3 これには深い理由があるんです
「……パチパチと火のはぜる音が聞こえる……肉の焼けるいい匂いが鼻をくすぐる……」
「目覚めたとたんにしゃべりだすんだな」
「呆れたような女性の声に、私ははっと意識を取り戻した。目を開けるとそこには焚き火に照らされたあの殺戮少女の姿があった。怖い! 私は頭部の痛みを思い出して飛び起きざまに激しく後退さった。私が意識を失くす前に覚えている最後の映像には、確かに刀を振上げた彼女の鬼の形相があったのだ!」
「いったいなんなんだおまえは。病気か?」
「病気? 私のような研究職の鏡というべき健全な魔道士をつかまえて病気とは、なんという人を見る目のないお嬢さんだ。この世に生を受けておよそ二十三年、体の丈夫さだけが私の取り柄ですよ」
「じゃあなぜしゃべり続けているんだ?」
「これには深い理由があるんです! まったく、最近の娘さんというのは初対面でこんなに遠慮会釈なしにずけずけと聞いてくるものでしょうか。私がいくら世間知らずとはいえ――と、お嬢さん、なんだかとてもいい匂いがしますね、その頬張っているのは……ま、まさか人肉? さっきの盗賊の? だからあんなに熱心に死体を検分していたのですか! いやだ! 私も明日の食料としてフレッシュな状態で保存するために生かしておいただけなんだ! ああ怖い! 一瞬でも空腹に任せて欲しいなんて思った自分が恐ろしい!」
「盗賊団の持ち物から探した食用肉だ! おまえの分も用意したのになんて言い草だ」
「え? そうなんですか? 顔だけじゃなくて意外に可愛いところありますね、お嬢さん。きっといいお嫁さんになります。返り血が服にべったり残っているのだけはいただけませんが、美少女から食事をご馳走になるというのはまったく初めての経験で胸が躍っていますよ。私はヴァリスと言います、どうぞお見知りおきを……って、あれ、手が後ろ手に縛られている? いや、実は起きた時点から気づいていたんですけどね、言い出す機会がなかったから放っておいたのですが、これってやっぱり拘束されてますよね。足も縄で括られていますし」
「怪しいから縛っただけだ」
「そんな! こんなに純粋そうな青年見たことないって占い師は言っていましたよ」
「ずっとひっきりなしにしゃべっている魔道士なんて得体が知れない」
「むむむ、確かに私があなたの立場でもそう思います。完全に同意です」
「おまえが本当に大丈夫だとわかったら縄を解く」
「少女は真剣な表情で私を見つめた。これは……私を好きに違いない」
「もう一回気絶させて欲しいのか?」
「すみません口がすべりました、というか妄想したことまで、頭の中のすべてが口から出てしまいますもので」
「なんでそんなことになったんだ?」
「ふむ……この類稀なる奇跡の症状に関しての真正面からの質問ですか。しかし、これは大いなる私の秘密ですから、まだ出会ったばかりのお嬢さんに打ち明けるほど私もお人よしではありませんよ、フフフフフフフ――などともったいぶりたいところですが、口を閉ざすことができないうえに、心の中で思ったことも口に出してしまいますからね。それを拒否するには自分で自分に睡眠魔法をかけるくらいしか抵抗措置がありませんので、いいでしょう、私がこうした愉快なおしゃべり魔道士となってしまった由縁をお嬢さんにお話いたしましょう。盗賊を容赦なくめった殺しにしましたが、あなたはそんなに悪い人ではないようだしそう信じたいし何より私好みの美人だし」
「お嬢さんは恥ずかしいからやめろ。名前はレ……レイだ」
「レイ。素敵な名前ですね、私と結婚するとレイ・ターヴァレイド……悪くない響き。ああ! 剣柄に手をかけるのはやめて! 話しますから。とは言うものの、う~ん、何から話してよいやら……まあ、そうですね……
私のもとに『彼ら』がやってきたのは、忘れもしない三年前。
当時の私の住まいは、この国の東寄りにある山間の朽ちかけた塔でした。もともとは隣国との国境線が近かった頃の砦で、近辺は毒沼が点在する瘴気の森と呼ばれる場所でしたし、隣国を併呑した後には使い道もなく長い年月放置され、そこかしこが毀れた古い名残を留めたもの。本来は警備兵の詰め所や馬場なども塔の回りに整備されていましたが、私と師匠が住み始めた時にはすでに木々の成長を食い止めきれずにほぼ緑に埋もれた状態となっていましたね。
荒廃した様子に近づく者がいないというのは、魔法の研究のために引きこもる場所としては最適である! 師匠はそう言ってその塔を国から買い上げて研究所とし、私は師匠が亡くなった後それを引き継いだというわけです。
師匠亡き後も代わり映えのない研究三昧の日々が続いていたある日、先触れもなく急に私のもとへ訪れたのは国軍の制服を身にまとった三人とローブ姿の二人でした」