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39 終章4(完)

 レアラードはすっくと立ち上がると、馬煙を見ながら悠然と腰帯に挟んだターバンを抜き取り頭に巻き始めた。


「世話になった礼だ。片づけてやる」


「や……片づけて……って」


 目の前の少女がどうやら本気で言っているらしいと気付き、男たちは目を白黒させた。


「あ、あんたなぁ、少しばかり魔法が使えたり剣の腕に自信があるのか知らないけど、相手は一人や二人じゃないんだぞ」


「そうだな、あの馬煙からすると一個小隊くらいか。不良部隊だから全滅させてもどこからも文句は言われんだろうし、安心しろ」


「ぜんめ……?」


 村人たちが思わず顔を見合わせる。彼らは目を見かわし合った結果、少女の頭のねじが緩んでいるのであろうと思ったらしい。


「と、とにかくここにいる者で、交渉に……」


「そ、そうだ。交渉の余地があるのかどうかを聞いてみないと」


 レアラードの存在が急に見えなくなったように彼らは額を集め、


「ぎゃっ!」


 そのうちの一人が悲鳴をあげてうずくまった。見ると、若い村人の肩に小さな矢が突き立っている。

 私は慌てて空中に魔方陣を描き出すと我々の前に光の盾を出現させた。すぐに何本かの矢が盾に当たり、硬い物に弾かれた音と共に地に落ちる。いよいよ大きくなった雄叫びの方角に視線を向けると、小指の先ほどの大きさにまでなった騎馬の群れが弓矢をつがえて駆けてくるのが見えた。


「やっぱり話し合う気なんてないんだ!」


 悲鳴混じりにそう叫んで自分の家へと走りかけた村人を、レアラードが襟首を掴んで引き留める。魔法の盾の外はまばらではあったが矢の雨が降っている。今むやみに出ていくのは的になりにいくようなものだ。

 命の恩人である少女に、しかし状況が見えていない村人は血走った眼で「何しやがる!」と食って掛かった。それを私とクラビスが必死で押しとどめる中、レアラードはふいに左手を大きく振りかぶった。

 次の瞬間。

 ガリガリガリッという、耳を覆いたくなるほどの轟音が辺りを埋め尽くす。


「なっ……!」


 村人たちが絶句したのも無理はなかった。同じ魔道士である私も驚きで口をあんぐりと開ける。

 私たちには等しく、放牧地の地面を真一文字に裂いた亀裂が目に入っていた。まるで巨人が鍬で一掬いしたかのように、地面は大きく抉れている。村を蹂躙にかかった騎馬の最前列にいた何人かもその爪痕の餌食になりずたぼろの死体を晒した。後続隊は馬の前足を上げて進行を止めている。


「今引いたあの線からこっちには来させん」


「あ……あんたがやったのか?」


 先ほどまで少女に罵声を浴びせていた村人が、唾を飲み込みながら聞くと、


「少し地形が変わったが、許せ」


 明後日の答えを返すレアラードに村人たちはこくこくと頷くことしかできない。彼女は背中に矢が刺さった男に「帰ってくるまで生きていろ。あいつらより早く死ぬのは割に合わんぞ」と告げると放牧地のほうへと歩み始めた。その颯爽とした後姿は嫌と言うほど彼らの心に焼き付いた。ほうっというため息が、誰の口からともなく漏れた。


「な……なんだ、ありゃ魔法か? 俺の知っているのとはえらい違いだぞ!」


「ど、どこかの大魔道士様なのか?」


「そんなことはどうでもいい! 救世主だ! 救世主様がこの村に降臨したんだ!」


 熱狂が四人の村人たちの間に湧き起こる。興奮してレアラードの後姿を見送る彼らの様子に、私は伝説が生まれる瞬間を見た気がした。

 興奮に飲まれていないクラビスと私だけは少し視線を交わして、この隙にと矢を避けて建物の中に彼らを誘導する。


「魔道士の兄さん、頼んだぜ」


 戸口に村人たちと矢傷の男を押し込んで、レアラードの後を追おうと踵を返したところで後ろから服の裾を引っ張られる。振り返るとクラビスが真剣な表情で私を睨んでいた。


「わかってるよな」


 身長は私よりずいぶん低いが圧のある物言いで、ぐいっと顔を近づけてくる。何となくグランを思い出して、私は引き込まれた。


「村を守ってくれってことですか?」


「そんなことはもう安心しきってるよ。あのお嬢ちゃんがやってくれるって言うなら間違いはねえ」


 そうだ、かつてこの人はレアラードの魔法を間近で見ているのだ。その時私は丸焦げになっていたから、見ることができなかったが。


「回復の魔法、見ただろ?」


「ああ、気づいていましたか」


 驚いて、私は声を潜ませた。レアラードが矢傷の男にかけた回復魔法のあまりに弱々しい力に、彼も気づいていたのだ。本当に傷の浅いものしか矢を抜けず、その止血すら満足にできていなかった。


「矢が飛んできた時だってそうだ。バルーゼの手前で馬車が火だるまになった時に比べて反応が悪すぎる」


 すぐ近くの村人に矢が刺さっても、レアラードの防御魔法は発動しなかった。村人を守る必要を感じなかったと言えばそれまでだが、私が慌てて作った魔法の盾に村人の襟首を掴み止めて助けているところからすると、ただただ魔力が枯渇したと思わざるをえないのだ。


「なのに、あの威力だ」


 農夫の顎が、放牧地の中央を抉る一直線の溝を指す。


「素人考えだが……あれって最後の力を振り絞ったんじゃないか?」


 正直なところ、私はクラビスの観察眼に舌を巻いた。魔力の何たるかを理解していない一介の農夫が私と同じ考えに行き着くとは。


「俺が言いたいのは、あの子を頼んだってことだよ。これはねえ、兄さん……」


 私のことを病み上がりと知ってか、パンっと大きく背中を叩くとクラビスは大きく片目をつぶった。


「恋のチャンスだぜ」


 その台詞の恥ずかしさに気づく間を与えず、クラビスはさっと家屋に引っ込んだ。じわりと湧く胸の中の痛みを再確認しながらも、その去り際の小気味よさに私は小さな感動を覚えた。まさかこんな田舎の村落で恋のキューピッドと出会えるとは予想外であった。容姿がおっさんというのも予想外だったが。


 傍らのランダがいななく。

 それを都合よく「“俺に乗れ”と言っているんだな」と解釈すると、私は勢いよくその背に乗ってレアラードの後姿を追った。放牧地の柵を越えたところまで来ていた彼女にすぐに追いつくと、私は男装の美少女の前で飛び下りた。


「来るのが遅いぞ。ゆっくり歩くのにも限界がある」


 伝説の少女は疲れを押し隠した顔で涼やかに私を見上げた。かと思うと、まるで支えのぬけた案山子のようにくたり、と私の胸にしなだれかかる。慌てて抱きとめるが、彼女の瞼はほとんど閉じかけていた。


「ここまで体力の限界だったなんて、私の助けありきで行動しましたね!」


「信用すれば、期待に応えてくれるのだろう?」


「う……こうまでお膳立てされたら、平凡な研究職の私であっても盗賊を一人で相手にしなくちゃいけないじゃないですか!」


「少し休んだら回復する……ほんの少し……五分だけ持ちこたえろ……目覚めたら、殲滅させる……おまえなら……大……信じて……」


 あとは、健やかな寝息が続いた。私を信じ切ったその美しい寝顔に、思わず衆人環視の中とはいえ大人の階段を上るべく、毎夜本の挿絵にするのと同じことをしようと唇をにゅっと伸ばしかけたが、タイミングを弁えないランダが心配そうにレアラードに鼻先を寄せてきたために階段は踊り場となった。


 私はその場にそっと姫君を遇するように彼女を横たえると、ランダに彼女を守るようにお願いして嫌々自らが対面することになった問題の方へと顔を上げた。

 レアラードが付けた放牧地の亀裂の先に盗賊の群れが溜まっている。亀裂はもちろん延々と続いているわけではない、回り込めば進むことはできるのだが、彼らは突然の強大な魔法攻撃にたたらを踏み、何某かの協議をした様子だった。だが所詮は下賤の集まり。大人しく引き下がるなどという選択肢はなかったようだ。

 気持ちを鼓舞するように雄叫びを再度上げ始め、彼らが馬の腹を蹴ったところで


「“雷よ”」


 私の描く魔方陣と古代語によって呼び起された雷が、轟音と共に先頭の一人を撃ち抜いた。

 雷鳴が収まると、失神した人馬の体が亀裂にずるりと滑り落ちる。


「その線からこちらには来させませんよ!」


 大きな声で宣言しながら、私は盗賊たちの身なりを改めて見て仰天した。彼らの顔つきは至極凶悪で・・・・・・というか、人じゃあない! 革鎧を着て馬に乗り弓矢を操ってはいるが、完全にその顔は猿のそれであった。矢傷の男が「あいつらは人間じゃない」と言ったのも大げさな表現ではなかったのだなと、納得した。

 猿たちはその気性の悪さを隠しきれず、辺りを睥睨してはにやつき、果ては腰に戦利品とばかりに死者の耳を斬りおとして何十とぶら下げていた。危害を加えることにためらわずに済んだのはありがたかったが、あまりの蛮族ぶりに、すぐ隣の国の領内にこんな荒くれ怪物がいたことに不安が募る。


「言葉が通じているかわかりませんが、一応これも言っておきますよ。私が対応している間に退却してください。でないととんでもないものが目覚めますよ。いやもう、自分の命の重さを感じられなくなるようなことになります」


 私の右手は次なる魔方陣を描き出し、現れた梟の使い魔は獲物を求めて盗賊猿たちの間を縦横無尽に飛び回った。


「守るものがあると、人は強くなれるものですね」


 誰も聞くものがいないとなると陳腐な台詞を臆面もなく吐けるものだ。私は雷を落とし、使い魔をもう三つほど増やして盗賊たちを混乱に陥れながら背後の草地に横たわる伝説の少女の姿を振り返った。

 暖かい日差しの中を、心地よい風に髪を撫でさせながら、信奉者のように傍らに寄り添う馬と花に揺蕩う蝶に囲まれ、美しい男装の少女は目を閉じている。

 長い睫、眉にかかる柔らかそうな前髪、しっとりと濡れた唇。

 伝説の少女は、放牧地の先から響く盗賊たちの悲鳴を子守唄に、楽しい夢を見ているように微笑んでいた。


 彼女の瞼が微かに動く。

 殺戮は、近い。


 これは某小説大賞に送って落ちた作品です。書評をいただけるところまでは上がれたので、それを参考に書き直したいと思いつつも10年以上過ぎ、そうこうしているうちに『葬送のフリーレン』を見て「レアラードのキャラ設定とかぶってね?(恐れ多い&自意識過剰)」となったのと私生活に満足な自由時間が無くなったのでこちらに投稿(埋葬)させていただきました。

 シリーズもので、続きもあるのですが、そちらは書きっぱなしでさらに読みにくいので、少し整えてから投稿(埋葬)させていただきたいと思います。もしよければお待ちいただければ幸いです。

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