第9話 いざイベリア
「卒業おめでとう! 本日をもって諸君らは士官候補生としての期間を終え、士官! 皇国宇宙軍少尉に任官される! しかしここはまだスタートラインですらない! まだ前線基地イベリアでの研修が控えている! それをクリアすることで初めて! 諸君らは『使い物になる』と判断され、真の士官となるのだ! 本校の名に恥じぬよう、ぜひがんばってもらいたい!」
「敬礼!」
朝っぱらから、まったく思い入れのない校長の訓示を聞き、
「君たちが立派な軍人になること。それが散っていった英雄たちへの弔いとなり。先任、上官の助けとなり。同輩たちの命を救い。続く者、生まれてくる子らを繋ぐ。その誇りを胸に刻み、挫けそうな時は自尊心とすることで。これからの任務に取り組んでほしい」
出会って数日なのに思い入れがありすぎる閣下のエールを受け取り、
「我々も先輩方に劣らぬ立派な士官となって、いつか轡を並べる日が来ること! ここに誓います!」
たぶん卒業生全員、初めてまともに顔を見た在校生代表に見送られて、
「新卒士官の皆さまは乗艦し、艦内にて待機してくださーい!」
「いよいよね」
「はい」
ついに訪れた、エポナ方面軍元帥府出発イベリア行きの日。
いよいよ出発の時刻となると、滑走路には軍関係者から地元の民間人まで。
窓の向こうには多くの人が詰めかけ、見送ってくれている。
シルビアからすれば、そのほとんどが袖振り合うことすらなかった人たち。
それでもこうして手やら旗やら帽子やら振られると、自然と気分が高揚する。
何より。
「ジュリさまぁぁぁぁぁ〜〜〜!! 必ず、必ずまた! おそばにぃぃ〜〜!!」
「ロカンタン少尉。あの見ないやつはいったいどうしたのだ?」
「いつもなんです。なんでもないんです」
そもそも一度たりとも、おそばに置いてもらっていたことはないと。そこは触れてはいけない。
湿潤な情念が届いたか。手を振るバーンズワースが身震いを起こし、クシャミをするのが小さく見えた。
当時は行く末の悲観で頭がいっぱいだったせいか。見たはずなのに覚えがない顔の艦長。
「今更言われても、もう散々聞いたし」な祝辞をいただいたあと。
十数名のイベリア行き新士官たちは食堂に集まり、オリエンテーションを開始した。
みんな同期だから知り合いでは? と思ったシルビアだが、案外いつかリータが言っていた専門課程。
あれで「一般教養以来ですね」な人も少なくないらしい。
何より、彼女自身がリータ以外にはストレンジャーなのだが。
「ピョートル・カンディンスキーです。趣味は野鳥の写真撮影……」
「アレックス・モリソンだ。好きな食い物は球場で食うチーズたっぷりのナチョス……」
「イム・エレよ。座右の銘は『行った日が市の立つ日』……」
「リータ・ロカンタンです。左利きです。署名するとインクで手袋が汚れる……」
次々と進む自己紹介。ついにシルビアの番が回ってきた。
「シルビア・マチルダ・ハーバードと申します。えぇと、あ」
マズい。
詰まる異世界人。できる自己紹介がない。
・日本出身です! → ここはどう考えても地球じゃない星の国家なのに?
・好きな食べ物はブリ大根です! → そもそも名前からシルビアじゃねぇか
・座右の銘は! → ないです
・右利きです! → 誰も興味ねぇよ
・趣味はえっちなゲームです! → 死
困り果てる大日本人だが、周囲は気にしない。寛容なのではない。
「シルビア、マチルダ?」
「バーナード家って、もしかして」
ジャブから入るのが自己紹介の定石。
それにしては、名乗りだけで跳び膝蹴りなのである。
「もしかして、第四皇女のシルビアさま?」
ジーノ・カークランドと名乗った青年が、恐る恐る聞いてくる。
「えぇ、まぁ」
「ええええぇぇ!!??」
場のリータ以外が驚きの声をあげる。大声に驚きリータがコーヒーでむせる。
「あぁ、でも気にしないでちょうだいね? 軍隊に入ればそれも過去のこと。今はあなたたちと同じ、一新米士官のバーナードなのだから。むしろ勉強不足で劣るくらい。どうか同輩として、世話が焼けるかもしれないけどお手柔らかに」
一応まったくの無学ではないことにしておく。『何も知らないのに、厳しい学校生活を送った我々と同格?』は無駄に不和を起こす。
数日は勉強したからギリギリ嘘じゃないし。リータがココアを冷ますフリをして口笛。あとで抱き枕の刑。
一方で、他の士官たちに茶化す余裕はない。
「いやいやいやいや」
「そんなことを申されましても」
「恐れ多い」
縮こまる各員を見て、シルビアは少し安心した。
自分が皇女であるくらいは、本国から遠く離れた閉鎖環境でも知れているらしい。
が、誰も指を差して
「あの有名な悪役令嬢でしょ!?」
「知ってるぜ? 皇族追放みたいな感じでこっちに放り出されたんだろ!?」
とか騒ぎ立てない。
どうやら、そこまでは知られていないみたいね。
ならばナメられたり先入観でハブにされたり、といった不利益は被るまいと。
むしろここまで畏敬があるなら、よき味方になるかもしれないと。
胸を撫で下ろし、ほくそ笑むのだった。
実はみんな全部知っていて、その悪辣ぶりから報復を恐れているだけだったり。
階級は一緒でも、実質自分たちより少しだけ偉い勲章持ち。彼女がそばに付いているので遠慮しているだけなのは言ってはいけない。
前任シルビアの武勇伝と閣下の配慮とリータの活躍のおかげでも。
とにかくどういう形でも畏怖を勝ち取ったため、イベリアまでの船旅は平和だった。
最初は恐れられていても、近い距離の閉鎖空間で同志、運命共同体ともなれば。わりとすぐに打ち解けられるものである。
賭けポーカーや賭けチェスに混ざればもうマブダチ。シルビア(というか梓)の人柄も悪人ではない。
結局「話せば意外といいやつじゃん」に落ち着いた。「ちょっと変なやつ」のレッテルも貼られたが。
あと小さい子どもが懐いているのも、わりと大幅に社会的信用を高める。
ちなみに賭けの対象はお金ではなく、英雄たちの写真。ミリタリー誌の切り抜きや付録のブロマイド。果ては前線で支給されるタバコのオマケを卒業生から入手したり。
絵柄は戦闘機のエースパイロットや禁衛師団長、高級将校も目白押しだが、
一番のハイレートは身内贔屓で皇国宇宙軍三元帥。
ここでシルビアは恐ろしい執念と集中力を発揮。リータが持っていた数枚のセナ元帥を元手に、バーンズワースを根こそぎ巻き上げ。
そういう意味では少しヘイトを買った。
そんなこんなで楽しく。
悪く言えば学生気分が抜けないままの士官たちを待っていたのは。
「私がイベリア基地司令官、マット・ゴードンである。早速だが諸君らには明後日、練習艦アドバイスに搭乗し訓練航海に出てもらう。先任士官も数名同伴するが、基本的なことは全て自分たちでやってもらう。当日までに話し合い、配置を決定しておくように」
怖いくらい奥目な中年からの、あいさつ一足飛びの初任務であった。
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