第233話 たとえ束の間でも、穏やかであるように
「もう、いいだろう……!」
「ん?」
イルミは俯き、膝の上でで両拳を堅く握る。
その圧力で搾り出すような声に、
「どうしたんだ、ミチ姉」
バーンズワースは心配そうな声を出す。
しかしそれが、それこそが彼女に火をつけるのだ。
「心配なのはこっちの方だ!」
「おっと」
「そんな体で、まだ戦うつもりか!?」
拳を開くと、反動のように思わず相手へ伸びそうになる。
イルミはなんとか堪えて、ベッドフレームの手すりへつかみ掛かる。
「おまえ別に殺したりないとか、そういうことはないんだろう!? 殺し合いが好きってこともないんだろう!?」
「ミチ姉」
「じゃあもういいだろう! そこまですることないだろう!」
「落ち着いて」
宥められているのは分かるが、相手は上官だが。
しかし彼女はもう、どうにも気持ちが止まらない。
きっと疲れているせいだ。そうだ、そうに決まっている。
だからもう、仕方ないことなんだ。
気持ちが溢れる裏で、一瞬そう言い訳したが最後。
目元からも何かが流れ出そうになる。
「勝利が必要だっていうのは分かっている、分かっているよ。でももうそれも、勝ったじゃないか。2勝4敗だけど、じゅうぶんやったじゃないか……!」
イルミはだんだん頭が下がり、ベッドフレームをつかむ手より低くなった。
バーンズワースの方は、力が籠って白くなる手をじっと見ている。
「知っているよ、本当はおまえがなんのために戦うのか」
「……」
「妹さんのためだろ?」
彼女は顔を上げないまま、ポツポツと続ける。
相手に向かって話しているのか、言いたいことを勝手に並べているのか。
そもそも自分は何が話したいのか。
もう自分でも分からなくなってきている。
脈絡もない話を捲し立てていることだけが分かっている。
「妹さんが皇后陛下の侍従長だから。立ち場を守るために、おまえも必死に奉公しないといけないんだろう?」
返事や相槌はない。
何を言えることもないのだろうし、イルミ自身待つ気もない。
「おまえの采配で不利をとってしまった。だから」
言いにくいことすら、言いたくないことすら止められないのだ。
「だから、勝ち切るか『最期まで皇帝陛下へ立派に尽くした』と言われるまで。戦い抜かなければいけないと、そう思っているんだろう?」
肩が震えているのは、無理な姿勢が響いているばかりではないだろう。
「でももういいじゃないか! ボロボロの艦隊を見て、おまえを見て。誰も文句なんか言わないよ! 私が言わせはしない!」
俯いているせいだろうか。何かが重力に従って床を濡らした。
逆に俯いているおかげで、相手からは見えないのが救いか。
しかし、
彼女はその利点を捨てて顔を上げた。
正直に人に見せられないような顔だと思うし、何より見られたくないが。
それでも顔を上げた。
「何より、おまえがそこまでして妹さんを守ろうというなら! 生きていないとこの先守り通せないだろう!」
そうまでしても、受け取ってほしい、届いてほしい言葉があるから。
「守るっていうなら! 私たちの思いもちゃんと守ってくれ!!」
「……」
「うっうっ! くっ! うぅ……!」
大声で伝えてしまうと、一緒に力も抜けたのか。
イルミは啜り泣きながら、またガックリ項垂れてしまう。
ベッドフレームを握る手だけが、彼女の上体を支えている。
すると、
「そうか。そうだね」
その手を労るように。
そっと大きな手が重ねられた。
イルミがハッとして顔を上げると、
バーンズワースはいつものように、軽やかに微笑んでいる。
「勝手に終わらせてはいけないね。そもそも落としどころを作るために、まだ戦っているんだった」
彼の手はそっと伸びてきて、優しく彼女の肩に触れる。
「僕が間違っていた。守るための戦いだ。無闇に仕掛けるのはよそう」
「ジュリアス……」
そのままポンポンと、数回叩くと、
「だから泣くなよ。化粧が落ちるよ」
「なっ!? おっ、おまえなぁ! こういう時くらいなぁ!!」
「なっはっはっはっはっあぁ痛、傷口が」
この対応。相変わらずの、生意気な年下の男の子ぶりである。
イルミが慌てて涙を袖口で拭うと、バーンズワースも居住まいを正す。
「さて、ミッチェル少将がいつもどおりに戻ったところで。改めてホノースに着いてからの事後策を考えようじゃないか。守勢に立つにしても、援軍を要請するとか別の星へ一旦退くとかあるし」
が、彼女は今それどころではない。
恥ずかしすぎて、どこがいつもどおりか問い詰めたいくらいである。
照れ隠しにベッドサイドのバーンズワースの軍帽を取ると、相手に無理矢理被せる。
「そんなのはあとだ! まずはさっさと怪我を治せ! 休め! 寝ろ!」
「じゃあ帽子被せないでよ」
「じゃあな!」
そのままイルミは逃げるように椅子から立ち、医務室をあとにした。
それから自室へ直行、これ以上恥ずかしい顔は晒せないと化粧を直したが。
「〜♪」
「おい、今の見たか?」
「見た。幻覚かと思った」
「だよな」
「ミッチェル少将、いつになくニッコニコだったな」
「おー怖」
別の意味で恥ずかしい顔を見られまくったのであった。
知らぬが仏。
それからイルミは正午まで指揮を取り、シャワーを浴びて仮眠した。
しかし15時頃には起き出し、
「夜番なんだろう? 寝とかないと。寝られる時に寝るのが軍人の仕事だろうに」
「いいんだよ。あとでまた時間があるから」
「寝不足で指揮を執るのだけは勘弁してくれよ?」
「分かったから。ほら、食べろ」
またバーンズワースのベッドサイドへ。
『3時のおやつ』とばかりに、小さいナイフでリンゴの皮を剥いていた。
「それちゃんと美味しいやつ? 昔スポンジみたいなの食べてから、リンゴはあんまりなんだよね」
「船乗りが鮮度のいいフルーツなんか求めるな」
「リンゴはさぁ。やっぱりこう、硬くなくっちゃ。壁に投げたら、そっちが凹むようなさぁ」
「おまえ普段どんなリンゴ食ってるんだ。金のリンゴか」
「金は金属にしちゃ柔らかいけどね。昔食べた黒っぽいやつは美味かったなぁ」
「分かったからあーんしろ、あーん」
ほぼ看護師の業務しかしないタイプの衛生兵が、
「あらあら、そうしてると姉弟みたいですねぇ」
と口元に手を当て、品よく笑う午後。
それは、けたたましい艦内放送のジングルとともに訪れた。
『レーダーに感あり。総員、第一戦闘配備。繰り返す。総員、第一戦闘配備』
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