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32 伝説と真実と後悔と

 目を開けると、レアラードは光のヴェールに密着されたままの身動きのとれない状態の自分にまるで変わりがないことを知った。見えない何十人もの人間に押さえつけられているように、剣を握ったままの手もぴったりと体の横に張り付けさせられ、指一本動かすことができない。


「気が付いた? びっくりしたよ。急に気を失うんだもん」


「……五分だけだ……我々には短かろう」


「誰にとっても待つ時間ってのは不快だよ」


 少年のへの字にした口が、立場の弱い物を見つけてまた微笑みに変わった。


「いい眺めだね」


 目を細めてレアラードの肢体を眺め回すロイの瞳には、残忍な光が宿っている。


「動けないでしょ? よりしろの動きも封じる“賢者の光”だよ。ヴァリスさんの家にあった古代文書で調べたんだ」


 余裕の足取りでレアラードの周りを回るロイの体は、すでに再生を完全に終えて動きも軽やかだ。


「何でもできるあんたが、魔法も剣も、何も使えない。こんなことって今まであった?」


「おまえは何もわかっていない」


「なんだよその余裕の顔は。気に入らないな、この状況から逃げ出せると思っているの?」


「私にはおまえに無いものがある」


 少年の復活したばかりの灰色の瞳がギョッと見開かれる。が、息さえも苦しそうなレアラードの様子を見直して、少年はたばかられたと顔を顰めた。


「はったりは止せ、この状況を切り抜けるための“あんただけが特別に持っている能力”なんてあるわけない。それどころか」


 ロイはおもむろに足元の瓦礫を拾い上げると、光に拘束されたレアラードに向かって投げつけた。狙いたがわず、その石の破片は少女のこめかみに勢いよくぶつかり、皮膚を裂いて血を流させた。

 ゆっくりと輪郭に沿って流れた血の川は、形の良い顎からぽたりぽたりと滴を垂らす。だが、レアラードはそれを拭う体の自由も持ち合わせていなかった。


「やっぱりね。僕みたいな“再生”の能力をあんたは持っているわけじゃないんだ。僕はよりしろっていうのは、僕たち人工のよりしろの能力をすべて備えている、すべてにおいて凌駕しているものなんだと思っていたけど、違うみたいだね。今まで恐れていて損したよ」


 いつにも増して饒舌なのが、少年の高揚を示していた。


「“再生”も“空間歪曲”もできないなら、人工の方が秀でてるんだ。やっぱり純粋種だからってその拘束を抜ける特別な術なんてあるわけないね」


「誰が能力のことだと言った……それと」


 美しい顔に血の化粧をまとわせたレアラードがふと視線を落とすと、それは壮絶な絵画のようであった。日に焼けたオリーブの肌に、一筋の前髪と血の線が競うように目尻をかすめて細い顎へと流れる。銀色の瞳には影が落ち、背負ってきた長い年月がにわかに姿を現した。


「私は何でもできるわけじゃない。むしろ……何かができたことなどない」


「かの大戦を終わらせたじゃない。大陸全土が麻のように乱れたあの大戦争を終わらせた――いや、あんたはこの世界そのものを作り変えたと言ってもいいのにその快挙を誇れないなんてどうかしてるよ」


「あれは、私じゃない」


 一つ言葉を紡ぐたびに肺の空気が絞り出される。肋骨がみしりと言うのを、少女は自分の耳で聞いた。


「伝説は嘘だとでもいうの? 二百年前にあんたたちがやった儀式を境に『よりしろ』は新たに現れなくなったし、魔法は発動しにくくなった。それもこれも、サーガが謳うように、あんたとお仲間が異世界とこの世界を繋ぐ『門』を閉める儀式をしたからじゃないの?」


「儀式はしたが……」


 何もできなかった。

 記憶が、甦る。

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