21 仲間意識
喉がひりついて空気しか漏れない。目の前の子どもの形をした悪意を諭す言葉を持たない自分に苛立ちが募る。
「これでも思えというんですか。実験体が偉大なる技術の進歩に貢献した、と」
「思わないの?」
「思えるわけがないでしょう! いったいこの技術がなんのためになると言うんですか……」
「それ研究者が一番言っちゃいけないことでしょ。何事にも新しい挑戦は必要だし、挑戦に犠牲はつきものだし、無駄だと思った発想が形を変えて新しい価値を生み出すこともある」
「……やっと気付きました、自白薬の製作過程にロイ、君……異世界への『穴』を体内に作る方程式を混ぜ込んだんですね」
嘲るようにロイが口笛を吹いた。
「逃亡してから一月の間、元の体に戻るために君が薬に施した細工をずっと一人で探ってきました。実験道具はわずかしか手に入れられませんでしたが、持ちうる限りの品で実験し、この世の思いつく限りのあらゆる計算式をはめ込みましたが、答えを見つけることはできませんでした。近似値すら見つけられなかったんです。そりゃそうですよね、だって禁忌の方程式で作られていたのだから」
「さすが、ヴァリスさん」
少年の赤い舌が唇を一舐めする。
「ヴァリスさんがどんなに忌み嫌っても、その体にはすでに異世界の力が直接作用している。僕やニディア、そこの実験体――そして、純粋な『よりしろ』であるレアラードのようにね。だから、僕たちを畏怖したり実験体を憐れんだりする必要はないよ、だって……同じ仲間でしょ?」
「仲間なわけないでしょ!」
「何怒っているの? 確かにヴァリスさんは僕みたいに直接『穴』を体に作っているわけじゃなく、あくまで薬を経由しているから、意志に反してしゃべり続けるという極弱い作用しか働いていないけど。仲間は仲間だよ、彼らとも、ね」
変わり果てたグランからは、まだ呻き声が続いている。その声はいったい何を訴えているのか。
「失敗作が、うるさいな」
「やめろ!」
制止の言葉を聞く耳はなく、ごく近くまで這い寄って来ていたグランをロイは蹴飛ばした。べちゃりと裏返しになって、水袋の呻きは小さくなった。
「失敗作は哀れだね。ま、グランに関しては成功させるつもりもなく実験したんだけどさ」
「どうしてそんな酷いことができるんですか」
「酷い? 酷いだって? ……酷いのはこいつだろ!」
突然、少年の顔から笑みが消え、火のついたように怒りを顕わにした。
「僕はこいつに何をしたって許されるんだ。こいつさえいなければ、僕は!」
怒りの気配を察知してか、窓際の奇怪な生物たちが慄いて身じろぎする。水袋と化したグランはロイの怒りの矛先となり、彼の足に蹴られ続けた。
「ロイ!」
「僕はおまえのような失敗作とは違うんだ!」
「僕はって……もしかして、君も実験体の一人だったのか?」
ぴたりと、グランを蹴る少年の足が止まった。小柄な体が、ぐるりとヴァリスの方を向く。
「そうなんですね? 君とニディアさんは、元は実験体だった」
「やっぱりこの自白薬は失敗だな。思ったことをベラベラ話されるのは気に入らない」
静かにぽつりとそうつぶやくと、ロイは歩み寄りざまに足をヴァリスの腹にめり込ませた。逃げることも叶わず、ヴァリスは肺の空気を一気に押し出すと同時に、ぐえっと情けない悲鳴をあげる。たまらず体をくの字に曲げて青年は胃液を吐き出した。
やっとしゃべらないで済む体になったヴァリスだったが、それはただ痛みと苦しさで口がきけないだけで、とても望むような安息の状況ではなかった。
「グランと同じことを言うなら、当然グランと同じようにされてもいいってことだよな!」
ロイはさらに続けざまにヴァリスの腹を蹴り上げていく。わずか十二、三歳の少年の力とはいえ、容赦のない蹴りは十分にヴァリスの肉体を痛めつけた。後ろ手に縛られ、転がされたままではあるが、なんとか逃げようと体を曲げ、必死に逃げる青年魔道士をロイは腹といわず頭といわず執拗に蹴り、踏みつけ続けた。ついには、ヴァリスの口から、血反吐が滴りはじめる。
「おまえたちごときに……同情されるいわれは無い!」
最後に大きく振りかぶってヴァリスの顎を蹴り上げると、ロイは大きく肩で息をした。
地面に丸くうずくまった青年は、脳震盪を起こしたのかぴくりともしない。その様子をロイはまだ足りないというように睨みつけ――――
「!?」
ふと、横たわったヴァリスの向こう側、体の陰になる部分の床石に血で跡が残った魔方陣を見つけた。
「貴様……!」
その魔方陣が使い魔を呼び出すときに描かれるものだと気付き、少年の頬が紅潮する。
次の瞬間、
ゴゴゴゴゴ……
地鳴りが徐々に大きくなりながら地下室を揺さぶり始める。
ロイがはっとして頭上を見上げたとたん、それに合わせたかのように石づくりの天井が崩壊した。
「くそっ!」
石材と土砂が雨あられと頭上に降り注ぎ、ロイの小柄な体はその下に掻き消えた。部屋の隅にいた種々の生物たちも例外なく四肢を潰され、埋葬されるように埋もれていく。
やがて土砂が降り止み塔が崩壊し尽くすと、かつてこの地下室に差し込んだことのない陽光が土煙ごと室内を照らした。といっても、部屋はほとんどその容量いっぱいを瓦礫で敷き詰められ、唯一その恩恵にあずかれたのはヴァリスの体の回りの床石くらいであった。
ヴァリスの体は、半球状に白く光る膜のようなもので覆われていて、それによって土砂をことごとく跳ね返していた。土煙も収まってくると、その白い膜は収縮し、白く光るモグラの形をとってヴァリスの横に張り付いた。
「……う……うう」
使い魔のぬくもりを感じたわけでもなかろうが、ヴァリスはとたんに息を吹き返す。ひどい頭痛とともに全身に痛みがはしり、もっと気を失っていればよかったとつぶやきながらも、目の前に広がる光景に思わず痛みも忘れて上半身を起こした。
「これは……いったい……」
「そこにいたか」
一日ぶりの懐かしい声が頭上からかかった。
見上げると、まばゆい陽光を背にしている人物がいる。声は間違いなく、レアラードのものだった。




