20 子供の所業
自分が話し続けていたためなのだが、ヴァリスはその時になってやっと自分が連れ込まれた地下室にいるのが自分とロイの二人だけではないことに気付いた。
ハッとして床を見る。湿度の高い地下室の床は、長年使われていなければカビや苔にもっと浸食されていてもよさそうなものだが、そこには奇妙に磨き上げられた石床が広がっている。いや、磨き上げられたというより、何かが這いずりまわった跡のような――。
魔法の光が当たらない暗闇に意識を集中させると、カサリカサリという微かな衣擦れの音や本当に僅かな呼吸音が聞き取れた。ネズミや蛇ではない。もっと大きな生物の存在が複数感じられた。
「最悪の未来を想像……ね、確かに一理あるのかもしれない。僕らだって引き入れた『異世界の力』が暴走して自滅するのは望んではいないんだ。だから……」
ロイは手にした矢床を床に投げ出すと、もったいぶったような丁寧さで空中に魔方陣を描き出し魔法の光を作り出す。そして、それを今まで光の当たらなかった暗闇へと投げた。
光の玉はすーっと空中を移動しながら、どういう式を書き込めばそうなるのかヴァリスにはわからなかったが反対の壁際に辿りついたとたんに弾け、無数の光の粒になって周辺を広く照らした。今まで暗闇が内包していた秘密が光にさらされる。
そこには、様々な形のモノがいた。
あるものは魚と鳥と人間が奇妙に混ざり合った姿をしており、
あるものは植物の葉に覆われた胎児の形をしており、
あるものは体の骨という骨を無くした水袋のような容姿をしており、
あるものはいたずらに体の部位を入れ替えられたような変形をした女性であった。
それぞれが浅い呼吸を繰り返しており、ぐったりとして地面に這いつくばっている。彼らはかろうじて生きており――なおかつ死ねないのだ、と気付いて、ヴァリスは卒倒しそうになった。
「少しづつ、実験を重ねているんだよ。異世界への『穴』を直接動物の体に作り出す形でね」
「そのための……人攫い?」
「実験体集め、と言ってよ。でなきゃ彼らの身を挺した努力が報われない」
「彼らはなりたくて実験体になったわけじゃないでしょう!」
「でも、人類の偉大なる技術の進歩に貢献した。それを被害者呼ばわりしたら泣くに泣けないじゃない。せめて歴史に残る仕事をしたんだ、私の生は無駄じゃなかったんだ、と思えたら彼らだって嬉しいはずだよ。自白薬はそのために必要なんだ」
「彼らの口を割らせるために、ですか」
「あんな姿でも意識はあるんだ。でも痛みを感じているのかもわからないから、拷問も役に立たなくてね。人の言葉がまだ話せるのであれば、話してもらわないと」
きらきらと粉雪のように降り注ぎ続ける光のシャワーの中で、その奇妙な生き物たちは悲しげに正常な形をした二人を見つめていた。彼らは一様に我が身を恥じるように壁際の、なるべく明かりが届かない場所に身を寄せ、鎖がついているわけでもないのに大人しく横たわっている。
二十体にも満たない彼らが、実験体と呼ばれた人間のほんの一部でしかないことは予想ができた。いったい、他の者たちがどこへ行ったのかその末路はどうなったのか、考えるだけでも恐ろしいことであった。
たまらず目を逸らしかけたヴァリスだが、ふと、視線を感じて再度壁際の生物たちへと目を向ける。
と、その中の一体だけがじっと彼と視線を合わせてきた。そして、ありうべからざることに、ヴァリスにはその実験体のなれの果てに妙な既視感があった。
「何だ……いったい……」
「気づきましたか? さすがヴァリスさん。鋭い」
「え?」
「見覚えのある人がいるんでしょ」
「いや、そんな――」
言いながら、視線が合ったままの生物を観察する。それは一見すると緩く水を入れた袋を地面に置いただけのように見えた。ただ単に人型の皮膚の中に液体を詰め込んだような――それが、全体が脈打ち、目が意志を持って動き、手足の末端がわずかばかりだがずるりずるりと動かされて移動するのが、まさに骨を無くしただけの人間であることに思い至らせた。これでまだ死ぬことができないでいることが脅威であり、恐怖であった。骨格が無いために、人相を見ることもできないが、白いものが大半を占めた髪と髭から、老年の男性であることがわかる。
「ア゛ー、ア゛ア゛ー」
突然、生物が声を発した。骨の支えがないためか、まともな言葉には何一つなっていないが、それは明らかに彼の意志で彼の存在を訴えていていた。しばらく呆然とその声を聴いてから、ヴァリスにひらめくものがあった。
「まさか……グラン……さん?」
生物の声が、さらに大きくなった。その目から涙と思しき水が溢れ出て、体が少しずつ這いずってヴァリスの側へ近づこうとする。三年前、自分に肩入れしてくれた老軍人の実直で明るい姿が思い出され、ヴァリスの口は絶望の細い呻き声を発した。
「ど……どうして、グランさん……なぜ……」
「ちょっとした恨みがあったから、実験体にしたんだ」
得意そうな少年の声が、地下室に反響する。
「目障りなじいさんだったんだよね。一介の軍人のくせに、僕の過去を知っているからってエラそうに絡んでくるし」
「……なんてことを……」
「僕たちのやっていることを嗅ぎまわっているから、そんなに知りたいならって仲間に入れてあげただけだよ」
「ロイ、おまえ……! おまえ、そんな子供みたいな言い訳が通じるとでも」
「かまわないでしょ。だって僕子供なんだから。ずっと――――子供のままなんだから」




