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うちの天井裏にはくノ一がいる

作者: 神月大和

 草木も眠るウシミツアワー。

 眠る武田武人の天井板の一つが、そっと音もなくずらされた。


 ――しゅるり。


 滑り込んできたシルエットは女体である。長い黒髪を後ろ頭で結って、口には黒いマスク。まるでどこぞの探偵漫画の犯人のようにそのシルエットは黒く、キュッと括れた腰つきにむっちりとした尻周り。太股も引き締まっていながらも柔らかそうな肉付きだ。そしてその胸はいたく豊満であった。

 暗闇に彼女の黒曜石のような瞳が煌めく。

 そして眠る武田武人を覗き込むと、


「――むふ♪」


 おっと、とばかりに口元を拭った。

 しばらくにまにまと瞳を細めつつ眺め、眺め  満足したように額を拭うとまた天井裏へと戻っていくのである。

 彼、武田武人の天井裏にはくノ一がいた。



   ◇◇◇



「おっ、おはよう武人」

「おっす佑都」


 高校に登校した武人は友人の佑都に挨拶をした。武人は友人が多いわけではない。が、友人が少ないわけでもない。適度に社交性も人付き合いもあって、陰キャとは呼べないが陽キャでもない。つまりは普通な男子生徒であった。


 朝のチャイムが鳴れば担任の武守美里がやって来る。

 艶やかに長い黒髪を後ろ頭でしばって、キリリとして意思の強そうな黒曜石の瞳。鼻筋はまるで日本刀のようにスッと通って、薄い唇はピンク色で艶めかしい。武家風の美人であって、ピシリとスーツに身を包んだ彼女は凜としてとても絵になった。そしてその肉体はスーツをはち切れさせそうなものであって、むっちりとした肉付きの良い尻に豊満な胸元。触れれば切れそうな彼女ではあったが、美人で豊満な若い女教師が教卓に立てば、健康な高校生男子には目の毒であったに違いない。


 ――相変わらず美人だよなー、美里先生。


 武人もそう思う男子の一人であって、毎朝のことながら見惚れてしまうのだ。

 が、


 チラリ。


 ――ん? なんかよく目が合うんだよな。だからと言って勘違いはしないけど。


 あれほど美人で厳格そうな美里先生なのだ。ふつう男子であって教え子である武人にそうした気持ちを抱くことなどあり得まい。武人はそう思うのであったが、


 ――嗚呼、武人様、今日もご健勝で。はふぅ……。


 それはいったい誰の想いであったろう。



   ◇◇◇



 普通の男子高校生である武人は、今日も普通の高校生活を送って家路につくのである。もう友人とも別れ、家までは一人である。閑静な住宅街の、大きな屋敷の多い通りを歩き  、


 さり、さり……


 蟲の足音よりも小さな音で、その者たちは武人へと忍び寄っていた。

 夕暮れ時の路地裏で、黒装束を纏った彼らが武人へとにじり寄る。その動きは明らかに素人ではなく、ただの反社会勢力でもあり得ない。まさしく裏家業のプロとでも言うべき動きで、彼らは武人へと――、


「させませんよ?」

『!?』


 驚愕が彼らを波立たせた。

 バッと振り返れば、


 ――そこには黒装束の、艶めかしいシルエットをした女性が立っていた。


 プロである自分たちに気取られることなく後ろを取ったこともそうであったし、それが女性で、更にはたまらないプロポーションに思わず目を奪われた。それがどれだけ恐ろしいことなのか。


 が、それでも彼らはプロであった。

 すぐさまその魅惑から立ち直った。しかしプロである彼らをこの状況において一瞬でも眩惑するとは  だが、彼女のそれは「術」ではなくただの素質であったからトンデモナイ。


「貴方たちは何者ですか? 素直に答えてくれれば良いですが、答えてくれないのならば――」


 ぶわり


 魅惑的な女から発せられた剣呑な気配に、彼らは一斉に総毛立った。

 腰から匕首ほどの長さの短刀を取り出すと、一糸乱れぬ動き、足さばきで黒装束の女を囲むと、一斉に。


()ッ!」


 女の口からは風が漏れた。

 後ろ頭で結んだ長い黒髪をたなびかせ、男たちの短刀をしゃがんで避けると長い脚で足払いをかけた。回避と攻撃が一体となった、攻防一体の業前だ。が、男たちも腐ってもプロであるものか、一斉に後ろに飛んでその足払いを避けていた。そして再び短刀を彼女へと向けて飛びかかるのである。

 その一人に向けて彼女は身を低くしたまま跳んでいた。


「ぬぅっ!?」


 男の口から驚愕の声が漏れていた。

 彼女はその低い姿勢のまま流れるような動作で男の鳩尾を突くと、


「疾ッ、疾ッ!」


 その反動を使って飛びかかってくる次の男、その次の男と、回転しながら連続で蹴りを食らわせたではないか。


「かはっ……」「おぐっ……」


 次の男は爪先で鳩尾を射貫いて、その次の男はその回転のままに逆の脚の踵を空中にいるままで打ちつけていた。


 三人。

 最初の男に彼女が攻撃したのを好機と見たのか、そのまま追随する気持ちが隙となって打ち抜かれたのである。一瞬にして三人の男たちを戦闘不能に持ち込んだ彼女に、残りの男たちは逃走を試みようと――、


「逃がしません」

「カハッ!」「ぐぁあッ」


 彼女は目にも留まらぬ速さで、正確に持っていた飛礫(つぶて)で男たちの後頭部を打ち据えた。悶絶して倒れる男たちを睥睨し、彼女はそれぞれの男たちを縛ると、おもむろに電話をかけて頼むのである。

 駆けつけた彼女の仲間が男たちを回収し、尋問したところによればやはり彼を狙っての犯行であったらしい。依頼主は例の如く末端を経由して黒幕は掴めない。


 ――お労しや、武人様。ですがご安心を。私が貴方のことを守ります!


 彼女はむんっと迫力のある胸を張ると、そのまま黄昏の中へと消えてゆくのである。


 ――さてさて、また天井裏に……むふふふふ♪


 いったい一番危ないのは誰であったのか。



   ◇◇◇



 普通の男子高校生である筈の武田武人は、その実由緒正しい家柄の特異な体質の少年であった。彼に自覚はないが、部下を強化する異能の持ち主だ。その力を狙って、或いは彼を亡き者にしようと日々資格が送られていたのである。


 彼女――武守美里は代々彼の一族に仕えて守ってきた家系であって、今代は彼女が中心となって彼の護衛を行っていた。学校では教師として、それ以外では影ながら守るくノ一として。

 今日も家に帰った彼を天井裏か見守っているのである。


 ――おお、今日も武人様はお励みになられて……ハァハァ、流石はお館様です。もしもお許しいただけるのならば私が全身全霊を以てお相手させていただきた……ハッ! 今日の肴は女教師ものですか! ……しかも、わ、私にどことなく似ておりませんかぁ!? ハァハァ、流石はお館様、護衛をしている私に忍耐の試練を課されるとは……。あっ、果てられました! ――なんと香しい……。ハァハァ、武人様の子を孕みたいですぅ……。


 くノ一は、お館様を今日も守っているのであった。

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