第142話 気を取り直して激突
2324年4月26日10時16分。
「テメェら! ここまで遠征かましてんだ! 手ぶらで帰りてぇか!? 手柄と名誉と、何よりゴーギャン閣下にビール奢らせる口実がいるよなぁ!?」
「諸君! 『ビッグ・シップ・プレス』! カンデリフェラ戦役での、アマデーオ閣下の痛恨事! 僕はそろそろリヴェンジに飢えているぞ! 君らはどうだ!」
「鐘を鳴らせ! しかして祈りを! 主と戦士たちと同盟の精神に、栄光のあらんことを!」
同盟連合艦隊1,850隻は、追討軍右翼へ殺到する。
追討艦隊旗艦『稼ぎ頭』艦橋内。
「元帥閣下! 連中、反乱軍には目もくれず!」
「だろうな!」
コズロフは分かっていたように低く答える。
「数で劣る連中が一番勝ちやすい方法は、三国志と似たようなものだ。まず数の劣るもの同士で協力し、一大勢力を潰す。4,255対3,071と1,500以上。勝負になるからな」
が、分かっていても歯噛みするほどの怒りがある。
「しかるのち、疲弊したもう一方を打ち倒す。4,000と3,000なら、後者の方が具合によってはチャンスも生まれるからな」
「なんと卑劣な……!」
まさしく彼も、その卑劣さに怒っているのだろう。
だが、それはあくまで、騎士道精神やプライドの話。
敗北を確信し、嘆き苛まれているのではない。
たとえ兵力で劣っていても。
むしろ、軍人としての彼は冷静であり、勝機をまだその手につかんでいる。
「艦隊! 2.000もあれば時間稼ぎにはじゅうぶんだろう! 同盟艦隊にぶつけろ!!」
「2,000!? 艦隊の半数です! しかも、残った数では反乱軍に及びません!」
「それも2,000もあればじゅうぶんだ!」
「はぁっ!?」
コズロフはモニターに映るマップの、敵艦隊左翼を指差す。
「所詮連中は烏合の衆だ! どうしても皇帝に叛逆したいわけではなく、事情あって向こうにいるにすぎん!」
左翼はリーベルタース艦隊。
その旗艦がいるであろう中央部分を彼は強く睨む。
まるで、視線の熱で沈めてみせようとでもいうように。
「ならばその事情の中心! 声明も発表した首魁にして叛意の元凶! シルビア・マチルダ・バーナードを叩き潰せば、勝手に自壊しよう!!」
興奮、武者震い。彼の心理を表現する言葉は数あろう。
それが今、繊細な動きを失った彼の右手すら、小刻みに震えさせる。
「そして! やつは愚かにも! 元帥に配慮したか、前線の一翼を担っている! 『この首刎ねよ』と差し出しているのだ!! これほど簡単なことがあろうか!!」
震えが止まるや否や。
その心臓を鷲づかみにしてやろうというように、右手がモニターへ突き出される。
「粉砕せよ!! 誇り高き皇国軍兵士たち!!」
一方。
闘志を燃やすのも。似たようなことを考えるのも。
コズロフだけではない。
シルビア派艦隊左翼旗艦『悲しみなき世界』艦橋内。
『全艦突撃せよ。この機会を逃すな。確実に叩いて、この戦争の流れをこちらへ引き込む』
どころか全艦隊にバーンズワースの声が響く。
「聞いたわね!? リーベルタース艦隊に告ぐ! 進発せよ!!」
「はっ! 『全艦、突貫せよ! 突貫せよ!』」
エレのアナウンスと交差するように、
『バーナード少将、ロカンタン中将』
元帥閣下の特別なお達しが届く。
「はっ!」
『コズロフだ。コズロフを叩け。連中の精神的支柱はやつだ。やつさえ脱落すれば他の艦隊は、数で勝っていようが勝てる気はしないだろう。「勝負あり」だ』
「御意!」
『何より』
ここで一瞬声が区切られる。通話のシルビアには分かるまいが。
続く言葉で類推するなら、
『彼らは味方だったし、この戦いが終われば味方だ。今後のことを考えれば、あまり減らすのは得策じゃない』
おそらく同盟艦隊を見やっていたのだろう。
いまだ少し、敵か味方か判断しきれない連中が控えている。
「承知しました!」
バーンズワースの通信が切れると、シルビアは早速無線機を手に取る。
「イム中尉! 『王よ、あなたを愛する』に繋いで!」
「はっ!」
エレが操作盤に触れると、
『掛かってくると思ってましたよ』
少女の声はすぐに届いた。
「リータ、さっきのジュリさまの話は聞いたわね?」
『えぇ』
「コズロフ閣下の首刈り、言い換えれば単艦狙いの一撃。それを閣下はお望みだわ」
『そのようですね』
シルビアは少し興奮気味。リータはあくまで冷静な受け応え。
が、シルビアの声には熱に浮かされただけではない知性的な響きが。
逆にリータには、相手の意図を汲み取り静かに闘志を燃やす雰囲気がある。
「これは、新型艦の実力の見せどころね?」
『あぁ、あれですか?』
「そうよ、あれよ」
隣でカークランドが「あれってなんだ?」という顔をしている。
が、彼女は気にしない。むしろ他人には通じない会話をできるのは、恋人っぽくて喜びである。
もちろん軍人的にはめちゃくちゃアウト。
「二人で考えたけど、結局『使うシーンないよね』って笑ってたあれよ!!」
副官の表情が「えっ、マジ?」というふうに変わり、
『まさか本当にやることになるとは』
リータの呟きで「大丈夫? それマジで大丈夫!?」というふうに青くなった。
「よし」
そのまま無線を置くシルビアに「よしじゃねーよ」という視線を向ける。
が、そんなのはお構いなしが悪役令嬢のスタンダード。
「艦隊! コズロフ閣下の性格的に、『稼ぎ頭』は先頭の方にいるはずだわ! ある程度、そこまでの風穴さえ開けてくれたらいい! 火力を集中して!」
テンション高まるそのまま、艦長席から立ち上がる。
「アンチ粒子フィールド展開! 『J』! 最大戦速! 前に出るわよ!! 今までの鬱憤晴らしなさい!!」
「ウーラー!!」
威勢よく応えるロッホに、カークランドは
「オレが、おかしいのか?」
と呟くしかなかった。
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