3.インディアン準州軍第二連隊
必要最低限の情報共有をしながらの夕食を終えると、誰からともなく腰を上げ、各々のテントへと散り散りになる。
見張りの任に就いてる者以外は速やかに床に就き、明日からの戦闘に備えて目を瞑る。とは言っても、それぞれが抱える思いは複雑で、なかなか眠ることが出来ないでいるようだった。
一人が体を起こし、祈りを捧げるように瞑想を始める。そうすると、別の一人も体を起こし、同じように瞑想を始めた。別のテントでは、暗闇の中、徐にナイフを取り出しどこから拾ってきたかわからない木の破片を見つめ、削り始める者もいた。
テントを抜け出し、森の中へと入り、僅かな月明かりを浴びる者など、無意識の連鎖反応とでも言うのか、各々に動き出し始める。
幾つかの先住民族が集結した準州軍第二連隊は、同じように迫害を受けた民族で成り立ち、静かに機を待ち続けていた。そして、明日からの戦闘は、共に戦った部族同士での戦いであり、複雑な思いを断ち切るかの儀式を個々で執り行うようにも見えた。
テントから出て行く男の姿を仲間の誰も止めることなく、ただ横目で後ろ姿を見るだけで、それは咎める訳ではなく、尊重する意味を込めた無言の見送りであった。
見張り役が囲む焚き火をチラリと見た後、逆の方へと歩き始める男。静かな足音だけが、静かに響いた。
夜空に浮かぶ細い月が、男の歩を優しく照らしていた。用を足した大柄の男が、急いで戻ろうと木々の茂みから抜け出す。相変わらず不気味な細い月が、大男をニヤリと笑い続けていた。
普段なら恐怖など感じない質ではあったが、何故か今夜は嫌な感じがして、足早に宿営所へと向かって行く。早く戻ろうと思っているのに、何故かとある場所で足が止まってしまう。
そこには、天を仰ぐように両手を広げている男の姿があった。赤褐色の肌に幾つもの文様を纏い、暗闇よりも黒く美しい長い髪の男。その姿は、あまりにも高貴な気配に覆われていて、無意識に目を奪われてしまっていた。暫く見つめていると、男が大男に視線を向ける。
「面白いか?」
静かに低く響く男の声に、大男が体を竦める。
「あ、邪魔して悪かったな」
「別に邪魔ではない」
男がゆっくりと近付いて来る。
「充分に得た」
「あ……あぁ……」
「もう戻る」
「そ、そうか」
歩き始める男の後ろに付いて歩く。無言のままの男に声を掛ける。
「何してたんだ?」
「精霊と対話していた」
「精霊?」
言われて笑いが込み上げる。
「対話できんの?」
「ああ」
「へぇ~、すげーなー」
「お前は出来ないのか?」
不思議そうな顔で大男を見る。
「普通、出来ねーよ」
「……そうか。つまらんな」
少し小馬鹿にしたような声に大男がムッとする。
「あんたらの部族は皆出来んのかよ」
「儀式を受け、乗り越えた者だけが出来る」
「ふぅ~ん」
「だが、大抵の者は対話は出来なくても、感じることは出来る」
「へぇ~」
先程のムカつきが、男の言葉によって直ぐにどうでもよくなる。寧ろ、男の話に興味が湧く。
「あんたらの部族って、面白そうだな」
「……何が言いたい」
「いや、俺達にはわかんねーモンが見えるってのが、なんかすげーなーって」
男が小さく息を吐く。
「俺達には普通のことだ。特別面白いことなど無い」
「そうか?」
「ああ」
「んじゃさっき、何話してたんだ?」
大男の目が好奇の目に変わる。
「それを知ってどうする」
「俺にはわかんねーから知りたい」
男が溜め息を吐く。
「天気だ」
「天気?」
「ああ、天気」
「天気なんか知ってどうなんだ?」
「天気は戦いを勝利に導く鍵となる」
「あぁ……そういうことか」
男は大男に一瞥してから言葉を続ける。
「今回の戦闘は、こちらが有利だ」
「らしいな」
「情報だけの事ではない」
呆れたように息を吐く。
「雨が降る。よって、南軍の武器は使い物にならなくなる。意味わかるか?」
「勿論」
「後は、指揮官の判断が正確であれば、ハニースプリングスを制することが出来る」
「そうなのか?」
今度はあからさまに溜め息を吐いた。
「お前の部隊はそんな話もしていないのか?」
「あー、したした」
慌てて取り繕うが、男は訝しげな視線で大男を見る。
「明日からの行軍と明後日の攻撃のタイミングによるが、指揮官の判断ミスによって敗戦を招く結果にもなりかねないが……概ね大丈夫だろう」
「そう精霊が言ってる?」
「馬鹿にしてるのか?」
「違う違う、そーじゃねーよ」
大男が辺りを見回し、座れる場所を見つける。
「なぁ、もう少しアンタのこと、聞かせてくれよ」
「何故?」
「面白そうだから」
「……断る」
「えー、そりゃねーぜ、兄弟」
「兄弟?」
男が足を止める。
「何を言っている。俺はお前とは兄弟ではない」
真面目に答える男の肩に手を乗せる。
「ははは、『兄弟』ってのは俺達の言葉で『仲間』って意味だよ、兄弟」
バンバンと男の肩を叩く。それを嫌そうにはねのける男。
「よくわからないが……叩くのは止めてくれないか」
「お、悪いな」
大男が悪びれもせず、数回ポンポンと叩いてから手を離す。
「ま、アンタは仲間ってことだ」
「……わかった」
「お、あそこなら座れそうだ」
腑に落ちない表情で、大男が指差す場所へと向かい、木の切り株に腰を下ろした。
「なぁ……アンタは何で戦争してんだ?」
先程までの明るい雰囲気から、急に真面目な口調に変わる大男。男は大男をジッと見つめ、大きく息を吸ってから、口を開いた。
「俺は……奪われた自由を取り戻す為に戦っている。お前達もそうだろう?」
「ああ」
「元々俺達は、この地に住んでいた。何百年も前から……何世代も昔から……ずっと住んでいた民族だ。それくらいは知っているだろう?」
「勿論」
「いつからから、移民達がこの地を訪れ、我々と交流を始めた。初めは友好的であったが、それは我々を油断させる嘘であった事に気付くことが出来なかった。そして彼等は、意図的にかはわからないが、自国から持ち込んだ、我々の知らない何かをこの地に撒き散らした。勿論、対処法など知る由もない。成す術の無いまま、次々と仲間は倒れていき……死んでいった。それで幾つもの部族は滅んでしまった。辛うじて生き残れても、気付いた時には土地は奪われ、迫害される身分へと追いやられていた」
男は両手を握り、悔しそうな顔で下を向く。
「お前達がこの戦争で何を思うのか、俺にはわからない。ただ感じるのは、俺と同じ、現状からの自由を取り戻す為に戦っているのだろうということだけだ」
静かな口調は変わらないが、男の思いが込められた話に、大男は食い入るように聞き入っていた。
「そうか」
大男が夜空を見上げる。
「経緯は違っても、目標は同じってことか」
大きく息を吸い込む。
「俺達も似たようなモンだ。ま、俺は生まれも育ちもここで、奪われる土地なんかねーけど。奴隷だかんなー。メシも戦場の方がマシってくらいひでーモンばっか食わされてたかんなー。おかげで腹は丈夫になった」
ガハハと笑う。
「色々違う事も多いけどよ、苦汁を舐めさせられてんのは同じだもんな」
うぇー、と渋い顔をする大男。
「でも同じ目標を持ったモン同士、仲良くやろうぜ!」
大男の癖なのか、俺の肩をバンバンと叩く。払いのけようとするが、諦めたように息を吐く男。
「……あぁ、そうだな」
大男の手が離れ、変わりに男の手を取り、がっしりと握り締める。
「アンタ、隊は?」
「俺は、インディアン準州軍第二連隊だ」
「そうか。俺はカンザス第一色人歩兵連隊だ。同じ第一旅団だな」
「あぁ、そうだな」
握る力が強まる。
「お互い生きて自由を勝ち取ろうぜ!」
顔をしかめながら、負けじと強く握り返す。
「ああ」
ニカッと笑う大男の真っ白な歯が、暗闇の中で光った。
「んじゃ明日!」
そう言って、互いのテントへと戻って行った。
ネイティブアメリカンの部隊はこんな感じの静かさなのかなぁ…
という妄想のお話です