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第269話 生まれた日と終わりゆく日々

 11日にはカピトリヌス入りと政府高官の拘束。

 12日には出来レースの裁判が始まるなか。



 10月13日。


「それでは皆さん、お手を拝借!」

「こらこら、始まるまえに終わらせるんじゃないわよ」

「あれぇ? そうだっけ?」

「これだから日本文化を齧っただけの外国人は」

「お姉ちゃんもそうだよね?」


 並行して新しい人事の考案。政治系統の掌握。国が受けた傷の再確認。臣民たちの現状の把握。

 様々なしなければならないことが山積み、まだまだ忙しい日々の隙間。


 18時、セナ元帥公邸のダイニング。


「ではお姉ちゃん!」

「シルビアさま!」



「「お誕生日、おめでとーっ!!」」



 ささやかな祝いの席が設けられていた。

 クラッカーの中身が落ちないよう避けられたテーブルの上には、ホットプレート。

 行われているのは、いわゆるお(うち)焼き肉である。


 そりゃもちろん味だけなら、炭火で食わせる高級店の方がよかろうが。

 この時勢に新たな為政者が贅沢している姿など見せられない。


 何より、シルビア、『梓』という人間には、これでしか得られない幸せがある。


「さぁ、腹一杯食べて飲むわよ!」

「「おおーっ!!」」


 ビールやコーラを開けて、乾杯が開始の合図。

 ホットプレートに次々肉を並べていく。


「じゃあここは私の領土ね!」

「そういうのナシ! もう好き()き取って食べたらいいじゃない」

「領土だったら、侵略してもいいですか?」

「えー!? そっちまだスペースあるじゃん!」

「ほら見なさい。意外と好戦的な、食欲絡むと蛮族になるのがいるのよ」


 本来ならお好み焼きや()()()()で起きがちな問題ではある。

 しかしこれこそがお家でホットプレートの醍醐味でもあろう。

 そのはずなのだが。


 乾杯の時も。

 実際そうでもないのに、やけに広く感じるホットプレートも。



『かんぱ〜い!!』

『マコちゃんの歳って、まだ飲めなかったっけ?』


『ミチ姉もっと肉食べたらいいのに』

『私は、いいよ。主賓と若いのが食べればいい』

『ミチ姉は若くないから、食べると体重落ちないです、と』

『おまえなら喜んで焼いて食ってやるぞ!?』

『リータちゃんもっと食べてもっと食べて』



 スカスカな手と手の集まり。

 当たらない肘。

 喧々諤々(けんけんがくがく)しない食卓。


 5月下旬、半年もしないくらいのことなのに、ずいぶん遠くに感じるあの日。


 あの日は、もっとたくさんの人がいた。


 ジュリアスもイルミもカーチャも

 特別退役が認められ、すでにどこかへ行ってしまったシロナも

 陣営と運命が別れてしまったクロエも


 みんながいた。



「みんな、若かった」



「お姉ちゃん」

「あ、ごめんなさい」


 思わず声に出てしまっていたらしい。

 祝いの席が悲しい雰囲気になりかける。


「言ってもミッチェル少将はアラサーでしたけどね」


 リータの発言は、そんな空気を少しでも拭うためのものだったろう。

 しかし、


「そう、ね。生きていらっしゃったら、今日で30になられたのね。誕生日がね、一緒だったのよ。いつかそんな話をして、『次は一緒に祝えるね』って。『若いのと比べられるから勘弁してくれ』って。そんな話をしたわ」


 空気より先に、シルビアの心がそちらへ流れている。

 うまく軌道修正はできなかった。



「いい国に、しないとね」



 ならばいっそ、と。

 ケイは静かに、彼らを悼む声を絞り出す。


「そう、ね」


 いっそ、というか、それしかない。

 シルビアも決意を新たに、深く頷く。






 しかし、ここからが一番の山なのだ。

 そのために、先に誕生日の祝いを済ませたのだから。

 そのために、こうして決意を固めなおしたのだから。






 明くる14日、午前9時12分。

『黄金牡羊座宮殿』を、軍用車両の一団が出発した。

 護送車と大型装甲トラック4台、計5台の一団だっだという。


 道中は交通規制が敷かれ、対向車線も使った十字での移動。



 9時54分。そんな大仰な一団がたどり着いたのは、裁判所。

 宮殿隣接、皇帝臨席の御前裁判が行われる施設ではなく、一般の裁判所。


 といっても、控訴上告があったわけでもないのに、初手から最高裁判所である。

 一般的な裁判の手順が踏まれていない。


 つまりこれは、単に誰かが御前裁判施設の、

 いや、

『宮殿の敷地内に立ち入るのを嫌がった』ということにすぎない。


 そんな、人の思惑渦巻く裁判所の駐車場。

 多くの兵士に囲まれ、護送車からアスファルトへ降り立ったのは



「すっかり、寒くなりましたね。いや、僕が薄着なのか」



 一応手続き的にはまだ『皇帝』の称号を戴く少年。

 ノーマン・ライアン・バーナードである。



 しかしそうとは思えない簡素なシャツとパンツの彼は、澄み渡る秋天を見上げた。

 青々として、地表からの反射熱を閉じ込める雲もない。


 吹き抜ける季節の風に押されるよう、首の向きを変えて周囲を見ると。

 交通規制や、その他諸々の規制があるのだろう。

 これから行われることに比して、近くにマスコミの気配もない。


「寒く感じるわけです」


 彼は短く呟くと、


「10時半開廷です。急いでください」

「あぁ、すいません」


 なんの物理的な抵抗も、運命に対する精神的な反抗も見せず、建物の中へ入っていった。






 さて、わざわざ今回の裁判にこの場を指名した人物

 シルビア・マチルダ・バーナードが現場入りしたのは、10時10分のことである。


 正直気乗りはしなかった。

 別にノーマンに情けや思い入れがあるわけではない。

 が、


「大丈夫。まだそんなに寒くない」

「そう、ね。マフラーを巻くのは、もう少し先ね」


 隣で震える手を握ってくれるリータ。

 治安維持、クーデターに参加した傭兵の捜索、軍関係との折衝。

 忙しいなか無理を言ってカークランドと交代させ、ついて来てもらった少女。


 彼女と歳の変わらない少年を裁くということ。

『いい・悪い』『する・しない』は別にしても、

 何も思わずにいられるほど、シルビアは機械的なメンタルをしていない。


 たとえ、いずれはそうならなければならないとしても。

お読みくださり、誠にありがとうございます。

少しでも続きが気になったりドキドキしていただけたら、

☆評価、ブックマーク、『いいね』などを

よろしくお願いいたします。

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