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第64話 さよならピスタチオ

『リータをシルヴァヌスに残すことで、セットでシルビアもいると誤認させる』


「そ、それはつまり……」


 シルビアの喉が引き攣る。言葉を続けるのが、これほど難しくなるとは。

 妙な例えだが、タイミングを見失ってホルモンを飲み込めない感覚のような。


 きっと、きっと同じ気持ちのはず、よね?


 自分の後ろに控えるリータへ目を向けると。

 それなら最初から何も言おうとしないのだろう。彼女は砂漠の熱射の下、遠くを見つめるように。目元を険しくしている。


「今生の別れ、ではありますまいな」


 代わりに言葉を続けたのは、カーチャだった。

 辛い事実を確定させるだけの聞き方ではなく、その先を含ませて。


「もちろんだ。危機さえ去れば、当人たちのよいようにすればいい。軍規の範囲においてな」


 コズロフにしても、思った以上にショックそうな空気感だったのだろう。

 ナッツを口の中へ隠蔽してしまう。


「ルームサービスです。お水とゆで卵をお持ちしました」


 空気が詰まりそうなタイミングで風が吹き込む。優秀なスタッフである。

 バーンズワースが動いて金縛りが解けたシルビアは、グラスへ乱暴にバーボンを注ぐ。

 5センチ以上の40度の液体を一気に半分にすると、スタッフのお嬢さんが少し引く。わざわざ水を持ってきたのだから、そうもなろう。


 が、そんな視線も喉から胸、胃まで焼ける感覚も。

 今の彼女は感じない。感じない自分にまた寒気がするほど。


 グラスをテーブルへ叩き付けそうになるのを、なんとか堪える。代わりに置きざま、項垂れた上体を起こせない。

 背中に感じる添えられた小さな手は、リータのものだろう。

 コズロフも音を立てるのすら(はば)られたらしい。せっかくのゆで卵の殻が割れない。


 ルームサービスが引き上げると、沈黙になるのを怖れたのだろう。

 バーンズワースが席にも戻らず、コズロフの右斜め後ろで即座に切り出す。


「で、彼女はどこへ移籍するんだい? 順番的に、閣下のお世話になるのかな?」

「いや、それはよそう」


 話を振られた閣下は、なるべく音を籠らせるよう。ゆで卵を大きな手で包み込むように握り、殻にヒビを入れる。


「下手人が消されたということは。雇い主か、それに通じる者に会ったということだ。おそらく失敗した説明や弁明として、オレの介入があったことを話しているだろう」

「『向こうの印象が新鮮だから、マークされやすい』と」

「あぁ。それに」


 鉄面皮な彼にしてはめずらしい、哀れみのはっきりした瞳。

 その先には。

 項垂れたまま、グラスを割るんじゃないかと思えるほど握りしめるシルビア。

 その傍らにしゃがみ込み、顔を覗き込みながらグラスを握る手に手を添えるリータ。


「せめて見知った顔がいいだろう。だからオレではなく、卿がしかるべきだ」

「だろうね」


 バーンズワースは腕を組み、小さく首を振るしかなかった。

 元帥3人、揃いも揃って気の利いたことも言えないザマではあるが。

 彼らがいかに優秀な軍人と言えど、


 引き離される愛情を慰めるには、まだ若い。






 それから二人が、残された時間を少しでも共有したのは言うまでもあるまいが。

 ホテルに籠っていても時は流れる。

 年末年始に向かって世間が盛り上がるのとは裏腹。ことなかれと思っているうちに、年が2323から2324へ。



 これも、そんな時の流れの中であった一幕である。






 2324年1月3日。『黄金牡羊座宮殿』、クリスマス祭と同じホールにて。

 新年祭最終日、午後14時16分のことであった。

 当然軍関係の要人も集まる座にて。

 午前中からやっていれば、話題もなくなってくる。

 唯一玉座の上にある皇帝は、ふと思い付いたように呟いた。


「そういえば。今この場には三元帥をはじめ、各方面軍の司令官が(つど)っているのだな」

「はい、陛下」

「滅多にあることではない」

「御意」

「ふむ」


 老将の短い受け答えに、皇帝陛下はワイングラスを揺らす。発泡白ワインの色味を見ているようで、実際は違うことを考えているようだ。


「カンデリフェラ方面派遣艦隊のチナワット上級大将だが」

「……優秀な軍人でした」

「うむ。特に後半、快進撃を繰り広げた昨年の皇国宇宙軍において。数少ない痛恨事と言えよう」

「『サルガッソー』、でしたか」


 老将の隣、口を開いたのはコズロフだった。



『サルガッソー』。正式名称、『独立要塞ステラステラ』。

 この時代でもめずらしい、惑星開発に依らない、一から組み上げられた宇宙要塞。

 完全軍事用宇宙コロニーとも言える。


 また、前述の英才チナワット上級大将が、同盟カンデリフェラ方面軍提督を敗死させ。

 無人の野を行くがごとき快進撃の末にたどり着いた敵拠点でもある。

 が、



「要塞か、敵将ゴーギャンか」

「軍事用語も誇張もなしの、文字どおりの全滅ですからな」



 同盟側も切り札として。バックス方面軍提督、『酔いどれおじさん』ことシャーロック・ゴーギャンを派遣。

 両雄激突となった。


 が、結果はコズロフの述べたとおり。

 皇国宇宙軍カンデリフェラ方面派遣艦隊は、出撃した艦・人員の全てを、

 撃沈・鹵獲、戦死・投降によって喪失した。

 一隻一人残らず。


 チナワット上級大将も乗艦『我が城(Maison)』と運命をともに。

 その状況整理もままならない混乱のなか、散り際に残した言葉。



『サルガッソーが……!』



 繰り返しになるが、皇国軍に生還者はいない。

 よってログに残っていた『残骸の海(サルガッソー)』が、唯一彼らの持つ情報であり。

 いつしか当の目標を指す言葉となっていった。



「カンデリフェラ方面派遣艦隊だけでなく。我々皇国宇宙軍全体の悩みの種と言えましょう」

「そうであろう、そうであろう」


 コズロフの言葉に、何故か皇帝陛下は楽しげですらあった。

 その視線がコズロフ、それからバーンズワース、カーチャへと移動していく。

 そこでワインを一口。芳醇なる味わいへの、ため息とともに出た言葉は。



「どうだ? せっかく元帥が揃い踏みしているのだ。この機会に力を結集し、目の上のタンコブを取り除くというのは」






           ──『黄金牡羊座宮殿編』完──

          ──『サルガッソー攻防戦』へ続く──

お読みくださり、誠にありがとうございます。

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