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35 解毒薬はあるか

 練兵場の端の地面を掘ってロイとニディアの腕、そしてグランを別々に葬ると、空は急に曇りだし、すぐに雨模様となった。今はまだ激しい降りではないが、運ばれてくる雲はますます黒く、さらに降雨量を増やすのは確実と見えた。


 はじめは雨宿りのつもりで城の中に入り込んだレアラードであったが、いまはヴァリスの探し物につきあって城内を歩き回っている。

 城は、四十年前にヨクシャ国軍に攻め込まれたまま放置されており、残虐な殲滅戦の痕跡をよく残していた。攻城戦のため崩れかけていたことと、あらかたの家捜しを軍がしてしまっていたこと、そしてこの凄惨な様子から盗賊の類も入り込まなかったらしい。久しぶりの訪問者に克明に歴史を語ってくる城内に、ヴァリスは都度声をあげた。


「ここも……血の跡がベッタリですね……うう、死体だけは回収されているものの、うわあ、これなんて明らかに人の形じゃないですか。絨毯にしっかりこびりついていますよ」


 どす黒い跡のこびりついた絨毯を発見する度にぴょんぴょんと飛び跳ねて避けるヴァリスをレアラードは呆れたように見た。


「血の跡を踏まないようにしたって死者は甦らん」


「女性は現実的というのは本当だったんですねえ、これだから困ります。死者を軽んじないことが重要なのですよ。あなたのように何も構わず血だろうが虫の死骸だろうが踏んでいく気持ちが私にはわかりかねます。それとも、それはレアラードさん特有のものですか? ご長寿の人間のみに表れる死への達観というか……ぎゃわ! なんでまたナイフ投げるんですか! 何の前触れも無しに! さっき返したばっかりでしょそれ! 胸のことと共に年齢のこともダメなんですか? 年齢の話は女性が気にすることっていうのは本当のことだったんですね!」


「おまえの酔狂に付き合っているのだから、早く探せ」


 投げた小刀を律儀に自分で拾ってから、レアラードは食堂を通り越して奥の間に進むヴァリスを追った。

 元々ここは無骨な戦城のため部屋数は少なく、しかもそれらは瀟洒な造りというより実用的な側面ばかりが目立った。それでも主塔の上階には、かつては宴を開いたこともあっただろう広間や、階級の高い者が使ったと思しき部屋が残されていた。


「この部屋が怪しいですね」


 主塔の最上階にある部屋に行き着いて、ヴァリスはぐるぐると室内を見渡した。もともと位の高い人間のための執務室か何かだったのだろう。割れた花瓶、壊れたテーブルと茶器。剥がされ、朽ちかけているが壁には目隠しの布地が張り渡されていて、狭いながらも居住者にせめてもの心づくしを設えた名残が見られた。もしかしたら、四十年前に王妃と王子を匿うにあたっての急ごしらえの飾りつけだったのかもしれない。そう思えば、ロイを葬った今、感じるものも多くあった。

 金目の物はすべて運び出されたらしく、壊れた物以外調度品は見当たらない。床の化粧板をいくらか剥がそうとした痕跡が見られたが、労力ほどの金額にならないことを悟ったのか、その蛮行はほんの一部にしか見られなかった。練兵場を見渡すことができる窓がさほど大きく取られていないため、いくぶん暗く感じたが、その分雨の音が小さいのはありがたかった。


「ロイはあそこからこちらを指していたから……やはり、この主塔の上階のどこかだと思うのですが」


 埃にまみれた室内を確認しながら、ヴァリスは一人呟いた。さらにぶつぶつ言いながら、彼は壁に仕掛けが無いか、床板に穴が隠されていないか入念に調べ始めた。


「おまえ、本当にロイが解毒薬を残したと思うのか?」


「ええ、ロイが死の間際に教えてくれたんです」


 探索の手を止めず、ヴァリスは自分の腕の中で亡くなった少年の最期のつぶやきを思い出していた。


「“取るといい”……あいつはそう言ったんです。こちらを指さしながらね」


「しかし――それが解毒薬を示しているとは限らないだろう」


「解毒薬じゃなければ、薬の改竄式のメモかもしれませんね。少なくとも、お金や爆弾を残しているわけじゃないでしょう」


「あいつが自分が死ぬことを予期してそんなものを用意していたとは思えないが」


「確かにそうなんですが……でも、でなければ“取るといい”なんて言葉を残す意味がわかりません。万が一を考えたのか面白半分なのか、それとも私やあなたとの交渉の切り札と考えたのか……とにかく、ロイは解毒のための何かを残したんですよ。私は彼との友情を信じます」


 死の間際になって感じただけの気持ちの交流に頼りすぎではないか、などと野暮なことは言わず、レアラードは納得できない表情のまま部屋の壁に背を預けた。窓から見える雨雲は暗さを増していたが、変わりやすい山の天気らしく、ぐんぐんと黒雲の流れる出る先には雲の切れ間が見えていた。


 ほどなくして雨の降りが少しだけ弱くなった頃、部屋の埃で体中を白くしたヴァリスがぶつぶつ言いながら立ち上がった。


「おかしい……どこにも何かが隠されている様子がない。というか、そもそも長い間人が立ち入った気配がない」


 ヴァリスの真剣な表情に圧倒されたように少女は背中を壁から離した。鬱陶しい勢いでどうでしょうかどう思いますかと話しかけてくるヴァリスを、しかし元の体に戻れる希望を見い出した高揚からなのだと考えると無碍にできない。レアラードは青年魔道士の横に並ぶと、詳細に室内を眺めた。


「そうだな。とりあえず、ここには何も無さそうだ」


「では、他の部屋を当たってみます。もしかしたら隣の部屋か、下の階か、それとも屋上を指していたのかもしれませんし」


「あるかどうかわからないものを、見つけるまで探すつもりか?」


「はい……どうしても、この体を治したいのです。傍から見たら楽しげに感じるでしょうが、本来寡黙な私がしゃべり続けるということは、辛くて辛くて……ロイはきっとそのこともわかっていたはずです。寡黙なときの私とロイは三年の歳月を共に一つ屋根の下暮らしたのですから」


「止めても無駄なのだな」


「すみません、でももうこの体は嫌なんです」


 飾らない笑みで、ヴァリスはまっすぐにレアラードの銀色の瞳を見た。


「もしレアラードさんが待てないというなら……仕方ありません、私は一人でここに残って見つけるまで探し続けます」


「雨が止むまでなら付き合うが」


「では急いで探します。きっとあるはずですから。元の体に戻ったら、その後の私たち二人のことはまた相談しましょう」


 言うが早いか、レアラードに反論の隙を与えずヴァリスは隣の部屋に移動していった。

 少女は一人窓辺まで歩み寄り、作ったばかりの三つの墓の土の盛り上がりが湿った様子を見下ろした。


 レアラードにはさきほど自分がとどめを刺した少年の言動が腑に落ちない。三年を共にしたヴァリスへ今わの際に解毒薬の式を教えることは考えられたが、それをわざわざ作り出したり紙に書きつけたりする手間をかけて城のどこかに忍ばせておくような真似を自らの不死を信じていた少年が果たしてするだろうか。

 目を閉じてロイの死に際を思い出す。少年はヴァリスの腕に抱かれ、手を空中に伸ばし、人差し指でこの主塔の上部を指していた――が、それはヴァリスの言い分だ。


(あの時は、確か……)


 人差し指の先は確かにこの主塔の方角を指していたが、そちらにあったのは主塔だけではない。


(主塔より先を指していたなら、城門、あるいは跳ね橋……)


 なにより、ロイと主塔の間にはヴァリス自身の体があったのだ。


 雷鳴が響き渡る。

 直後に、おびえたような馬のいななきが聞こえた。見ると練兵場に一頭の馬の姿があった。逃げ出していた馬が、どこに隠れていたのか主人を求めて姿を現したのだ。

 雨は小雨になっていた。雲の切れ間が近い。切れ間に覗く陽光は夕暮れ時の暖かい色になっている。


「こちらの部屋にもそれらしいものは見当たりません。うーん、そうなると下の階でしょうかね、すみませんが、もう少しだけおつきあいいただけますか」


 全身をさらに真っ白にして戻ってきたヴァリスの目の前で、レアラードはすらりと腰の半月刀を抜いた。


「……何をしているんですか?」


「短い付き合いだが、たぶんこうでもしないとおまえは探し続けるだろうからな」


 刀を斜めに構えたレアラードの隙のない様子に、冗談ではないと気付いたヴァリスは混乱し、それをそのまま言葉にしたので支離滅裂となった。


「レアラっ、何? ええ! どうして私を亡き者にしようなんて……あ、口封じですね? そうすれば確かに伝説のあなたが生きているという話は広まらな……あ、もう待っていられないということですか? そんな、だからって私を殺して解決なんて短気な、あなたもう二百歳を過ぎたご長寿でしょ、こんな少しの時間……いや、その構えがまた絵になる美しさ……やや、しかし私を脅したところで……っていうかなんで私を斬ろうとするんですか⁉」


「信じろ」


 剣柄の魔石がきらりと光った。

 衝撃が、ヴァリスの体に走る。

 胸に感じた痛みに言葉を紡ごうとしたが、意識ははるかに速く彼から離れて行った。


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