ドラゴンの肉を喰らった暴君の逸話
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
中華の宮廷料理には八珍という珍味が存在するが、我が中華王朝の王室厨房は文化事業の一環として歴代王朝の八珍の厳選復刻に着手したのじゃ。
「話は聞いたぞ、やはり貴殿の肝煎りか。」
予の問い掛けに、本件の責任者は物怖じせず頷いた。
「仰せの通りです、女王陛下。宮廷料理もまた、歴史文化の一つで御座いますれば。」
我が妹の愛新覚羅白蘭第二王女は芸術的才能と知識に秀で、今は翰林図画院の官僚として文化事業の推進に尽力しておる。
故にその主張にも説得力があった。
「復刻予定の八珍の内訳は、此方の通りで御座います。あまりに高価な食材や希少動物は選外と致した故、現実的な構成に仕上がっておりますかと…」
「うむ、朕に見せよ。」
妹の言葉通り、復刻八珍の内訳は妥当な物だった。
殷周革命を成した周からは牛肉を酒に浸した漬珍、大元帝国からは乳製品の酥酪に葡萄酒の玄玉漿。
そうした具合に、現代でも無理なく再現出来る料理が並んでおる。
「うむ、この献立なら差し支えない。良きに計らえ、白蘭。」
「はっ!有り難き幸せに存じます、愛新覚羅翠蘭女王陛下。」
肝煎りの事業に太鼓判を押され、妹の喜びも一入だ。
その喜びを分かち合いたいのは、姉として山々だった。
しかし朕は白蘭の姉であると同時に、中華王朝の二代女王として玉璽を預かる紅烏王でもある。
心苦しい限りだが、時には臣下の慢心を防ぐために釘を差す必要があるのじゃ。
「さて、白蘭。一覧には宋代の龍肝もあったが、これは白馬の肝を使うのじゃな?」
「勿論です、陛下。本物は入手出来ませぬ故。」
実に自信満々な顔をしておる。
これは釘の差し甲斐がありそうじゃな。
「だがな、白蘭。司馬遷の『史記』は龍の肉を喰らった王族の逸話を伝えておる。貴殿は存じておるか?」
「はあ、確か夏の孔甲であったかと…」
覚えておるとは話が早い。
それでこそ天子の妹じゃ。
最古の王朝である夏の十四代帝の孔甲は、淫乱な暴君として伝わっておる。
その最たる例が、吉兆である天から降りてきた龍を養えずに死なせてしまった逸話だ。
これは夏王朝の徳の衰えの暗喩だが、孔甲の逸話はまだ終わらない。
この龍の死骸の肉を重臣の劉累に献上された孔甲は、その味を甚く気に入った。
そして貪欲な孔甲は龍の肉を更に欲し、劉累を追い詰めた末に出奔を招いたのだ。
美食は確かに人生を豊かにする娯楽だが、求め過ぎれば人徳を失う事に繋がる。
我々王族は、その事を肝に銘じなくてはならぬのだ。