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18 この拷問は必要ですか?

「ひいい! 痛い! なんでこんな……ぎゃあ! やめてやめてこんなの拷問ですよ! 痛いったら! ぎゃああああ! 本当に痛い! 人生で一番痛い!」


「ああ! うるさい!」


 暗い地下室に、声はわんわんと反響した。


「拷問しているんだから痛いのは当たり前でしょ」


「馬鹿言わないでください、拷問なんて無駄ですって、拷問しなくたって私は口を開くんですから」


 装飾も漆喰もない石壁に囲まれた窓の無い空間にいるのは、ヴァリスとロイであった。

今、二人の立場は大きな差を見せていた。一人はボロ布を纏い、焦げて縮れた髪に妙にピンクがかった斑な皮膚をして後ろ手に縛られており、一人は衣服に乱れもなく涼しげな顔で驚くほど大きな矢床やっとこを使ってもう一人の足の指を挟んでいる。


「ヴァリスさん、僕は口を割らせるために拷問をしているわけじゃないんだ。だって、もうここに来てすぐに自白薬のあなたが改竄した部分についての情報は聞き出したし、それ以上あなたから聞き出したい秘密なんてないんだから」


 小柄な少年が持つには巨大すぎて冗談に見える矢床を勢いをつけて肩に担ぎ上げて、ロイはうずくまったヴァリスを見下ろした。

 先ほど挟んでいた左足の小指は、爪の下が内出血を起こして、ずきずきと痛んだ。


「うう……痛い……そうでしょ! もう聞き出すことはない、つまり拷問する意味は無いじゃないですか! しかもわざわざ魔法じゃなくてそんな手ずから拷問器具を使って痛めつけるなんて……うう……私は痛みに弱いんだから許してくれ、三年も一つ屋根の下で暮らした仲じゃないか」


「その三年の総決算に、一つ屋根を爆破して僕の脳みそを出したくせに」


「君を信じてたんだ、あれごときでは死なないって」


「ひどい言い訳だな」


「ロイ、君だって特大の火の玉ぶつけて私を黒焦げに焼いたじゃないですか」


「だから回復魔法かけてあげたでしょ? そうじゃなかったら、ヴァリスさん今生きてないよ。なんたって目鼻だって区別つかないくらい丸焼けだったからね。まあ、すぐに体を引き上げたから内臓のダメージが無かったのも良かった。外側のが回復させやすいし」


「回復魔法かけたのに拷問するってなんだ! 自白薬の式もしゃべったんだから開放しろ! 完成披露パーティーを開け! 庭付き豪邸と独身美女を十人用意しろ! ついでに君が薬に細工した部分の秘密も話せ!」


「その体でよくもまあそんな口がきけるね……でも……」


 お得意の人をくったような笑いを張りつけて、ロイはヴァリスに顔を近づけるようにしゃがみこんだ。小首を傾げた子供じみた動きに、切り揃えた前髪がさらさらと音を立てて従う。


「でもさすがヴァリスさん、気付いてたんだ。細工されてるってことに」


 暗い室内がいっそう暗くなったような錯覚がした。光源は、燭台上の朽ちた蝋燭に灯すように設えられた魔法の光のみである。青白い光に照らされる範囲は、部屋のせいぜい半分もないくらいで、目算でも随分広い室内の多くの部分が闇に包まれている。


 拷問部屋のご多聞に漏れず、じめっと湿り気のある石づくりの地下室は、ヴァリスには覚えのない古城の一角の古びた塔にあった。

 どこかで応急処置を施されたヴァリスがここへと移される際に体の痛みに耐えながら必死に目を凝らして周囲を窺った限りでは、周辺の植物も城の造りも見慣れた様式で、ヨクシャ国を出た様子はない。片側が削り落とされたような崖になっている山を利用して建てられた城で、主塔とこの塔以外は全体的に毀れた様子だったことから、四十年前の隣国併合の際の戦に参戦し、後に放置された城だと推測できた。


 ヴァリスは必死に頭の中でヨクシャ国の地図を広げる。四十年前には隣国だった土地――そこから山並みが見え、街道から大きく外れている場所を特定し、自分のいる場所を知ろうと頭をフル回転させた。


「忘れたの? 全部聞こえてるんだよ、あなたが考えていること」


 矢床で脛をしたたかに打ちつけられて、ヴァリスは思いっきりのけぞった。その動きでポロポロと体にかろうじて纏わりついていた服が壊れる。彼のローブは正面から火に曝され、部分的に残るのみで大半が黒く焦げていた。炭化した箇所は自然に剥がれ落ちるようにして石床を汚し、まだ色を残した部分も繊維からかなり弱くなっていて少し身をよじっただけで崩れた。


「あぐぐ……どこにいるか考えるくらいいいでしょ」


「まあね、助けを呼べるわけでもないしね。ここは結界も張ってあるから、魔法波動も出ない。僕が魔法を使っても、レアラードはここを探せないってわけ」


「……たとえ自力で逃げ出すことができたとしても、殺しても死なない君を見たら、撒ける自信はもうないですよ」


「こうしておけば、さらに確実だね」


 微笑みながら、ロイはヴァリスの右足の小指を矢床にくわえ込ませ、すばやく力を込めた。


「ぐああああああああああああああああああああ!」


 悲鳴が地下室にこだました。爪と骨の砕ける音が脳天まで響く。痛みに叫び続け、床をのたうちまわると小指からの出血が四方に撒き散らされた。


「全身火傷のときより痛くないでしょ、そんなにわめかないでよ」


「い……痛みに……優劣なんて……ない……痛いものは痛い……ううぐ……」


 必死に歯を噛み締めて痛みをこらえても、痛みで歯の根が合わない。カタカタと震える口の隙間からは「痛い痛い痛い痛い痛い痛い……」と呪文のような声が漏れていた。ロイはそれを聞くと、ほとんど満面といっていい笑みを浮かべた。


「自白薬の作用がどれほどかを調べるための拷問だからね、ヴァリスさんの代わりはいないんだ。これも科学の進歩のため、許してよ。まあ設計図の全容がわかったことだし、これからは同じ作用の自白薬を大量に作りだせるから、ヴァリスさんの体が使い物にならなくなったら、またどこかから人をさらって来て実験するけどさ」


 呻き声は止む気配がなかった。ヴァリスの足の小指からは血が流れ、床石の上に光で青黒く反射する血溜まりを作っている。


「だけど、大事に実験しなくちゃね。今は実験のための体がすごく不足しているんだ。前は豊富にいたから、多少無茶な実験も気軽にできたのに」


 明かりが届かない部屋の暗闇を透かすように見て、ロイは灰色の瞳の暗さを増した。彼のうなじに刻印された複雑な魔法陣の刺青が、魔法の光でさらに青白く浮かんで見えた。


「実験体を集める作業はさ、国内のいくつかの盗賊団に任せていたのに、いつの間にか壊滅させられていてね……。盗賊団って言っても、田舎の不良ばかりの寄せ集めだからさ、一つや二つ駆逐されたり連絡が取れなくなっても気にしなかったのが甘かったね。まさかあいつが絡んでるなんて……」


 口中で痛みをずっと唱え続けていたヴァリスの肩が反応する。


「レアラード――あいつ、いつの間に情報を仕入れたのか、正確に実験体の収容所を潰しやがって……」


 強い怨嗟があどけない顔の少年の口から吐き出されるさまには、三年を同じ屋根の下で暮らした青年をもぞっとさせる恐ろしさがあった。


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