第145話 矛と盾
「オーバーヒートを起こしてもいいわ! アンチ粒子フィールド発生、マックスアップ!」
シルビアの号令に、機関部メーター担当の観測手が勢いよく振り返る。
「現状ですでに稼働率は100です!」
しかし彼女は聞き分けない。
「だったらちょっとでいいから120くらいやってみせなさい!!」
「えぇ!?」
日本人の悪いところ丸出しだが。
そこは上官に逆らえない軍隊の悪いところで押しとおす。
「もらった端からぶっ壊す気ですか!」
「エンジンくらい直しゃいいのよ!」
「『陽気な集まり』もあなたが来て一発で沈んだ!」
「根に持ちすぎでしょ!」
「オレまだこの艦にバナナーノ描いてねぇよぉ!」
「描かせないわよ! リータのピンナップなら可! もしくは鹿人間!」
「リータ・ヘイワースってかよ!」
「鹿人間って何?」
「賢く気高い森の王よ」
副官からのお小言も。アーティスト(?)からの抗議も。また一人鹿人間に導かれし通信手もなんのその。
「ぐだぐだ言ってたって一斉射は来るわよ! 死にたくなかったら200パーセントかましなさい!」
「増えてる!」
一方、
「艦隊、いつでもいけます!」
「ようし!」
追討軍旗艦『稼ぎ頭』艦橋内。
シルビアに負けず劣らず、コズロフのテンションも高まっている。
「やつも愛しい義妹の送ってやれ!」
「はっ!」
「照準、正面大型艦! 艦隊、一斉射! 始めぇ!!」
放たれた光の矢、正義の鉄槌。
悪なる者はこの清浄なる光にて、闇の世界へご退場願おう。
「砲撃、来ます!!」
「総員! 衝撃に備えなさい!!」
今までの、運よく当たらないのを祈るパターンとは違う安心感。
しかし、正面から受け止めるという未知の体験による不安。
二つの感情がないまぜになったのを感じる間もなく。
「うっ!」
とにかく目を開けていられない。
何せ視界一面が黄緑の強いフラッシュ。
太陽光ではないが、モニター越しでも日焼けさせられそうな刺々しさ。
だが、そのイメージに反して。
艦がダメージを受け、どこぞが爆発したような揺れ、音。
死という意識の途絶。
そんな結末はやってこない。
目を閉じているクルーたちには分かるまいが。
大量の光線を束ねた、筋繊維の塊たる剛腕のような一撃も。
『悲しみなき世界』の手前でほつれ、弱まり、細まり。
指先で身体中を突かれるような。
こそばゆい程度とか無傷とは言うまいが、殴られるより断然マシなレベルに。
ただし、
「あっつい!!」
「サウナだ!!」
「ちょっとこっち見ないでよ!」
「急に脱ぎだすおまえが悪いんだろ!?」
ゼロになったわけではない。
ジワジワと熱は伝わり、艦橋内は熱狂フロアに。
おそらく200パーセント稼働(シルビア談)のジェネレータも悪さをしている。
「艦長! これでは第二射で、艦が耐えても我々が蒸し上がります!」
「血液がチャイナ・ストリートで食った小籠包だぜ!」
「なんか通信機に異常出てきた!」
阿鼻叫喚のオーディンエンス。
しかし場を仕切るDJシルビアは、
「だから撃たせなきゃいいんだって!」
たまらず帽子を投げ捨てつつも、発言には自信と余裕がある。
「さぁ! ここが勝負!」
「た、耐えた!」
「おおぉ!」
「怯むな! 次が勝負だ!!」
本来なら一撃で跡形もなく蒸発していなければおかしい攻勢。
にも関わらずそこに残る『悲しみなき世界』。『稼ぎ頭』クルーが騒ぎ立てる。
が、そのなかでコズロフだけは冷静だった。
「明らかに敵の動きが鈍っている! 効いているぞ! 次、急げ! 砲身が焼け付いても、ここで仕留めろ!!」
さすが元帥、よく見ていた。
そう、だからこそ。
見えているものが全てになっていたか。
「リータっ!! 今よっ!!」
「エンジンフルスロットル! 目標『稼ぎ頭』!! 突撃!!」
「なっ、何っ!?」
今度こそ、巌のようだったコズロフは動いた。
たしかに、揺れた。
何せ、
『悲しみなき世界』の後ろから、
撃沈したと思っていた『王よ、あなたを愛する』が飛び出してきたのだから。
「い、いったい! どういう! 何が!」
口では混乱の極みにいるが。
元帥として。彼の脳内では素早く状況判断が進んでいた。
彼の視界に、あと一歩。あと一歩ながら健在な『悲しみなき世界』が見える。
瞬間、脳内にリフレインする声。
『敵艦隊旗艦! 熱源反応が急遽倍増!』
そうか!
電流走るとはこのこと。
やつは撃沈されたのではない!
視界ではバーナードの艦の陰に!
レーダー上では艦体以上に大きくなった熱源の円の内側に!
姿を隠していたのだ!!
しかし、今ごろ分かったとて。
「元帥閣下! 敵大型艦! こちらへ迫ってきます! このままでは!!」
「はっ!」
副官か。観測手か。はたまた別の誰かか。
それすら分からないクルーの声に、コズロフは引き戻される。
「え、ええい! ならば、次の斉射はそいつの方にぶつけろ!」
「は、はっ! 艦隊! 目標変更!」
今度は明確に副官の声だと分かる。
が、彼が指示の変更を通達しているあいだにも。
「行きなさい、リータ! あなたの艦は宇宙一速いのよ!」
「敵艦、異常なスピードです!」
「しまったか!」
コズロフはここに来て失策したことを悟る。
すでに最強の矛は最強の盾によって、間合いまで運ばれていたのだ。
「間に合いません!」
これなら、余計な指示変更をしなければ!
せめてもう一撃、バーナード少将には間に合っていたかもしれん!
エネルギーの充填は足りなかろうが、万に一つは刺し違えたやも……!
すでに一人感想戦に入った元帥閣下。
つまり、
すでに勝負は決したのだ。
そのあいだにも、『王よ、あなたを愛する』はコズロフ艦隊を悠々すり抜け、
「艦長! 『稼ぎ頭』捕捉!」
「皆さん、お願いします!! 撃ーっ!!」
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