第156話 気分は4月
5月いっぱいは祝賀ムードで、シルビアも休暇を堪能した。
もちろん同盟サイドも『おめでとうございます!』な関係ではない。
休みに付き合ってはくれないし、むしろ内乱直後。
今がチャンスと侵攻してくる方面も多かった。
実際、バーンズワースなどは一足先にエポナへ向かっている。
が、シルビアの相手はアンヌ=マリー。
まったく動く気配がないので、気楽なものだった。
同じくジャンカルラが空気を読んだシルヴァヌスのカーチャ。
敵が隣のリーベルタースを取ったばかりで内政に忙しく、出てくる様子のないリータ。
この二人も5月いっぱいまではカピトリヌスで過ごし(カーチャはバーンズワースの分まで軍の事務に忙しかったが)、
来る6月。
昼過ぎのカピトリヌス軌道エレベーターの宇宙港ブロック。
戦艦『悲しみなき世界』の前にて。
「リィぃダァァぁぁぁ!!」
「あーもう」
ユースティティアへ出発するシルビアは、大粒の涙をボロボロこぼしている。
このまえ『これはこれで幸せ』とか浮かれていたとは思えないありさま。
離れた位置で控えるカークランドが、早くも先行きは暗そうだとゲンナリしている。
「ぐうぅぅ〜!」
「服汚れるから近寄らないで。早よ行け」
「さすがにちょっと冷たすぎない!? 思春期!? 反抗期!?」
マントで払おうとしてくる少女をヤベーやつが追い回そうとする構図。
さすがカーチャが割り込み、話題を変える。
「それにしても、ユースティティアの制服似合ってるじゃないのさ。赤毛だからかな、グリーンがパキッと映る」
「はひぃ」
「せっかくそんだけカッコいいんですから! 顔もシュッとしないと!」
あのシロナにまで励まされている事実に、さすがのシルビアも少し落ち着く。
「エポナ、うち、リーベルタース、これでもう4着目かな? 軍隊じゃフランチャイズ・プレイヤーの方がめずらしいけど。従軍一年未満でこれは、ジャーニーマンのケがあるな」
「まぁ大体暗殺計画のせいなんで、どっちかっていうとロマ系民族ですけど」
「ま、そう考えたらもうナチ野郎は去ったし。次行くところもバーナードちゃん迫害したりしないさ。教会は常に開かれてるらしいじゃん?」
「そうですけどぉ」
とにかく生き残るという第一目標。
未だ軍人とは言え大方の懸念を払拭した今、気が抜けかけていたが。
やっぱりダメよ! やっぱり皇帝になって頂点に立たなくちゃ!
リータを膝上に呼び寄せてイチャイチャ過ごせる身分にならなくちゃ!
悲しみの別れに、彼女は決意を新たにする。
まぁそれのみを満たすのなら、退役でもすればいいのだが。
たぶん情勢的に皇帝陛下がお認めになられないだろうし。
ジャンカルラたちと約束もしたので、そっち方面で目指すことにする。
あ、でも、私が皇帝になるってことは、ノーマンとかクロエが。うーん。
実は今こそが一番の岐路かもしれないと今さら気付いたシルビア。
頭を捻っていると、
「閣下。そろそろお時間です」
カークランドの一声で、いよいよ出発となった。
しれっとリータを引っ張って行こうとしたら、その手をカーチャにチョップされた。
別れを惜しみつつも、仕方ないのでついに宇宙へ出たシルビア。
『悲しみなき世界』の艦橋内、艦長席に座り、気持ちを切り替える。
「さて、カークランド准将。ユースティティアまでは何日かかるかしら?」
すると、本人が答えるまえにロッホが口を挟む。
「もう准将かい。マントに帽子で、どえれー出世だことで」
「やっかむな。おまえらも階級上がっただろ。日程は、あまり急ぐものでもないので2週間前後の予定です」
「軍隊なのにファジーね」
「えぇ、まぁ」
「でも、それでいいわ。ゆっくり行きましょ」
シルビアは腰を浮かせ、軽くデスクに乗り出し、眼下で席に着くクルーを眺める。
操縦桿を握る大きな背中。ヘッドホンの位置を調整するシュッとした後ろ姿。
「『J』とエレは、一旦これで最後ですものね」
「寂しくなるねぇ。まだ鹿人間描いてねぇのに」
「仕方ないわね。私たちは『元帥の副官だから』で将官になれたやつと違って、順当な出世だから」
「なんだと?」
そう。カークランドは副官だから動かないとして。
両名は今回の大尉昇進に伴い、操縦手、通信手からも配置転換。
これからは別の艦に副官として配属され研修。その後少佐となり、一艦長として独立する予定なのである。
なんなら士官学校卒業組。本来ならもっと早くこのコースに乗るはずだったのだが。
シルビアがエポナへ来る際にそちらを蹴り、志願して集まってくれていたのだ。
今まではショーンという状況が状況。司令官であるバーンズワースの好意もあって許されていたが。
これからはユースティティア。逼迫した皇国軍の情勢もあって、人材の浪費的な配置は許されない。
それゆえ、これが『陽気な集まり』揃っての、最後の航海なのである。
だからこそシルビアも、非常時でもないのに艦長室ではなく艦橋にいるのだ。
「二人とも」
「おうよ」
「何かしら」
「本当に、ありがとう。お世話になったわ」
唐突な言葉に。
おしゃべりなロッホもクールなエレも、すぐに言葉を返せなかった。
ちょっとだけ妙な間が空いたあと、
「そういうのは降りる時に言えよ。まだ先だぜ」
「向こうに行っても我々の元帥閣下なんですから。『もう縁は終わり』みたいなこと言わないで、組織として面倒見てもらえます?」
少し上擦った声が響いた。
「そう、そうね!」
であれば、彼女も元帥として、未来を向くべきである。
どっかり艦長席に腰を下ろす。
「准将!」
「はっ!」
「ユースティティアに着いたら、同盟軍のドゥ・オルレアン提督と会談を行いたいわ。アポ取っときなさい!」
「はぁ!?」
未来を向くのはいいのだが。
こういう時、突拍子もないことを言い出すのがシルビアである。
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