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2 美少女剣士

 白くなった頭の中をそのままに、使い魔の白狐が光の粒になって霧散していく様子をただただ見守る。

 すぐ目の前には、刀を構えなおした美少女と、怯えた顔で少女とこちらを見比べる盗賊たちがいる。


 少女の顔が怪訝そうな様子でまっすぐに私に向けられた。滑らかな肌、つややかな髪、まつげの長い大きな瞳、形の良い唇、背の高いすらりとした肢体。まるで伝説のサーガから抜け出てきたような、膝から崩れ落ちたくなるほど美しい少女だが、その鋭い眼光に睨まれた私は違う意味で膝から崩れ落ちたくなった。それほど冷徹な殺気が彼女の全身からほとばしっている。


 よく見ると、彼女の周囲には数体の動かぬ人型が倒れていた。そして、どうやら洞窟の内部にもまた数体。

 今息をして少女を取り囲んでいる男達もどこかしら怪我を負って血潮にまみれ、対して少女のほうは全身朱に染まっているが、それは返り血らしくつい先ほどの目にも止まらぬ剣さばきからしても、彼女自身は怪我を負っていないようであった。


 これは……劣勢は盗賊の方?


 改めてなぜか使い魔が庇う形となった盗賊に目を移すと、まだ幼さを残した顔をした彼の持つ剣は明らかにぶるぶると震えていた。薄闇になりつつある中では顔色までは見て取れないが、表情に余裕はない。目の前に獲物となるべき美しい少女がいるというのに、彼にはむしろ狩られる者の気配しか漂っていなかった。と、彼が私の視線に気付いてこちらを向く。


「ど、どこの魔道士殿か存じませぬが、どうか、どうかお助けくだ……きゃあああああ!」


 すがるような声が発せられてすぐに少女の刃がその盗賊の首を凪いでいた。


 お……おえええええ!

 は、はじめて人が斬られて死ぬとこ見ちゃったよ! 血が、血が! っていうか――あの可憐な悲鳴の正体こいつかよ‼ でも使い魔が助けていたんだからそりゃそうか。

 それにしても悲鳴の男女差もわからないなんて、研究職一筋でやってきた私の世間知らずさが出たものだ。いやはや、彼はまだ声変わり前だったのですかね。こんな恥ずかしい勘違いをしてしまうなんて、今までは研究のために屋内に引きこもっていたけれど、これからはもっと世の中のことを知る努力をしなきゃいけませんね。そのためにもまずは男女交際から始めるべきだろうなあ。ちょうど目の前に美しい娘さんもいることだし、私の魅力――が無いのは重々承知だから、ここは魔道士協会の禁忌に触れるが惚れ薬の使用を検討……

 え? なんですかお嬢さん、私が盗賊の仲間かって? もちろん違いますよ、通りがかりなのに女性の悲鳴を聞きつけて助けようと果敢にやってきた素敵魔道士だよ。と言っている間に残りの盗賊もすべて始末しましたね、ははは、聞いておいて聞いてないとは恐れ入った。


 少女はやっと刀を納めると、怪訝な表情のまま私を眺めた。その瞳から尊敬の念はまったく感じられず、むしろ気味の悪いものを見ていると宣言する公明正大さがあった。

 そして私には甘んじてその評価を受ける度量があった。いたしかたなし!


 私は少女を助けに来たつもりが何もすることもなくなり、こうなってはもう魔法を出し惜しみしなくてもいいかと、気軽に魔方陣を描いて魔法の光を作り出すと、少女がいる洞窟の入り口にふわりと放った。

 光の球はまるでそこに受け取り皿でもあるかのように人の身長より少し高い位置でぴたりと静止して止まった。周囲が柔らかい青い光で照らされる。

 命じれば付いてこさせたりもできる便利な魔法の光だ。少女が街道まで出るときに役立つだろう。「まあ、私のために親切なお方」と、彼女はきっと言い、私の評価を多少は良いものに変えてくれるに違いない。そう、交際を前提に連絡先を交換できる程度には。


 私は待つとはなしに洞窟の手前でたたずみ、少女に話しかける機会をうかがい、両手指の数を超えた盗賊の死体を一人一人あらためている彼女を見やった。

 真剣な眼差しで彼らの持ち物を漁る姿は「逆盗賊」と言ってもいい行為だが、なぜかくっきりしたアーモンド型の目や長い睫、すらりとした鼻梁、可愛らしい唇や細い顎の前ではすべてが正当化できた。

 本当に美しい……まるで、まるで夢見た乙女そのままではないか。激しくお友達になりたい! が、青味の強い魔法の光に照らされて、返り血を浴びた少女の姿は凄惨さを増して感じられ、言葉をかけることが躊躇される。


 正直なところ私には、女性にしては上背があると言っても手足のほっそりとした彼女のどこに盗賊十人以上を殺戮できる力があるのか不思議でならない。仲間はいないようだし、状況から考えて、やはり単身でここに乗り込んできたと考えるべきだろう。


 彼女のマントの下は洒落っ気のない胴衣を革帯で締め、生成りの足通しに膝下までの編み上げの革靴を履いているだけだ。長く伸ばした髪の毛以外はほぼ男装と言っていい、無駄がなく動きやすい服装から旅慣れた様子はあるが、この地域では珍しい半月刀を剣帯に吊るしている以外には盾どころか革鎧も身につけておらず、まず傭兵や賞金稼ぎには見えない。

 軽装であるから盗賊の可能性はあるが、それにしては妙に擦れた印象を感じない――のは、私の勝手な贔屓目からか。


 私は剣に関してまったく無知だが、先ほどの戦い方は素人目にもかなり腕のいい剣士であると察せられたが…… せいぜいが十七、八歳くらいにしか見えない彼女がこれほどの腕前だというのはいったいどういう生育環境だったのだろう。

 実はどこかの有名な剣士の娘さんで、親の敵討ちの旅、だったりするのだろうか。

 もし本当にそうだったら泣ける。私もこんな身でなければひと肌脱いでも構わなかったのですが、今は私も追われる身。同行できないのです、すみませんお嬢さん。

 しかし、こんな身の上の私だってペンパルとして地道に愛情を育むことはできるはずです! 私は筆まめですから、寂しい思いはさせませんよ‼


 それにしても…… 平和な世というにはまだまだ荒れたこの大陸で旅をするのに、こんな美少女が一人というのが解せない。確かに胸の小ささが功を奏して髪の毛さえ隠せば少年に見えなくもないが――

 

 え? なんで急にこっち見たの? それにまた刀を抜いたりして、物騒だからしまってほしいなあ。


 え! 聞こえてた? 胸の件聞こえてましたか。あーそうですよね、私が考えていることはそりゃ聞こえますよね、だって思っていることすべてしゃべっちゃってるんだから――


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