19 闇の中
ヴァリスは脳裏にカーツの繁殖した森の盗賊団を思い描いていた。近隣の街で聞かれた「盗賊団は商隊より女子供の人攫いをしている」という噂。はっきり見なかったが、岩山の洞窟に暮らす彼らの意外なほど豊かな暮らしぶり。あれが今ロイが言った「実験体集めのための盗賊団」だったのだ。
しかし、脳内には別の疑問も起こっていた。ヴァリスは極力押さえた声でその疑問を口にした。
「レアラードは……ロイ、君たちは元は仲間だったわけじゃないのか? 森で、顔見知りのような会話をしていたじゃないですか」
「仲間?」
「君たちは、その――同じような体をしている」
「年をとらないってこと? 単純だね、ヴァリスさんの考えは」
「それに、君は彼女があの『レアラード』だと知っていた」
「僕も人から聞いただけだよ。伝説のレアラードが今も生きているってね」
何かを思い出すような表情をすると、上質な藍色のローブと相まってロイの顔はとたんに品のある美少年のそれになる。しかし、残忍でひねた表情がすぐに戻ってくると、それはいかにも今現在の彼自身だとしっくりきた。
「何度か僕たちを邪魔しに現れてかちあったから面識もあるけど、正直あの女のことはよくわからない。何を目的として生きているのか、どうやって彼女が生き続けているのか」
「そうなのですか……」
「でもあの不可解さこそ魅力だよね。捕まえられることならぜひ捕まえてここにお招きしたいよ。不老の秘密を解き明かすためにね。僕と同じように力を引っ張ってきているのか、それとも別の秘密があるのか、じっくり調べてみたいね」
「同じように――?」
「そう、彼女と僕たちにはどういう違いがあるのか。どちらが勝っているのか」
その言葉を聞いてふと思いついた自分の考えに、ヴァリスは一瞬痛みを忘れた。恐怖がじわじわと足元から押し寄せてくる。
「ロイ……まさか君の体は……最大の禁忌に触れているのですか?」
「禁忌?」
「つまり……」
乾いた舌が張り付いて、なかなか言葉が出ない。喘ぐように声を絞り出すヴァリスを、ロイは笑いながら――しかし、かつてない真剣な瞳で――見つめていた。
「君は……“人工のよりしろ”なんじゃないですか?」
言ったとたん――ロイは壮絶な笑みを浮かべた。それは、やっと理解者が現れたというような、しかしそれでは説明のつかないほどの艶やかさをもった笑いだった。ヴァリスは彼に潰された小指の痛みが急に増して感じられ、苦悶の表情で脂汗を滲ませた。
「さすがヴァリスさん。よくそこまでの解答にたどり着いたね」
「……たどりついたね、じゃない……できたら……たどり着きたくなかったですよ」
汗が目に入って視界がぼやける。しかし、おかげでロイの顔をまともに見ずに済むのはありがたいことだった。少しだけ平静を装って自論をぶつことができる。
「ロイ、君は……体に直接『穴』を作って再生の魔力を引き出しているんですね」
頷きはしなかったが、少年の微笑は明らかな肯定を表していた。
「そんな荒っぽいやり方、異世界の力がどのように暴走するかわかったもんじゃない……危険すぎる」
「“魔道士は最先端の技術開発を担う研究の徒”……三年の研究生活であなたがよく言っていた言葉だ。そんなヴァリスさんから出る台詞とは信じられないね」
「そう思っていなければ人を害するかもしれない薬の研究にたずさわることはできなかったんですよ……ただの言い訳です」
「言い訳だったの? 僕はけっこう感動していたのに。研究者たるもの、悪い可能性ばかり想像していたら次の一歩が踏み出せないもの」
「優れた研究者は、未来を最悪の方向で想像する力が必要なんです!」
「ヴァリスさん……僕、ヴァリスさんを見損なったな。僕って根っからの研究者……いや、探求者なんだよ。ヴァリスさんもそうだと思ったから、一緒に過ごした三年も有意義だと思っていたのに。数式を端から端まで試して、わからないことを確認しあって、書物を紐解いて……僕のようにほとんど不死といっていい存在でも、やっぱり時間の概念は普通の人間と同じだ。睡眠も必要だ。研究に没頭する暮らしというのは、生きている時間のほとんどをわからないことへの探求に当てられる素晴らしいもので、僕はそれを永遠にすることを許された存在なんだ」
「謎を謎のままで置いておくことだって可能性のひとつなんだ。分不相応な力を求めるな」
「分不相応だと誰が決めた。あなたは未知の世界を追い求めない臆病者なだけだ。力を求めるのが悪か? いや、人間が元から持つ原始の欲求だよ」
恍惚が、内側から滲み出るようにロイの顔を覆う。
「自分の正義や感覚を押し付けるな」
「あなたが言うこと? 新たな力を求めることを悪と断定するあなたが。人間を動かす原動力は『欲』だ。力への渇望、それこそが向上心であり好奇心なんだ。それを止めることこそ悪なんじゃないのか?」
「人間は一人では生きられない。だからそこに他人への配慮や愛情を失ってはならないんです。まして実験で多数の犠牲者を出すなんて……」
「確かに、そこは研究の徒としては胸が痛むところさ」
言ってロイは再度室内の暗闇に目を向けた。釣られるようにヴァリスも息を止めてそちらに目を凝らし――――闇の中に、微かな息遣いを聞いた。はっとして身じろぎしたヴァリスは、息遣いの主を探して闇を透かし見た。
「誰か……いる……?」




