22 恥じらい長台詞
瓦礫の中からレアラードがヴァリスを助け出すと、モグラの形をした使い魔は役目を終えたとばかりにするりと風に消えた。
「来てくれたんですね」
「子供らに頼まれたからな」
澄ました顔が崩れることはなかったが、ヴァリスは痛みを忘れて微笑んだ。
地下室でロイの目を盗みながら、ヴァリスは使い魔を作り出して「レアラードを自分の元へ案内するよう」に命令を出していた。後ろ手に魔方陣を描くのは骨が折れたが、痛みで頭が支配されているうちであれば密かな謀を悲鳴に隠し、ぶつぶつと口中でつぶやく言葉に古代語を混ぜても、ロイが聞き逃すであろうということは十分に計算できた。
「人は同時に二つ三つのことを考えられますから、やはりロイの言うとおり、この自白薬は失敗ですね。ずっとは無理でも、多少なら欺くことができます」
少女の細い肩を頼らないと歩けないほどに衰弱したヴァリスだったが、レアラードが別の場所へと連れ出す間も口を閉ざすことはできずに小さく語り続けた。命の恩人である少女はそんな彼の感想に頷くでも無く城門へと向かう。
鎖を斬られて下りっぱなしになった跳ね橋へと続く城門脇には繋がれた馬がおり、二人を迎えるように尻尾を高く上げた。レアラードはすぐにヴァリスを馬の背に乗せようとするが、持ち上げるそばから青年の体はずるずると滑り落ちる。馬に乗るだけの体力すらもこの青年には残っていないのだと知った少女は彼の体を横たえ、淡々と回復魔法をかけ始めた。
手をかざしただけで描かずに宙に出現した魔方陣が白く光り、ヴァリスの体の痛みは急速に和らいでいく。
「そういえば、伝説のレアラードは元々神殿仕えの巫女でしたね。ある日、生き別れの兄・カイザークがあなたを探し出す……私の好きなサーガですよ」
「これでも昔の半分も力が出なくなった。短い時間では気休め程度にしか治らん」
伝説云々の話には反応を示さず、レアラードは青年の体の傷が一通り閉じるのを見ると、そっと彼の傍から離れた。彼女の言うとおり、砕かれた足の小指は血が止まったものの骨が元通りになっているわけではないようで、立ち上がってみるとまだまだ痛みが残っていた。あくまで応急処置のレベルでしかないらしい。
それでも唾液に血が混じることもなくなり皮膚の色味が落ち着き、体が深刻な状況を脱するまで回復できた実感があった。
「いや、やはりここまでの回復をさせられる人は今の神殿ではいないでしょう。すばらしいです、美しいうえにすばらしい」
「……モグラ、というのは良い案だったな」
自分の体の動きを確認する青年を横目に見て、レアラードは話を逸らすように自分の着ているマントを外すと、もごもご言いながら青年に押し付けた。
珍しく褒める少女に気を良くしかけたヴァリスは、自分がほとんど全裸であるのに気づいて、慌ててマントを受け取った。体に巻きつけながら恥ずかしいのを隠しきれないままにしどろもどろに口を走らせる。
「そうですね。そもそも使い魔が“形作られた獣の特性を表して動く”というのは、通説によると術者の思考に反映した結果だと言われていますね。つまり、命令を遂行するにあたって、動き方の指示が潜在的になされるということです。丸や四角では動きのイメージまでしなければなりませんが、動物ならそれが自然とイメージされるので楽だというわけですね。ということは、私が『兎はナメクジのように地面を這いずり回って動く生き物だ!』と思い込んで育ってしまった場合、私の作り出した兎の使い魔は地面に体を擦り付けて移動するという一風変わったものになるわけです。今回はロイに気付かれないように、というのが大前提でしたから、地中で移動するイメージのモグラを使い魔の容姿としたのですよ。鳥や狐にした場合、魔方陣の『扉』から出たとたんにロイの視界に入るように飛び出してしまいますから。『扉』をくぐって、そのまま地中からあなたのもとに行ってくれる動物が好ましかったのですね。しかし、まあ、実をいうと驚いたのは私の方です。あのモグラの使い魔は、塔が崩れた時に私を守った。つまりあなたは私の使い魔に、案内後さらに私を守るようにと命令を加えたわけでしょう、いやはや恐れ入りました! 他人の使い魔を動かしたってことですからね、まったくもって私には見当もつかない術です。いったいどうやったのか、魔道の学徒としては気になりますし、後程ぜひ教えていただきたいものですね。もちろん、講座は長期に渡っても構いませんよ。有料だっていいですとも、今は貧乏ですが腐っても上級魔道士、寝食を惜しんで魔道具を作ればお金は何とかできます。ああ、それにしてもドキドキしてしまいます、ええ、ええ、もうこれは仕方ないことだといえ、いろんなきわどい部分まであなたに見られちゃいましたねえ。でも見た目は可憐な少女だけど、実年齢は二百歳超えているんでしょ? じゃあ別に男性の裸体くらい見たことありますかね、そんなに気にしなくていいか。あ、でも、過去の男と比べられたりしていたら嫌だなあ……正直どうだったかな? 私は御眼鏡にかなったでしょうか? 自分では普通だと思っているんですけど、まさか重大な欠点があったりしましたでしょうか? 怖い、怖いですけど、感想を聞きたい。私はあなたの僅かな胸のふくらみを文句も言わず受け入れていますよ、なんて言ったら怒られ……ぎゃあ! やっぱりナイフが飛んできた! ちょっと戯れただけなのにナイフ飛んできた!」
すんでのところで魔石がはめ込まれた例の小刀をかわしたヴァリスを、レアラードはじろりと一瞥した。だが、言葉にしたのは「馬を頼む。少し確認してくる」という短いものだった。
青年魔道士を一人残して踵を返したレアラードは再び城門を抜けて跳ね橋を渡り、狭い中庭から正面の主塔脇のアーチを潜り、練兵場の先にある崩れた塔まで戻った。
塔は城の中でも最も奥に建っている。
塔にくっついている塁壁や幕壁も共に損害を受けて崩れているが、もともと戦争で打ち捨てられたものらしくそこここにかなり毀れの目立つ城だったので、むしろ全体としては調和がとれたような印象すらあった。塔を作り上げていた白茶色の石材は年月が経ってひとつひとつが黒ずんでいる。それでもレアラードの攻撃魔法の一撃をくらうまでは毀れた様子がなかったのは、研究という名の人体実験に使用するために多少補修がされていたのかもしれない。
地下室の真上は物見の塔だったが、今では上部の尖塔がそのまま落ちてきているのだけが名残を感じさせた。塔は城の端、切り立った崖の上に位置していたため、崩れた塔の半分は城壁を巻き込みながら崖を転がり落ちている。元々が戦城で居城ではないため、崖下に城下町が発展しているわけでなく、二次災害がなかったことは救いだった。
さきほどの移動の間にヴァリスから地下室で起こったこと、見聞きしたことのすべてをかいつまんで聞いている。これだけ破壊すれば、今後この場所で無体な実験が行われ、新たな被害者が出ることはないだろう。
(あの時は――ここだったか)
少女が、記憶に従って確かめるように瓦礫で山積みになった塔の足元に戻る。
(いや……違うな。確か――向こうか)
振り仰いで主塔へ視線を走らせると、寸胴型のその上部には確かにレアラードの記憶と一致する狭間胸壁が見えた。
主塔の足元、練兵場の端で泣き崩れて死体を抱えた自分の姿が、幻になって見える。
(場所は少しズレたが、これでやっと間違いが正されたのかもしれない。元に戻ったのだ)
胸がチクリと痛む。あの日、自分の感じた無力感は大戦を終わらせた時にも感じたものだった。
(四十年前も二百年前も……役に立たない人間だ、私は)
レアラードは自分の手をじっと見つめた。剣を持てば一流剣士としての力が、魔法を使わせればおよそこの世でも屈指の力を持った手だったが、何かを成し遂げたことなどなかった。
(いつも兄に頼っていたからな)
青銅色の髪、青銅色の瞳……。




