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「くっ!」


 間一髪、荷台と自分たちの間に魔法の盾を発動させたレアラードは、そのまま刀を一閃させて馬を馬車から解き放つ。暴れる馬に引かせていては、子供を抱えて馬車から飛び降りるのもままならないうえ、街に火種が近づいて第二第三の惨事を引き起こしてしまう。

 馬車が動力を失って前進を止めると、御者台から降りることもできずに呆然としている親子を叱咤して、彼女はごうごうと燃える荷台からなるべく離れるように指示した。


(ヴァリスは)


 農夫の親子が安全圏に離れるまで押し殺していた気がかりをやっと解禁して振り向いたレアラードだが、街道の真ん中を占拠するように燃え盛る荷台に人の気配は感じられなかった。

 火力は相当強いものだったらしく、すでに荷台の半分以上が炭となって炎の中に崩れていた。その中に、まさか炭化したヴァリスの体があるのではと目を凝らしてみたが、そこにはただ踊る炎があるのみであった。


 街道は街を目前にして幅を広げていたため、たまたま居合わせた他の商隊やら通行人もとりあえずその場に足を止めたり、舗装されていない草地まで大きく回りこんだりしてやり過ごすことができている。

 紛うことなくこの攻撃を仕掛けてきたのはロイだと思われたが、辺りを見渡してもそれらしい気配はなかった。


(あの女が連れ去ったか)


 レアラードが自分のふがいなさに唇を噛みしめていると、


「あんたら……いったいこれは……あの兄さんは……」


 農夫が抗議していいやら心配したらいいやら助けてくれたお礼を言っていいやら困りかね、混乱したあげく頭を掻いた。表情には出さないものの、レアラードにとっては彼ら親子が無事だったことが唯一の救いであった。


「巻き込んですまなかった、これは私たちのせいだ。こんな解決の仕方で申し訳ないが」


 言いながら、レアラードは懐から小さな皮袋を取り出して農夫の手に置いた。明らかに多量の硬貨が入っているとわかる重みのある袋だった。


「多すぎだ! 馬車と積荷の分だけあればいい」


 中身を確認もせず、田舎者らしい清廉さで農夫は小袋をつき返す。レアラードは戸惑って、一度返された袋と腰に子供をへばりつかせた農夫を交互に見ていたが、やがて微笑が自然と口の端に浮かんだ。

 長い旅の間、人間の欲得を散々見てきたレアラードの胸に、農夫の些細な潔癖が騒動のさ中とはいえ奇妙なほど爽やかな風を吹かせた。


 人の心はいつ変わるかわからない。無邪気な子供が次に会うときには欲の皮の突っ張った守銭奴になっていることなどよくあることだ。だが、大事なのは今だ。出会った時間が短くても、今のこの農夫は信頼でき、そして――ヴァリスも。


 ブルルッと荒い鼻息が聞こえて視線を向けると、恐る恐るといった様子で主人のもとへ戻ってきた馬の姿があった。動物にも信用されているらしい様に、レアラードの表情が知らず和らいだ。


 レアラードは今度は強く小袋を農夫の胸に押しつけると、


「街の衛兵がそのうち来るだろうが、事情があってその前にここを去らせてもらう。悪いがこの馬を譲ってほしい。これには馬の代金と事後処理の迷惑料、それに……」


 彼女はそこで農夫の腰にしがみついてこちらを見上げている二人の子供に目を向ける。


「子供たちに怖い思いをさせた代金も入っている。どうか受け取ってくれ」


 自分の半分の年齢に見える少女の頑なな態度に、農夫は小袋の押し合いに譲歩せざるをえなくなった。その代わりに困ったことがあったらいつでも来いと、自分の名前と住んでいる村の所在を告げる。


「おねえちゃん……」


 いよいよ別れを告げて立ち去ろうとしたとき、震えていた兄妹がやっと口を開いてレアラードを引き止めた。


「魔道士の兄ちゃんは? まさかあの火の中じゃないよね」


「違う、たぶん――馬車を焼いた奴に連れ去られた」


「魔道士のお兄ちゃんを助けに行くの?」


「……」


「絶対助けてあげて、魔道士の兄ちゃん、後ろからでっかい火の玉がぶつかってきた時に、俺たちを逃がしてくれたんだ」


 ああ、やはりそうだったかとレアラードはその時の様子が眼に浮かぶ思いであった。

 たぶんロイからの攻撃に気づいた時ヴァリスには魔法を発動する時間的な余裕がなかったか――それとも自分の力では三人を防御できる盾は作れないと判断して、子供だけ投げよこしたのだ。レアラードにさえ預ければ、彼女ならなんとかしてくれると信じて。


 自分を信じて欲しいと言いながら、レアラードのことは全面的に信じる――それが伝説の人間だという以前の人としての信頼なのだと感じ、少女の心は一つの選択をした。


(守るものがあると、選択肢は狭まるものだな……)


 また、二百年前の声が脳内に蘇る。ヴァリスは子供たちを守るために唯一の選択肢を選んだ。ならば――あの人の裏切りも、私を守るためであったのだろうか?


「必ず助ける」


 レアラードは兄妹の頭にそれぞれ手を乗せると、微笑んでみせた。


「安心しろ。私はヴァリスより腕のよい魔道士だから」


 子供たちの顔に喜色が浮かんだのを見ると、レアラードは親子を残してちょうど現れた街の衛兵から逃れるようにして馬上の人となった。


 馬車はすでに形を留めず消し炭の山を形成していたが、炎はまだ禍々しい勢いを残したままだった。


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