30 二ディアとヴァリス4
「でも、あなたたちはその人体実験を継承している。今度はあなたたちが恨まれる側になっているのですよ」
「ねえヴァリス君……ロイの元から逃げた後、あなた解毒剤を作ろうとした? 元の体を取り戻すために努力した?」
「え――それは、ええ、もちろんしましたが……」
「同じよ」
「え?」
「私たちが人体実験を続けたのも同じ理由よ。自分たちの体を治す手がかりを探していたのよ」
そんなはずはなかった。
もしそうならば、あの地下室で見つけた悪い冗談みたいな実験体の姿は、グランの姿は――。
ヴァリスの口は勝手に思いを言葉にしている。
激昂するかと思ったニディアは、しかしヴァリスの予想を裏切って寂しげに微笑んだだけだった。
「信じられないわよね。でも初めはね、本当にそうなの。だけど――いつの間にかもうこの体を受け入れて、元に戻ることを諦めてしまった。ロイは私の倍近く生きている。実験されてからの年月も、その後のあがいた年月も長いわ。きっと、戻れないことに疲れちゃったのよ。彼の場合は私と違って老いや死という終着点も見えない。だから受け入れて、狂った実験をして、それに執着して、生きがいのふりをするしかなかったのよ」
「同情はしてしまいます。でも、やはり間違っている。あなたと同じ思いを他の人にさせていいはずがない。あなたの怒りは、無関係な人にむけるべきではない」
「正論だわ。だから」
場所をはき違えた、無邪気な笑顔が彼女を彩る。
「だから、この国の国民を実験体にしたのよ、無関係じゃないわ」
ロイと同じでこの人も壊れているんだ、とヴァリスは悟り、口にした。分別のつくはずの年齢に達しているニディアのきょとんとした表情が、さらに青年魔道士の心を締め付ける。この人をこのままにしてはいけない、とヴァリスが思った瞬間がいつかと問われたら、それはこの時だったのだろう。
「でももうすぐ復讐も終わり。軍に内乱の入れ知恵をしていたのがやっと仕上がったの。その手筈を整えるのにさっきまで王都にいたのだけど、上手くいったわ。後は、数日のうちに隣国に攻めさせれば――そうなればこの国は終わり。ロイと私は蹂躙されるこの国を出て、私たちの能力を高く買ってくれる国や軍を渡り歩くつもりよ。だから、ねえヴァリス君、あなたも一緒にどうかしら?」
「え?」
唐突な申し出に、ヴァリスは固まった。つい先ほどまで命を狙ってきた女性が言うのだ。驚かざるを得ない。
「わ、私を仲間に加える、とおっしゃってるんですか?」
「そうよ。正直なところ、あなたの成長ぶりには驚いているの。製薬の基礎を知っているから白羽の矢を立てただけの平凡な魔道士が、まさか私を相手にこれだけ逃げ切るとは思ってなかったわ。だから、殺すのが惜しくなったの」
「女と子供だけでは道中怪しまれますしね」
「まあ、確かにそれもあるわ」
白い喉をのけぞらせて、ニディアは笑った。
「それに、私たちは実験体だったという共通項がある。気持ちを分かち合えるわ」
「ですから、私は師匠を恨んでなんて」
「恨んでるわよ、恨まなきゃ」
狂気を含んだ切れ長の瞳が、じっとりとヴァリスに押し付けられる。その部分に関してはこれ以上議論しても進展がないのだとヴァリスは理解し、引き下がるしかなかった。
「魔道士協会本部は……あなたたちのことを把握しているのですか? あなたたちが禁忌に触れていることに」
「知るわけないでしょ? “人工のよりしろ”を作る試みは、イカレた国王が考え付いた地下実験なのよ。そうじゃなきゃ、私は魔道士協会の支部長になれないわ」
不敵な笑みを見せて、彼女は胸を反らした。魅惑的な凹凸だったが、その下に隠されたものを目にしてしまったヴァリスには、同じシルエットでも少し前とは違うものを見ている気がした。
「あなたの中には、世界に出てみたいという思いがあるはずよ。私たちに出会ってあなたは外の世界を知ってしまった。自分の力を試したいでしょ?」
「それより、あなたたちに殺される心配が無いのは嬉しいですね」
「そうね、決して悪い取引じゃないと思うわ。今ここで死ぬか、私たちと共に旅に出るか……。本当のこと言うと、『歪み』は、作り出すのも抜けるのも骨なの。だから私としても、追いかけっこはもう終わりにしたいわ」
「確かに私はこんなにおしゃべりですから、陽気な旅の相棒にはいいかもしれませんが、隠し事にも企みにも関与できませんよ。なにせぺらぺらと話してしまうのですから」
「そんなに嫌? その体」
「あなたからしたら、贅沢な悩みと思われるかもしれませんが」
「まあ、そうよね。誰だって自分の自然なままの体がいいわ」
「ニディアさん、仲間になれば解毒薬はいただけるのでしょうか」
「……ねえヴァリス君、あなた協力する気ないわね?」
にこやかな声のまま、ニディアは城壁から背を離してヴァリスに一歩近づいた。それに合わせるようにヴァリスの体は一歩後退さる。
「下手ねえ。こっちを探る気まんまんなんだもの」
「女性に嘘をついたことがないもので」
微笑みながらも、二人の距離は緊張感と共にじりじりと縮まった。




