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第61話 乙女たちの逃避行

「ーっっっ!!!!」


 口元を抑え、息を殺していなければ。


 おそらくシルビアは絶叫していたところ。

 今だって声が出ない代わりに、肩が大きく跳ねて涙がぼろっと。それだけのダメージを受けている。

 だが、すぐにそれどころではない、命を奪われるダメージが……


 リータ……! ジュリさま……! セナ閣下……! お母さん……!


 恐怖に、痛みへ備えるように目を硬く閉じると



(しーっ)

(えっ?)



 聞こえてきた息だけのような声は、思った以上に優しくて、

 何より聞き覚えがある。


 おっかなびっくり目を開くと、そこには



(お姉ちゃん、大丈夫!?)

(ケイ!)



 青ざめた顔の妹と、その後ろにクロエもいる。

 何か言おうとして、喉が張り付いたように欠片も出てこない。

 代わりにまた涙。止まらなくなってきた。


 とにかく、あれこれ聞いても仕方ないと思ったか。

 彼女はシルビアの腕を取り、引き立てながらそっと囁く。


(よく分かんないけど、追われてるんだよね? 逃げよう。ついてきて)


 自分自身も血の気が引いているのに。

 ケイはシルビアと、負けないくらい強張(こわば)るクロエを勇気付けるためにサムズアップ。


(大丈夫、任せて。私より庭に詳しい人はいないって、知ってるでしょ? 文字どおり遊びの庭にしてきたんだから)






 たしかに、ケイは宮殿のエキスパートなのだろう。

 夜の闇、灯りもなく姿勢も低くで視界が悪かろうと関係なし。

 彼女を先頭にシルビア、クロエと続き、ぐんぐん青年を引き離していく。

 それだけでなく、宮殿の光が漏れる窓も近付いている。着実に出口へ向かっているようだ。

 彼女も少し安心したのか、相変わらずウィスパーボイスだが少し明るくなる。


(やー、それにしても。お姉ちゃんがイケメンに話しかけられてたから、てっきりムフフな展開かと)

(ある意味胸がドキドキはしたけどね!)


 シルビアにも少し、返事をする余裕が出てくる。


(ノゾキしといてよかったですヨ)

(あなた、言い方でしょ……つっ!)


 余裕が出てくると、麻痺していた感覚が正常に戻る。左上腕に痛みが走る。


「シっ!」

(しーっ!)


 思わず声を上げそうになったクロエ。人差し指を立てて制すると、慌てて口元を覆う。


(……ルビアさん、血が!)

(掠り傷よ)


 血とは無縁の令嬢には刺激が強いらしい。実際痛むし、浅くとも長く切られて、それなりに血は出ているが。

 おそらく最初の抜き打ちか突きを誘った時に、かわせたつもりで掠めていたのだろう。

 アドレナリンの影響か、まったく気付かなかった。

 一旦ボカージュを背に止まり、ネクタイ代わりに制服のスカーフを巻く。

 ケイも深刻な傷ではないと判断したのだろう。痛みを紛らわせようと話題を変える。


(それより、なんなのアレ!? 誰ぞの恨みでも買いまして!?)

(どう、でしょうね)


 ないとは言えない。

 我こそは悪役令嬢。恨みなどイタリアンシェフがオリーブオイルを、くらいの頻度で仕入れるだろう。


 が、しかし。


 シルビアはチラリと、左側にいるもう一人の令嬢の方を見る。

 クロエは相変わらず青い顔をして、赤く染まる黄のスカーフを眺めている。


 彼女の前では言えないが。

 自身を暗殺しようとしたシーガー卿は、すでに更迭され裁判にかけられているのだ。

 皇帝に次ぐ権力者と言ってもいい、宰相閣下が。


 重臣ですら、というのに、そんなチャレンジャーがいるだろうか。


 が、今はそんなこと、重要ではない。


(手当て終わったわ。行きましょう)


 しかし大胆な娘であるケイは、あごに手を当て、何か考えている様子。


(ここで私が出てったら、「目撃者がいる! マズい!」って引き上げんかね?)

(やめときなさいよ。何してくるか分かんない相手に)

(そうですよ! こっ、こんな、人目につかないところに誘い込むなんて……)


 わずかに腰を浮かせたケイの左手首を、シルビア越し。跳び付かんばかりに捕まえるクロエ。


(相手なんか誰でもよくて! ナイフで刺したあとに、レっ、その、レっ……、レイプ! する、つもりだったら、どうするんですか!)

(げっ!?)


 ケイが腰を下ろしたのは、思い直したのか膝が抜けたか。

 シルビアも想定外の角度の恐怖に、気温が下がった感覚でいると、



 パッと後方でライトが光る。

 同時に誰かが走る足音も。



(なっ、なに!?)

(あいつ、懐中電灯持ってたのね!)


 それ自体は構わないのだが。

 問題は、今になって使いはじめたこと。


 こんなボカージュ迷路の奥地をわざわざ選んだのだ。おそらくクロエの言うとおり、人目につきたくなかったのだろう。

 それが急に、夜の闇では遠くからも目立つフラッシュライトを使いはじめた。シルビアが携帯端末のブルーライトすら気にするような状況で。

 考えられるのは、あまりにターゲットが見つからないので業を煮やしたか。


 いや、走る足音が聞こえてくることを考えるに。

 引き離していたのに聞こえてくることを考えるに。

 音がだんだん近付いてくることを考えるに。


(まさか!?)


 思わず上腕の傷口へ目を向ける。そう、これも士官学校での襲撃と同じ。

 血の跡を追われているのだ。


 シルビアは両サイドの二人の手を引っ張る。


(立って! 場所がバレてるわ! 逃げないと!)

(ふあっ!?)

(そんなっ!?)


 またケイを先頭に、小走りで駆け出す一行だが。






 ゆっくり話し込みすぎたか、気付くのが遅すぎたか。

 はたまた女子3人ではスピードで劣りすぎたか。


 数分したかどうかも怪しい。ボカージュを抜けるまで、あと少しというところ。


 背中にライトが照射される。



「見つけたぞ!」

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

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