26 初めての死
ドンッという爆発音が遠くで聞こえたのはこの時だった。
城門の方角からだと気付き、光に拘束されながらもレアラードは精一杯そちらの様子を捉えようと首を曲げて目を細めた。しかし、かろうじて見えたのは手前にこれだけはまだ堅牢に建っている主塔の石壁だけであった。ただ風に乗って、ヴァリスの悲鳴が聞こえた気がした。
「ニディアが到着したみたいだね」
持っていた女性の腕を放り投げて、ロイが言った。
「ヴァリスさんのことは彼女に任せておけば大丈夫かな。殺しちゃうかもしれないけど」
「空間歪曲の女か……」
レアラードの表情が苦々しく歪む。
「あんただってここに来るのにそれを使ったんだろ。じゃなきゃこんなにすぐに駆けつけられるわけがない」
「使っていない」
「は? なんだよその嘘。ヴァリスさんの使い魔に案内されたんだとしても、空間移動しなけりゃこんな短時間でここにたどり着けるわけないだろ」
「馬をとばしてきただけだ」
「バルーゼからここまで、まっしぐらに目指さなきゃ今ここにいないだろ。案内も無しにどうやってここがわかったって言うんだ」
「知っていた」
「は?」
「おまえが根城にするならここだと思ったんだ。ロイ・ラゼルド王子――おまえの“最初の最期”を私は覚えている」
少年の目が大きく見開かれた。彼はしばらく怯えたように言葉を紡ぎ出せずにいたが、やがて掠れた声を絞り出す。
「へえ……じゃあ、ヴァリスさんが教えるまでもなくここがわかってたんだ」
「部屋を一つ一つ探す手間は省けたがな」
「さすがだね」
「長年、生きているからな」
光に拘束された少女は苦しさの中で自重気味に笑った。
それには応えず、ロイは魂が抜けたような瞳で練兵場を見つめた。それは自分の母が首を切られた場所であり、自分が最初の死を遂げた場所であった。
「四十年前……あんたはここに来てたんだ」
「何もできなかった。だから、余計に覚えている」
「いいよ別に。アレド国はヨクシャ国によって滅びる運命だったんだ」
「……二百年前のアレド国王とは友人だった。そこから歴代のアレドの王とは懇意にしていた」
「父王から頼まれていたわけだ、僕のことを」
頷くことすら光の拘束が許さない。レアラードは静かに言葉を紡いだ。
「この城に王妃と王子を逃がしたと知らせがあった。万が一の時は頼むと」
「僕も、レアラードのことは父から聞いていた。助けに来るとも……でも、僕を落ち着かせるための嘘だと思っていたよ、伝説の人物が生きているなんて信じていなかったし」
「――私が駆けつけたときにはこの城はすでにヨクシャ国軍に陥落させられていた」
ロイがレアラードを振り返る。今まで常に貼り付いていた笑みは相変わらず口元を覆っていたが、今はそれが無理に装っている仮面であることは明らかであった。風が吹いただけでも飛んでしまいそうな儚さがあった。
「ヨクシャ国の兵士が突然現れてさ、母上を殺した後に僕を殺した。あの塔の上から突き落としてね。初めての死は特に痛かったな……でも、薄れる意識の中で誰かが駆け寄って来てくれて。すまない、すまないって、泣きながらずっと謝るんだよね」
「……」
「だんだん意識がなくなって、ああ、でも最期に自分の死を悼んでくれる人の腕の中にいられるならよかったかなって思ってたんだ。そしたら――その人のぬくもりが急に消えて、意識が真っ黒になった」
「魔道士がおまえの体をさらっていくのを、私は止められなかった」
悔しさが甦り、レアラードは下唇を噛んだ。
「あれはレアラードだったんだ。今まで深く考えたことなんてなかったよ」
「やつらがまさか……死んだおまえの体を実験に使うとは思っていなかった。あの時私がおまえを守りきれていたら……そんな体になることもなかったのに」
「多勢に無勢ってやつだし、仕方ないよ。でも、だから二十年前に会った時も執拗に僕を狙ったの? 初対面なのにずいぶん僕ばかり攻撃してくるなとは思っていたんだ」
「おまえは一度死んだ。今の偽りの生は、私の責任だ」
「責任を感じることないのに」
くくく、とようやく調子が戻ってきたのか、ロイが軽く笑った。
「僕はこの体を気に入ってる。父王や母上や国のことはとても残念だけど……こうやって長く生きるおかげで、僕は今ヨクシャ国に復讐ができているしね」
「復讐……?」
「だって、この国を中から食い潰してるんだもの。一般国民を攫って実験道具にし、軍に内乱を起こさせる手はずを整えている。近いうちにこの国は滅びるよ。僕とニディアはそのために尽力してきたのだから」
「おまえ……」
かつてその腕に抱きかかえた死体だった少年を睨みつけて、レアラードは動かない体に力をこめた。
「おまえが実験体にした人間の中には、かつてのアレド国民もいるんだぞ。それでもなんとも思わないのか」
「今となっては関係ないよ。僕の体のどこまでがこの世界のもので、どこからが異世界の力を得ているのか分けられないのと同じようにね。それに……僕はもっと大きな視野で物事を見ているんだ」
少し前まで彼を見た目通りの本当の少年に引き戻していた思いは今や消え去ってしまったようだった。にやりとしたロイの邪悪な笑みに、レアラードは顔を顰める。
「『よりしろ』の力に見入られたな」
「この体があればいろんなことができる。今まで知り得なかったことがわかる可能性があるんだ。それを放っておくことなんてできないだろう?」
「求めてどうする。おまえの体はうまくいっているように見えて、今は感知できない毒に犯されているとは思わないのか。『穴』の力を見くびるな」
「ヴァリスさんと同じようなことを言うね。恐れていては進歩はないよ。あなた自身はどうなの? 僕と渡りあえるのも、明らかに異世界の力に頼っているからじゃないか」
「別の世界の力など使わないに越したことない」
「だからあまり魔法を使わないんだね。人を殺すときはいつも剣だ」
「この世界はこの世界の力で治めるべきだ」
「はっ、あんたみたいな純粋な『よりしろ』が――神の力を使い放題に使ってきた人間がよく言うよ」
「その分の罰は与えられている」
「へえ、そうかい。若くて美人で剣も魔法も使える伝説のあんたに言われてもピンと来ないね。さっきも長く生きる辛さだなんだと言っていたけど、本当にそんなこと感じているの? 僕は辛いなんて思わない。長く生きていたらいろんな謎の答えを知ることができるじゃないか。この体だったらちょっと失敗してもやり直しがきくしさ」
「おまえの言う生きる目的、というのはそれか」
「ああ、世界の謎をすべて解き明かしたい! これが僕の生きる目的だ。だからこんなところで死ぬわけにはいかないんだ」
ほとんど情熱的と言っていい語り口調に、レアラードは何か言葉を返そうとするが、話すたびにギリギリと胸を圧迫される苦しさに思考は乱される。拘束されているだけなのに、全身から無駄に力が使われて、ぐんぐんと体力が落ちていくのが感じられた。
「でも思惑通りにこれを狙いに来てくれてよかった。この術の捕縛力は強いけど融通が利かなくてね、正確なポイントに来てくれないと獲物を捕まえられないんだ」
ロイはレアラードの変化に気づくことなく、首の後ろに刻印された魔法陣を示しながら、上機嫌であった。
「伝説のレアラードを生け捕りにできた。この二百年誰もなしえなかったことを僕ができたんだ」
それは、一見無邪気な少年の笑顔だったが、
「あんたはとっても貴重な実験体だから、とっても丁寧に扱うよ」
ロイの残忍な目が、レアラードをじっくりと見上げる。しかし、少女はその視線を迎えうつより早く、意識を失って頭を落とした。




