第81話 剣道家曰く
2324年1月25日。8時半ちょうど。
「さて。彼らには今日で、カンデリフェラからご退場願おうじゃないの」
『地球圏同盟』連合艦隊旗艦『一級品』艦橋内。
ゴーギャンは空の灰皿を人差し指で叩く。
頭へ飛んできても危なくないように、と安物のプラスチックだが。
ナオミが副官となってからは
「分煙」
と、ますます存在価値をなくしている。
そんな彼の事情はさておき。
同盟軍の編成はアマデーオの敗死を受け、多少変化している。
前回は横一列3ブロックだったが、今回は
左翼:ニーマイヤー/ガルシア艦隊
右翼:カーディナル/ドゥ・オルレアン艦隊
を前に出した逆三角形。それも両艦隊が左『翼』と言うほど離れていない、尖った二等辺三角形の陣。
一気に塊をぶつけて粉砕する構えである。
「我ながら、敵将コズロフ好みな感じじゃない?」
艦長席の手すりで頬杖突き、副官の方をニヤリと見るゴーギャンだが。
ナオミの方は一瞥もしない。
「向こうの土俵で戦ってどうするんですか」
「いいかいナオミちゃん? 一番得意なところは、一番やられやすいところなんだよ? 昔知り合いの日本人がね」
「はいはい。『剣道は一番得意な間合いが一番打たれやすい』」
「いいねぇ、覚えてるねぇ」
「ですがねぇ」
うさんくさい声なりに褒められてはいるのだが、彼女はため息で返した。
「それって、『鍔迫り合いからの技が得意な選手は鍔迫り合いが増える。だから向こうが打ってくる時も、大体鍔迫り合いからの技』。それだけの話で、意味合いが違うのでは?」
「そうとも言えるし、でもやっぱり合っているとも言えるよ」
「このまえは『破り方、防ぎ方まで覚えて初めて、その戦術のプロフェッショナル』とか言ってませんでした?」
その少し前方。同盟艦隊前衛右翼。
『戦禍の娘』艦橋内。
艦長席のジャンカルラは無線を握り締めている。
「アンヌ=マリー。僕ら、もっと連絡を密に取り合おう」
『いつから地雷系カノジョになったんですか?』
通話口の声は辛辣である。
元より落ち着いたようなトーンが辛辣に聞こえることも多い相手だが。
今のは心底呆れた響きがある。
が、相手が冷静なのは好材料でもある。
「違うよ。もっと連携が取れていれば、アマデーオ提督を救えたかもしれない」
『悔い改めた、と』
「そうさ。僕に守らせてくれ。君には特別、死んでほしくない」
『いつから少女マンガ系イケメンに……一生かかってもなれないと思いますが』
「これでも女性ファンがいるんだぞ?」
何より、ジョークの言い甲斐がある。
ジョークを言えることが、自身や周囲の安心感に繋がる。
それはきっと、無線の向こうも同じだろう。
だからこそ、修道院育ちとは思えない言葉遣いで応えてくれるのだ。
『そういえば。例の「想い人」には会えましたか?』
一転、まるで中学生の娘にバレンタインを渡せたか聞くような声。
「あぁ、あの赤毛の」
『いや、赤毛かは知りませんけど』
「シルビア・バーナード」
『でしたっけ? あの皇女と同じ名前の』
ジャンカルラの脳裏に、あの女の顔が浮かぶ。
想い人、か。
恋ではあるまいが。
むしろ『おまえを叩き潰してやる』と、最悪の元カレみたいな感情だが。
オプスでのこと。
シルヴァヌス艦隊決戦でのこと。
会話から、行動から感じる彼女の生き様。
嫌いじゃない! なんなら好感が持てるさ!
重ねて恋ではあるまいが。
人はこれを『敬愛』と呼ぶ、のかもしれない。
『ジャンカルラ?』
「あぁ、ちょっと記憶の旅を」
『随分とまた、好いてらっしゃるようで』
こちらもまた愛すべき同僚は、呆れたようにくすくす笑う。
「そんなんじゃ、なのかな?」
それをあまり恥ずかしいと思わない自分は、ちょっと危ないやつかもしれない。
何やら『愛の戦士()』に目覚めそうな予感に、彼女は苦笑する。
そういうのは『隣人を愛せよ』の聖女サマだけでいいよ。
「ま、それより『半笑い』は君と当たったんだろ? こっちにはいなかったろうし、会えてないな」
『それは残念でしたね』
「君が殺してなけりゃ、また出会うさ」
『あらま。だから少女マンガ系イケメンにはなれませんよ?』
「『と思う』だったのが確定してんじゃん」
程よくリラックスし、程よく緊張し、何より闘志を滾らせ。
決戦の本懐遂げるべく、艦隊が出撃のために『庭』へ差し掛かった頃。
「来たわね」
「いつでもいけます」
「まぁ待ちなさい。焦っては台なしよ。引き付けなさい」
『サルガッソー』内。数多漂う残骸のなかに、
ボロボロの艦体に、バナナのペイントをされた戦艦が混ざっていた。
「提督。我々はいつ動くので?」
『一級品』艦橋内。
ナオミの声に急かす色はないとは言え。
座席に沈み、ハンバーガー屋のような容器でジュースを飲むゴーギャン。
さすがにリラックスしすぎである。まじめに戦争する気はあるのだろうか。
おそらくそう問うと、「まじめにやったら終わりだよ」と嘯くだろうが。
「このジュース美味しいねぇ。今度これでスクリュードライバー作ろ」
「おい髭ボン」
「まぁまぁ、カリカリしないで。前衛艦隊の最後尾が『庭』に入ったあたりかな」
「もう入りましたけど」
「あ、そう?」
ゆっくり居住まいを正して、デスクの液晶に目をやる提督(もはや疑わしい)。
「ほんとだねぇ。じゃ、そろそろ僕らも動こうか」
「他の方を先に行かせて、自分だけは後方の安全なところに、って感じですね」
「そういうの好きでしょ?」
「とても」
ゴーギャンはストローをジュゴオォと鳴らすと、容器をデスクに置く。
「それにニヒルぶらなくても。情より陣形崩さない方が大事だよ」
片手をひらひら振ったその時、
「てっ、提督!」
オペレーターのテンパった声が飛んでくる。
「どしたの」
「にっ、『庭』に……!
突如大量の熱源が!!」
ほぼ同じタイミング。
「閣下!!」
『戦禍の娘』艦橋内に、副官ラングレーの声が響く。
「落ち着けとは言わないが、焦っても熱源は消えないぞ!」
デスクに手を突き身を乗り出すジャンカルラの叱咤は、さらに大きい。
「しっ、しかしっ!」
「それにしても、完全に包囲されてるな! アンヌ=マリー!」
『えぇ!』
「これは!」
『まさしく!』
「僕らがやったのと同じ状況だな!!」
瞬間、目も眩むような緑の閃光が
お読みくださり、誠にありがとうございます。
少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、
☆評価、ブックマーク、『いいね』などを
よろしくお願いいたします。




