表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/321

第67話 BANANA CLUBへようこそ!

「それじゃあリータ」

「はい」

「また、会う、日ま……!」

「泣いちゃ嫌ですよ? だって、すぐにまた会えるようになるって、決めてるんですから」


 2324年1月10日。ついに皇国軍連合艦隊は、カンデリフェラ星域を目指して進発することとなった。

 その出撃前夜、午前2時。人気(ひとけ)の少ないドックにシルビアたちはいる。


「申し訳ないけど、あんまり別れの姿を晒してると意味なくなっちゃうよ。おいで」


 バーンズワースに急かされ、彼女も文字どおり泣く泣くリータへ背を向ける。

 (おの)が半身、二人で一人と。常に共にいて、苦境を乗り越え、気持ちを、昼夜(ひるよる)なく時間を共有した。

 出会って半年も経っていなかろうと、そこには身を千切られるような、否。


 シルビアがこの世界で過ごしたほぼ全てに、リータという愛と支えがあった。

 千切られるどころか、全てを奪い取られる苦しみが降り掛かる。


「シルビアさまっ!」


 別れが決まってからの日々で初めて。

 初めて少女が声を上げた。


「ぅぐっ!」


 思わず振り返りそうになるのを、背中を丸めて必死に堪える。


「ほら、もう行かなきゃ」


 シロナの涙声とともに遠ざかる気配を背中で感じながら、


「ほら、あまり人に泣き顔を見られるものじゃないぞ」


 シルビアはイルミにマントで(くる)まれて、『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』へ乗り込んだ。


 言葉の代わりに、抱き合う代わりに。

 二人の零した涙の粒だけが、無重力の中で混ざり合った。



 両者を見送り、場に残ったのは元帥二人。

 カーチャは睨み付けるほどの眼光で、バーンズワースを見据える。


「閣下。バーナードちゃんを、頼みますよ」

「元は僕が君に『頼むよ』って託した立場だったけど」


 彼は背筋を伸ばし、敬礼をする。


「彼女を愛してくれてありがとう。応えられるように、僕もがんばる所存です」


 カーチャも当礼し、二人はしばし無言で視線を交わすと。

 やがてマントを翻し、お互い自身の責務へ向かって別れていった。






 翌日。午前9時ちょうど。


「皇国宇宙軍連合艦隊、旗艦『稼ぎ頭(Kill owner)』、発進!」



「コズロフ閣下が出たか。予定どおりだね」


 今次決戦の総司令を任されたるコズロフ元帥。

 味方の指揮を上げるためか、異例の指揮官先発をとる。


 それを見送るカピトリヌス軌道エレベータドック内。

 第二艦隊旗艦、『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』艦橋内。


「ミッチェル少将、僕らの出発は?」

「はっ。第一艦隊出発が完了次第、となっておりますが。主力は現地集合。現状は少数なので、10分もかからないでしょう」

「いいだろう。じゃあ少し、この場を任せるよ。すぐ戻る」

「はっ!」


 イルミに敬礼で見送られ、バーンズワースはタブレット片手に艦橋をあとに。

 しばらくはコツコツと軍靴を鳴らしていたが、エレベータで下のフロアへ降りると。

 一歩出た瞬間、体がふわりと浮く。

 同じ廊下でも、フロアによって重力の有無がある。特にフロア同士を繋ぐ区間などは、細かい作業もしないので節約されがち。

 また、なるだけ移動は素早い方がいいのが軍隊の常。無重力ならこのとおり。

 高速移動用の、ベルトコンベアーのように動く手すり。シャーッとすっ飛ばす彼が着いたのは。



 士官の居住フロア。

 艦橋に近くて便利。その代わり、風呂や食堂などの生活フロアからは微妙に遠くて不便。

 その一室をバーンズワースはノックする。


「僕だ。バーンズワース。ちょっと渡すものがあってね」

『はい』


 艦長にして元帥閣下。そんな彼が直々に荷物を届ける。

 そうまでして隠されている部屋の主とは。


「渡すもの、とは」


 ドアを開けたのは言うまでもなく、絶賛雲隠れ中のシルビアである。


「花束とかロマンティックなものではないんだけどね。ちょっと待ってね」

「はい」


 バーンズワースは何やらタブレットを操作すると、


「君が向こうで指揮する(ふね)の情報だ。確認しといてね」

「了解しました」


 タブレットを渡してくる。


「じゃ、僕は忙しいから。もう行くね」


 そのまま彼は、シルビアが内容を確認するのも見届けず立ち去る。

 それを敬礼で見送りつつ、


 別に私も、ずっとこの艦で匿われるわけじゃないのね。

 まぁ、艦長経験のないリータが駆り出されるくらいだし。私だけ引っ込んでるわけにもいかないか。


 と、ぼんやり考えていると、



『バーナード少尉!』



「えっ?」


 不意に、タブレットから声が。

 しかもなんだか、聞き覚えがあるような、ないような。

 思わず画面へ目を向けると、


『いや、今は大尉だったか?』

「あなたは!」


 見覚えのある、爽やか好青年。

 だが少し、軍務で深みのある顔立ちになったか。



「カークランド少尉!」



『おいおい、オレも今や少佐なんだぜ?』


 シルビアの大きな第一歩となった、イベリアでの新任士官訓練航海。

 あの修羅場をともに潜り抜けた男、ジーノ・カークランドが映っている。

 どうやら通話が繋がっているらしい。


「生きていたのね!」

『出だしがヤバかったからって、そんな死んでるのが既定路線みたいな』


『それより、大尉じゃなくて大佐。このまえ昇進したって聞いたでしょ』

『なんでオメェより階級下のが艦長に来るんだよ』


 唐突に割り込む声がする。同時に画面に現れたのは、


「イム! J! ……少佐?」

『残念ながら中尉よ。二人とも』

『数ヶ月で昇進しただけでもエリートなんだぜ?』


 切れ長目元のアジアンビューティー。

 (かが)まないとたくましい胸筋までしか映らないアフリカン。

 どちらもあの修羅場を生き残った仲間。

 イム・エレとドノヴァン・J・ロッホである。


 付き合いなんて一瞬だったが、あまりの懐かしい顔ぶれ。

 意識が過去と戯れそうになったシルビアへ、


『事情は聞いてる』

「えっ?」


 意外な言葉が、カークランドから飛んでくる。


『おまえ、いや、大佐殿がどのような状況にあられるのか、元帥閣下より聞き及んでおります』

『大佐は私たちの命を救ってくださったお方です。ロカンタン先任副官ほどお力になれるかは分かりませんが、精いっぱいお守りいたします』

「あなたたち……!」


 笑顔で敬礼する旧知の仲間たち。

 正直命の危険に巻き込んだのは自分でもあるので、後ろめたさはあるが。

 それでも今は素直に、


「ありがとう……!」


 リータと離れ離れになった心細さに、優しさが差し伸べられる。


『ま、オレたちの艦『陽気な(BANANA)集まり(CLUB)』にようこそ、ってこった』

『ちょっとあんた、上官に口の利き方!』

「あのねぇ」


 思わず涙が零れそうになったシルビアだが、


「もうちょっとネーミングセンス、なんとかならなかったの?」


 ロッホのおかげで、笑顔に変えられた。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりクスッとでもしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ