顔が真っ赤になり、脳天に一瞬で、羞恥と、怒りと、わけのわからない感情がないまぜになったものが到達し、沸騰した。壱太は下駄箱に舜を押し付け、胸ぐらをつかんだ。

「ふざけんな!!」

壱太が舜の顔を殴りつけ、反撃する舜も怒りに身を任せて、壱太のことを押し倒した。

ふたりは取っ組み合いになり、周りは悲鳴やら野次馬やらで大騒ぎになった。

急いで他の生徒が保健室の先生を呼んできて、ふたりの間に入り、その場をとりなしてくれた。

あおいは汗を掻きながら走り込み、保健室のドアを勢いよく開けた。

「舜くん、壱太!」

保健室の白いベッドの上に、並んでふたりが座っている。壱太はほほに赤黒いあざがあり、舜も額が赤黒くなっている。先生は、職員室へ向かったのか、留守だった。

「壱太!なんで喧嘩なんかするの!」

壱太はちらりと舜を見たが、舜は何も言う気配がなさそうだった。壱太は口ごもりながら、呟く。

「…こいつが、昨日歓迎会来なかったから。それでだよ」

「…舜くん、どうしてそんなに、私たちのこと拒否するの?」

あおいと壱太が見つめると、舜は額に手を当てて、口を引き結び、小さな声を出した。

それは、独り言のような小さな声だった。

「友だちなんて…作ってもどうせいなくなるだけだ」

「それは、お父さんの転勤が多いからってこと?」

舜が頷くと、壱太が肩をすかして、言った。

「なんだ、お前、すねてるだけか」

「は?」

舜が睨み付けると、壱太が得意げに笑った。

「だって、それって、どうせ友情なんてそんなもんか、って決めつけてるだけだろ?」

「お前に何がわかるんだよ!すぐに引っ越すことになって、友だちができても、忘れられる俺の気持ちが…」

舜が黙り込むと、壱太は続けた。

「なら、その分思い出つくればいいんじゃね?」

「思い出…?」

「…サッカー、やりたいならさ。明日の休み時間、校庭に集合な。人数足りないから来ても別にいいぜ」

舜は、はじかれたように壱太の横顔を見た。そして、黙り込んだ後、小さく頷く。その様子に、あおいも微笑んだ。

舜は、あたたかな日差しの中、一生懸命にサッカーボールを追いかけている。ボールをドリブルしていた壱太が、舜にパスを出した。

舜はそれを左足で受け取り、軽やかに駆け抜けていく。

隣を見ると、壱太が、息を弾ませ、笑いながら、駆けている。あおいも、校庭の隅で声を張り上げて応援している。

舜の心に、春風が吹き抜けたような、いいようのない幸福感が沸き上がっていた。

舜は、ボールを蹴り上げ、ゴールキーパーの前に立った。

「行け、舜!決めろ!」

壱太の大きな声に合わせて、舜がボールを蹴る。ネットが、ボールを包み込み、ぐわりと揺れた。

舜は、公園のあの大きな桜の木を見上げていた。

また、季節が廻り、3年生の春がやってきたのだ。

「舜くんとはじめて会ったのも、こんな風に桜の木を眺めてたころだったね」

「ああ」

「そうなのか?てことは、あおいと舜は先に会ってたってことか?」

と壱太が言う。

「そうだよ」

「また、こんな風に桜が見られるなんて思わなかった。父さんに話したら、こっちで母さんと一緒に住んでいいって、言われたから」

「よかったね」

「俺たちの友情は永遠!ってことだな。だろ、舜?」

「お前、クサすぎ」

壱太が拳を突き上げた。舜もおずおずと、けれど誇らしげに拳をそれに合わせた。あおいも、拳をそっと添える。

三人は、ひらひらと降る桜の花を、こうしてまた来年も…再来年も…きっと一緒に見続けることだろう。


END(5150字)

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