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第241話 執念深い女の話

 決断するのが指揮官の仕事なら、実行するのは部下の仕事である。

 が、それ以上に。


 苦しみを避けないのが彼女の使命なら、少しでも軽くしたいのが戦友の心。



()ーっ!!」



 カークランドの号令に合わせて、死に体の艦には過剰な火力が押し迫る。


 改修されており、運動性能が向上している『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』だが。

 損傷甚大、エネルギーも枯渇。クルーも多くは一足先に遠い旅路へ。

 数日まえの戦闘で、精鋭『私を昂らせて(レミーマーチン)』の砲撃すらかわしてみせた力はもうない。


 それでも、思ったよりは、というべきか。

 その名に恥じぬ、というべきか。


 圧倒的物量の攻撃にも止まらず、力尽きず。


「閣下……」


 血反吐のように爆炎を吐く姿に、シルビアはモニターへ向かって少しずつ身を乗り出し、


「閣下……!」


 血飛沫のように装甲を散らす姿に、思わず声を震わせ、



「ジュリさま!!」



 痛みに呻くように艦体を揺らし。

 それでもなお近付いてくる姿に、涙を堪えることはできなかった。


 しかし、泣いても喚いても砲撃は止まらない。

 運命の歯車は止まらないのだ。


 彼女の叫び掻き消すように、一発、二発。

 砲撃が『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』を抉っていく。


 そうするうちにまた、一筋の光が艦橋へ突き刺さった。






「うあああああっ!!」


 体力の限界と激しい揺れに、イルミは立っていられなかった。

 艦橋の床に座り込み、どこかから飛んできて隣に刺さっている鉄パイプを握り締める。


「はあっ、はあっ、はあっ」


 揺れが治まっても息が整わない。

 緊張や消耗だけではなく、酸素も薄くなっているのだろう。


「ダメコン、はもう無駄そうだなぁ」


 彼女が係の人物へ目を向けると。

 彼も自身のダメージコントロールが終了、計器盤に突っ伏し火葬が始まっていた。


「……ご苦労だった」


 その背中に敬礼すると、イルミは周囲を見回した。

 しかし艦橋内は炎の渦で、状況を把握するべくもない。


「観測手」


「通信手」


「操舵手」


「砲撃手」


 声を張って呼び掛けてみるも、ゴウゴウ酸素が燃え上がる音で、返事が聞こえない。

 もっとも、これだけの火災で悲鳴が聞こえないのだ。



「なんだ、もう私だけか?」



 彼女は少し寂しく笑うと、


 それまで意図的に視界から外していた後方を振り返る。


 そこにあるのは艦長席。

 そこにいるのは愛しい彼

 のはずだったが、



「おい、おまえまで私を置いてったのか?」



 デスクにその姿はなく、

 その隣で、こちらに背を向け、横になって倒れている。



「私を副官にした時、『責任取る』とか言ってたじゃないかぁ、えぇ? ジュリアス」


 イルミはゆっくり立ち上がると、バーンズワースの方へ向かう。


 意外にも目立った外傷は頭の流血くらいしかないが。

 見えないところでどうにかなっているのだろう。

 なおも続く、遠い地震のような揺れが来るたび、フラついて膝をつく。


 それでも彼女はまた立ち上がり、



 ついにデスクのところまで戻ってきた。

 そんなに離れたところまで吹き飛ばされてもいなかったが、妙に遠かった。

 それでも彼女は戻ってきた。


「お疲れさまだな、ジュリアス」


 寝転がるバーンズワースに声を掛けてみるが、やはり反応はない。


「やれやれ、年下の男の子だというのに。まさか私が看取る側になるとは。だったらせめて、気の利いた遺言くらい、おおっ!」


 感慨に耽っていると、本人からのツッコミか、少し大きめの揺れが来る。

 思わずデスクに手をついたイルミは、指先に()()()としたものを感じた。


「なんだ? 汚したのか? これじゃ年下というより子ども……」


 彼女の、相手のモノマネのように繰り出されていた軽口が止まる。

 視線の先、デスクはたしかに血で汚れていたが、そこに



I’m p()rou()d of ()you, ()Ilm()



 と。

 血で綴られた文章が遺されていた。

 イルミは数秒、両手で口元を押さえていたが、


「おい、ジュリアス」


 つま先で、書き残したであろう男をつつく。


「『Ilmi()』だ。途中で終わってるぞ。これじゃあ」


 堪えるために、乱暴なことをしているのだが。

 真面目な彼女には、どうにも無理な話だったらしい。



「これじゃあ、フルネームで書こうとしたのか、やっと『イルミ』って呼んでくれようとしたのか、分からないじゃないか……!」



 ポツポツと雫が溢れ、彼のマントに染みを作った。


「うっ、くっ……」


 数秒、どうしようもなく立ち竦んでいたイルミだが、涙を拭うと、


「よっこらせ、と」


 バーンズワースの隣に腰を下ろすと、優しい微笑みで抱き抱える。

 横座りの膝枕に乗せられた表情は、苦しみから解き放たれているが精気はない。


「やっぱり、私を置いていったんだな? あんな言葉まで遺して。だがあそこは普通『be proud of you』じゃなくて、『love you』と書くところだぞ?」


 彼女は空気の読めない男の額に、デコピンを見舞ってやる。


「まったく。そのせいで私は、二重の意味で()()()()だ」


 太ももを揺らして抗議していると、


「うっ!」


 また近くに被弾したらしい。

 大きな揺れがやってくる。

 あるいは、もうどこに当たっても致命傷なのかもしれない。


「言うほど、遅れることもなさそうだがな。まぁ、それはいいとして」


 イルミはデコピンした額を、今度は愛おしそうに撫でる。



「ふふ、ようやく捕まえたぞ」



 長年追い掛けた背中が、恋焦がれた男が。

 今は自分の、膝の上にいる。

 私という女に包まれて、もうどこへも行かない。


「宣言どおり、おまえの最期は私のものになったな。ジュリアス、おまえはもう私のものだ」


 その事実が、たまらなくうれしい。


 と同時に、声に出して初めて気付く。


 ずっと自身とバーンズワースの関係を、


『悪魔に魅入られた』

『逃げられない』

『最後には魂を取られてしまう』


 などと、散々言ってはきたが、



「なんだ。本当は私の方が、おまえの魂を付け狙う妖婦(セイレーン)だったんじゃないか」



 全部逆だったらしい。

 彼女は思わず苦笑してしまった。


 だが、それならそれで、である。


「……誰も、見てないよな?」


 イルミは周囲を見回すと、バーンズワースを抱き寄せる。



 が、実は、彼女が気付かないだけで。

 火災の向こうでは一人、瀕死ながら、いまだ職務に忠実なクルーがいたり。


「敵……砲撃……来…………直……撃…………」



 だがそれは、彼女の名誉のために黙っておこう。

 イルミはそっと、バーンズワースの唇に、自身の唇を寄せ、











           2324年9月18日16時48分

       戦艦『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』は艦橋が爆散、轟沈






         ジュリアス・バーンズワース 23歳

           イルミ・ミッチェル 29歳


   ユースティティア星域ロービーグス方面、ホノース宙域遭遇戦にて



              宇宙の塵(コスモスの花びら)となる。

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