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第231話 たった一瞬の

「これより指揮は、元帥ジュリアス・バーンズワースが執る」



 それだけ。

 それだけである。


 勝利の使者のような男が告げた神威は、鳴らした角笛は。


 何が変わったわけではない。

 彼に指揮が変わって、突撃から方針転換するわけではない。

 何かのゲームのように、『突撃の威力30パーセントアップ』ということもない。

 本当に神の軍勢が連れてこられて降臨など、全然ない。

 まったくもって何もない。言葉以上の何もない。

 定期的に間違っていると指摘される表現だが、それ以上でもそれ以下でもない。


 だが。






「バーンズワース閣下が!?」



「指揮が執れない状態ではなかったのか!?」



「ここにきてあの鬼神が相手ですって!?」


 それは、エポナ艦隊内部の話。

 事情が変わる、いや、勝手に変えている連中がいるのである。



 その威容を非常によく知り、神格化している連中が。


 実際に幾度となく国の危機をその手で救われた、実感ある敬虔な信徒が。


 そこに並び立つもう一つ、味方側の神話。『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』を討って唯一神となった男を過剰に恐れる民草が。



 その降臨を、向こうから繋がれた通信で盗み聞いていた、


 皇国軍シルビア派艦隊が。



 無理からんことではあるだろう。

 何せ、このなかで一番冷静であるはずのガルシアさえ、


「な、あ、あいつ、動けたのか!?」


 完全に虚を突かれているのだから。

 なんなら、『バーンズワース不在』と断じたのは自身の判断である。

 一番衝撃が強いまである。



 だが、それだけならいい。

 別に驚くだけなら、いくらでも驚いたらいいのだ。

 戦場で驚くことなど、いくらでもある。

 急な揺れで誰彼のタンブラーが床に落ちた、なんてよくある。

 問題は、



 相手はあのバーンズワース。

 果たして我々は大丈夫なのか?



 その疑念。

 たった一瞬の不安、恐怖。


 たとえば神社で鳥居にでも蹴つまずいて。

 ないとは分かっているが、『天罰があったらどうしよう』と思うような。

 そんな唯一神たる彼に対する、マイナスの信心深さ。



 それらが、カメーネ・モネータ連合艦隊を、

 そこにいる皇国軍上士下士全員を、深く支配した。



 そして、その一瞬が、






「さぁ艦隊諸君」






 彼ら艦隊の攻撃の手を止めた。

 いや、攻撃にはインターバルがある。操縦桿から手を離しても艦は動く。だから何もおかしかろうはずはない。

 軍艦であって相手の顔ではないのだ。圧が途切れたということも分かるはずはない。


 だが、止まった。


 それを。

 あるいは通信を双方向で繋いでいるのだから、何か聞こえたのかもしれない。

 全艦一斉に意識が空白の動きをすれば、さすがに違いが見えるのかもしれない。

 なんにせよ、






「嵐が()いだぞ」






 この男は見逃さなかった。



「突撃せよおお!!」



 もはや反射的な絶叫にも近いイルミの号令一下。


 すでに突撃はしているのだが。することは変わらないのだが。

 エポナ艦隊が殺到する。






 それに


「はっ!?」


 と誰かが呟いたかは分からない。

 が、ふと我に返るほどには意識を取られていた事実。


 硬直していたのは一瞬かもしれない。

 しかし、そこから頭と体が解凍されて、状況を理解して動く。

 これには余計な時間が掛かる。

 エンジン掛けっぱなしと再起動ではスタートが違うのだ。


 もちろんそれとて、何分も取られるような話ではない。

 なんなら、何も分かっていなくとも砲撃手が勢いで引き金を引けば撃てるのだ。


 それでも。

 広大な宇宙、遠く離れた星々を数日で駆ける艦である。

 そのスピードの戦場では、1分1秒が勝負を分ける。



()ーっ!!」



 慌てて繰り出される斉射は、たしかにエポナ艦隊を捉える。

 フリーパスで通れるほどの空白はなかったし、戦場はそこまで甘くない。


 だが逆に。



 気を抜いた連中に満額回答をくれるほど甘くもない。



「敵艦隊より砲撃、来ます!!」

「かっ、回避ーっ!!」

「間に合いま、うわあぁ!!」






「撃てーっ! 撃って撃って、撃ちまくれーっ!!」


 もはや火が付いたように喚くイルミの声に合わせ、彼らの代名詞たる殺意が、いや、



「諸君、もったいないことはするな。どうせ死ぬなら、命もエネルギーも使い切ってから死のうじゃないか」



 ともに死のうと地獄へ引き摺り込むような、唯一神の呪いが振り撒かれる。


 緑色に腐乱した、あの世の住人たちが伸ばす腕。

 飢えた子どもがパンを手づかみで貪るように、戦艦と命を飲み込んでいく。






 そうやって()()()になっていく連合艦隊の攻撃。

 しかもワンテンポ遅れたことにより、エポナ艦隊の中腹や最後尾にこそ間に合えど、






「提督閣下! 前衛が突破されました!!」



「んだと!? 野郎め!!」


 先頭集団は数で勝るはずの分厚い壁を抜けた。

 すると、その先に待ち受けるのは、


「撤退を!」

「今さら間に合うかよ!」



 自重したがゆえに。

 前線へ突出していく味方艦隊からやや切り離された、旗艦『戦士たれ(ビーファイター)



 あとはそのわずかな供回りだけの、戦力に乏しい後衛部隊である。


「しかし、このままでは!」

「数が少ねぇのは向こうも同じだ! しかも連中は満身創痍だぞ! 負けるか!!」


 ガルシアは声を張り上げ観測手を叱咤、味方を鼓舞する。

 しかし彼は知っている。


 相手は最初からボロボロ、執念だけでここまで来たのである。

 ならばもう、全ての条件は意味をなさない。



 ただひたすら、気迫だけが勝負を分ける。



「連中は荒波切り抜けてきた直後だ! 出会い頭に鼻っ(つら)いってやれ!!」


 ガルシアが声を上げたその瞬間、


「『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』補足! 先頭です!!」


 悲鳴のような報告が入る。

 それは同時に、






「閣下! 『戦士たれ(ビーファイター)』補足!!」



「よし。僕らカーチャと踊って疲れてるからな。そろそろ後夜祭も()()()()にさせてもらおうか」


 お互いが殺しの間合いに入ったことを意味する。






「バーンズワースを補足!? いいじゃねぇか! あいつの名前一つでここまでやられてんだ! あいつの首一つで全部解決するわなぁ!!」


 ガルシアの血走った目が、モニターにも映った『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』を睨む。



「全艦、やつを狙え!」


 彼は艦橋内の空気を、熱気を。

 この戦場に吹き荒れる爆風を、血煙を、全て吸い込むかのように肺を膨らませ、



()ーっ!!」



 それを一気に叩き付ける。


 が、






「砲撃、来ます!」

「小型モデルだけどね。ここまで一緒にやってきた仲間だ、信じてやれ」


 そう。



 彼らにはまだ時間ギリギリ、アンチ粒子フィールドがあるのだ。



「ぐううぅぅ!!」

「おおお!!」

「きゃあっ!!」


 しかしそれも、砲撃を完全に防げる代物ではない。

 いくら弱まり細まるとはいえ、斉射である。

 針のような光の筋が、何本も艦体に突き刺さる。


 塵も積もれば山となるし、それもカーチャとの戦闘でじゅうぶん稼がれている。

勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』には手痛いダメージであり、艦橋内を大きな揺れが襲う。

 が、






「なっ、しまった!?」



戦士たれ(ビーファイター)』のモニターに映る、緑の煙を突き抜ける『勇猛なるトルコ兵(ワイルドターキッシュ)』。


 まるで雲の中から、巨大なドラゴンが現れたような。



 彼らはもう、この程度では止まらないし止まれないのだ。






「あと10分、時間稼ぎが足りなかったなぁ」






 その背後から続々現れるエポナ艦隊の戦士たち。


「提督閣下! 敵艦隊熱源増大! 砲撃来ます!!」

「閣下!!」


 それを眺めながらガルシアは、


「おいおい」


 掠れた声とともに数歩後ろへ()()()()、デスクに尻餅をついた。




「映像で見るよりバケモンじゃねぇか」






             2324年9月18日0時48分

             戦艦『戦士たれ(ビーファイター)』 轟沈


   イーロイ・ガルシア提督 ユースティティア・ロービーグス宙域にて戦死


                 享年 22

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