第38話 時代の中の命
2323年11月14日、午前9時ちょうど。
『地球圏同盟』軍シルヴァヌス艦隊旗艦『戦禍の娘』艦橋。
椅子から立ち上がっている一人の将校が、喉元の無線を抑える。
「シルヴァヌス艦隊諸君。提督ジャンカルラ・カーディナルである」
副官を始めとして、その場全ての視線が彼女に注がれる。
しかし実際は、全体放送なのでもっと多く。何万人もの意志が彼女に集中している。
その全てに目を合わせることはできない。
だからその代わり。全てを集めて背負って、遠く暗い宇宙の先を見つめる。
「知ってのとおりだが、僕らは今から無謀な戦いに出る。この飲み込むように構える宇宙。このまま『帰れない国』へ通じている者もいるだろう」
今から命をかける兵士たち。切実で、聞きたくない問題である。
だと言うのに、誰一人として。ため息をついたり、悲嘆に目頭を濡らしたり、唇を青くしたり。
気持ちで負けている者はいない。
それがこの艦橋内だけでなく、艦隊全体であること。
ジャンカルラはしっかり感じ取っている。
「そもそも。我々の使命は略奪者たる宇宙海賊の末裔どもから、罪なき市民の日々を守ること。こちらから外征することに意義を見出せない者。そのために命を落とすことに納得できない者も多くいるだろう! かく言う僕も、その一人だ!」
妙な暑さを感じる。彼女自身の体温が上がっているのだろうか。
それとも、戦士たちの熱が気温を上げているのか。
「だがその時、僕らは考えなければならない! もしここでまた、新たな防御に専念して。それで彼らの侵略は止まるだろうか。本来国境などない宇宙、人類が勝手に引いた線で戦の呪いが堰き止められようか! それを座視することが、市民を守ることだろうか!」
僕は何を言っているんだろう。
声を張り上げる裏で、ふと冷めるジャンカルラがいる。
今僕は呪いの言葉を吐いている。戦の呪いより悍ましい呪いを。
「戦争には四つの時代がある。始める時代、戦う時代、終わらせる時代、顧みる時代だ。これらは順番にしかやってこない。やや前後が重なることはあっても、前の時代の終焉なくして次の時代は完遂されない!」
頷く兵士たちに胸が痛くなる。
それをもみ消すように、声が一段と大きくなる。
「であれば! 子や孫、後ろに控える市民に、終わらせる時代や顧みる時代を与えるには! 僕らがこの時代を、戦って戦って戦い尽くさなければならない!」
だから。
「諸君! ここに僕がいて! 戦う時代に生まれた『戦禍の娘』がいる! この艦に全てを載せて、宇宙の闇の向こう、『帰れない国』まで! 連れていってしまおうじゃないか!!」
「おおおおおおっ!!」
『だから死にに行け』と。
ただ命を飲み込む戦争よりも、そこへ意図的に放り込む呪いの言葉。
熱量を上げる、悲壮なる鬨の声。
ただただ胸に突き刺さって、ジャンカルラは崩れるように椅子へ腰を下ろした。
「提督」
副官の坊主刈りで屈強な青年が、飲み物を手渡してくれる。
皇国の元帥なんかはグラスで優雅に蒸留酒をやるそうだが。
彼女はせいぜいハンバーガー屋のような容器で糖分補給である。
「ありがとう。ラングレーくん」
「いえ!」
彼は軍人の中でも、取り分け体育会系なエネルギー溢れる敬礼。
その目は敬意に輝いている。
そんな目で僕を見るなよ。
「提督のおかげで! あなたの言葉でオレたちは勇気付けられています! 今日もまた、恐れずに戦うことができる! ありがとうございます!」
それを知ってて利用してるんだぜ? 僕は。
きっと彼女の自嘲は、周囲には不敵な笑みとして映ったことだろう。
そして、午前9時33分。
「いい? 相手は前回よりは小勢だ。でも中枢を欠いた烏合の衆と、芯の通った少数精鋭! デカいピーマンと小っちゃいカボチャ、殴られたらどっちが痛いか考えな!」
「奴らの常套手段として、『戦禍の娘』を中心に麾下艦隊が突っ込んでくる! カーディナルの髪みたいに返り血色の連中だ! 初手でメタメタに叩いてやれ! そこが分水嶺だよ!」
「艦載機、全機発艦! 上から下からかかれ! 景気良く! 少しでも正面から気を散らして、突進を緩和する!」
「さぁ、仕掛けるよ!!」
宇宙戦史に残る英雄同士の衝突、『ビッグ・シップ・プレス』の火蓋が切って落とされた。
その彼我、皇国軍640隻対同盟軍326隻。
通常なら一方的な虐殺だが。
この戦いがいかに激しいものであったか。
後世の歴史家がつけた名前で察していただきたい。
「いいか!? 皇国軍に考える暇を与えるな!」
「カーディナルご自慢の初手を叩いて、精神的な優位も破壊し尽くしてやれ!」
「蹂躙しろ!!」
「受けて立て!!」
「シルビアさま!」
「始まったわね!」
その中で、今は取るに足らない軽巡洋艦艦長の彼女も。
それでも確かに命をかけた一人である。
「前に出るわよ! 本艦は機動力こそあれど装甲は薄い! 身動きが取れないと真っ先に沈むわ! 広いフィールドを取りに行くわよ! 機関全速!」
「了解! 機関全速!」
何があっても声が届くよう、リータが耳元。側頭部に額を付けてくる。
「シルビアさま! 取り舵5、斜めに出ましょう。真正面にいたのでは、広いフィールドも面制圧されます。それに、我々は軽巡。これだけの艦隊決戦では、正面衝突への貢献は乏しいものがあります! それよりは機動力を生かし」
「ここぞで横槍、掻き回せってことね!」
さすがのシルビアも、ここで密着に興奮したりはしない。生きる気力にするだけである。
そこに、
「敵艦隊砲撃、来ます!」
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