16 告白
伝説にもなっているレアラードがどういう理由があって年を取らずに今存在するのか、どういう目的で旅をしているのか、そして本当に彼女が伝説のレアラード本人なのか、ヴァリスには何もわかっていない。
そしてそれは知らせないことで彼を守っているとも言えた。知ってしまえば情がわく。情がわけば、人は問題を共有したがるものだ。
だが、ふと二百年という長い年月人と関わらないできた旅程を思うと、ヴァリスには胸を締め付けられるような思いが去来した。師匠が死に、しかし塔を去り街に出る決心がつかずに一人引きこもることを決めてから、ヴァリス自身、孤独の日々であった。
ロイとの三年間は強制的に決まったことではあったが、あのまま一人での塔生活が続いていたら、もしかしたら自分は狂人になっていたのかもしれない、とも思う。
人との交流に面倒臭さや雑念を抱かされ、いっそ一人の気楽さを選んだはずが、しんと静まり返った森や自分を必要としない世界に気づかされると焦燥を感じたり妙に悲しくなった。
夢の中に思い描くのはやはり人との温かい交わりだと気付いた時には、無性に叫び出したいような暴れたいような衝動に駆られたものだ。
「少しは……少しだけでも私を信用してください。頼ってください。私は思ったことをなんでも口にする人間になってしまって、だからあなたへの本来隠すべきであろう恥ずかしい気持ちもたくさん話してしまった。でも、それで私の底の浅さとか何かを企むほどの悪知恵も働かない人間だということもわかってもらえたと思います。二百年前の伝説であるあなたがどうして今も生きているのか、何を目的に旅をしているのかわかりませんが、何か役に立つことがあれば協力します。交換条件で私の件も助けてくれとはいいません。助けてくれたら、そりゃありがたいけど……でもそんなことはどうでもいい、あなたに信用されたいんですよ私は。あなたが信用さえしてくれれば、私は必ず期待に応えます。私はずっとあなたに、伝説の乙女レアラードに助けられて生きてきたんだ。今こそその恩を返したいんです。もちろん実際のあなたのあずかり知らないところの話ですが、孤児で孤独な私にとって、あなたはただの伝説上の女性じゃなかったんです。母であり姉であり友達であったんです。育ての親である師匠の下で勉強と研究に明け暮れないといけなかった私は、人との関わり方がわからずに結局師匠が死んだ後も一人で暗い青春時代を過ごしてきました。そんな私の唯一の光があなただったんです。あなたの存在が、たとえ書物や妄想の中だけであっても、私の心を明るく温めてくれた。だからあなたには……あなたには私の人生をかける価値がある!」
ヴァリスの真摯な双眸がぴたりとレアラードの視線と絡んだ……が、それはすぐに子供たちの「え? 告白? 告白?」「ひゅーひゅー」という野次にヴァリスが反応したことでなし崩しになった。
「こら! 子供たち、これは人生で最も邪魔してはいけな――面白がってこっちに来るんじゃない! ああ! レアラード! 行かないで!」
小鼠のように木箱を飛び越えて青年魔道士に飛びつく子供たちと入れ替わって、レアラードは何事もなかったように御者台の農夫の隣に戻った。遠く街壁が見えてきている。色あせた白い石積みは、ただの商業都市にしては高い。この国で四十年前にあった戦争では、重要な拠点だったのかもしれない。レアラードは頭の片隅でロイと初めて対面した時を思い出した。
(四十年か)
腰帯に引っかけたままのターバンを引き出し、手馴れた様子で頭に巻きつけていく。美しい銀髪が布にするすると隠れていく姿を横目で見て、農夫は「あんた背が高いから、それを巻くとまるっきり男の子だな」と感心して笑った。
「旅をするのにはこの格好の方が楽だからな」
「道理で板についているわけだ。いやあ、殺したなんだってちらっと聞こえたから、おっかねえ人たち乗せちゃったかなと思ったけど、なんだ、どうやらいい人たちでよかったよ」
年のころはヴァリスと一回りも違わないであろう若い農夫は、手綱をいい加減に持ったまま、木箱と野菜の隙間から子供たちにおもちゃにされている青年魔道士をゆるりと振り返った。
「魔道士なんて、俺らみたいな田舎出のもんにはとっつきにくい、フードの下で何考えているかわからねえような人間だって思ってたけど、あの人はなかなかひょうきんな兄さんだね」
「いらんことをしゃべるからな」
流すレアラードに、農夫は「いやいや……」と穏やかに食い下がった。
「さっきの告白なんてえらい情熱だったじゃない。おたくらがどういう関係かなんてわからないけどさ、あの兄さんの本気だけは受け取ってあげなさいな。今は心に響かなくてもさ、年とったらわかるよ。感動の台詞だったなって」
農夫は横目でレアラードをちらりと見てから、名言を吐いたであろう自分に上機嫌で口笛を吹いた。よもや隣の少女が六世代以上自分より年上だとは微塵も想像していない。
(信用……ね)
レアラードは農夫に見えないよう小さく嘆息した。
長い人生でずいぶん人に裏切られたり寝首をかかれるようなことがあった。よりしろ時代は特に様々な権力に翻弄されたこともあり、ほぼ人を信じることができない状況だった。そんな中でも唯一信じて頼ってきた人間、そしてその人物からの裏切り……。
(守るものがあると、選択肢は狭まるものだな…)
それは自分を裏切った直後に、その人物がつぶやいた言葉だ。乱世を生きるものにとっては当然の、いまさらと思えるような教義であった。
(信じていた分、執着は深くなる……)
青銅色の髪と瞳をした青年の顔が、瞬時に彼女の心を満たす。それは二百年前の記憶だ。頭の中にいまだ鮮明に残る記憶の断片を拾い集め、わざと自分の心の傷を抉る。そうすることで人との深い関わりを絶ついっそうの決意を固めていた、まさにその時――
レアラードと農夫の頭の上から、悲鳴が降ってきた。
何事かと仰ぎ見る間もなく、二人の膝に農夫の子供たちが落ちてくる。そして、轟音が、彼らの耳をつんざいた。
ゴヴンッ‼‼
同時に、彼らの背後にあった荷台が炎に包まれる。




