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15 ぞんざいな彼女

 遠くに森林火災の黒煙がたなびいていた。岩山を回り込んだ先になるこの辺りには種子が飛んでこないのか、無能な木・カーツは生えていない。別の種類の木々とまばらな民家が、街が近づくにつれ数を反比例させて街道沿いを彩っている。


「火は自然に消えるでしょうかね……」


レアラードに冷たくあしらわれ、しばらく膝を抱えてぶつぶつと呟いていたヴァリスが、ほとんど独り言のようにぽつりと言った。


「さっきも言ったが、カーツは燃えた方がいいんだ。この世界の植物ではないからな」


「確かに一部ではそのような噂はありますが……神殿のレリーフや古い書物にカーツがないですからね。しかし、大昔は見つかっていなかった新種という可能性も」


「あれも一種の『よりしろ』だ。植物の中に『穴』ができた稀有な例だが」


なるべく驚きを外に出さないように心掛けたが、腰が抜けた事実をヴァリスの口は漏洩した。


「そ、そんなことがあるんですね!」


「『穴』は気まぐれだ。どういう法則で宿り主が決められていたのか私もわからん」


「言われてみれば、あなたとカイザークは兄妹で『よりしろ』でしたものね。そこにどういう異世界の意図があったのかなかったのか、後世の研究家の間では今でも議論の的です」


カイザークという名が出て、少女の顔が少し翳る。

ヴァリスは彼女の兄が先の大戦で亡くなったことを思い出したが、古代語の動詞の不規則変換を呪文のように唱え続けたり「あー、いや、えー」と長く苦しいごまかしを入れて気づかないふりを押し通した。


「しかし、『よりしろ』ってまだ存在していたんですね。二百年前にあなたとその……お仲間が異世界との『門』を狭めたことで、異世界の力がこちらの世界に届きにくくなって『よりしろ』はいなくなったと……」


「そうだ。あれから『新たなよりしろ』は生まれていないはずだ。私もカーツもいわゆる大戦前の遺物だ」


「遺物って……」


「体内の『穴』は死ぬまで閉じられんからな。だが、異世界とこの世界を繋ぐ『門』が狭められたのは確かだ。魔力はあれ以来かなり落ちた」


 森でロイに向かって放った炎の威力を思い出し、「あれで……魔力が落ちたんですか」とヴァリスは素直な感想をげっそりと言った。

 研究職とは言え“一般的な魔道士の中では優秀”だと自認する彼だったが、予備動作無しにあれだけの攻撃魔法を発動してみせるレアラードには今後いかなる成長を遂げても対抗できる気がしなかった。


「そういえばロイもカーツと同じで“純粋にこの世界のものではない”って言っていましたけど……」


「だから、あれも死んだ方がいいのだ」


 理由を言うでもなく、しれっと冷酷な言葉が美しい唇から洩れた。ヴァリスは己の背筋がぞくりとしたのは、有言実行が可能な彼女への素直な恐怖からなのか、それとも死を司る女神のような背徳的美を見たからなのかわからなかった。


(改心する気がないなら殺すしかないな)


(十数年前も同じことを言っていたね)


 ヴァリスの頭の中でレアラードとロイのやり取りが再生される。どうやらレアラードとロイはヴァリスが関わるよりも前から争っている間柄らしい。自分は、その争いに新しい駒として登場しているのだと青年魔道士は口中でつぶやきながら考えをまとめた。


「――ロイはレアラードを伝説として認識していた。ということは、ロイがどんなに長生きでも二百年前には生きていない。見た目じゃ年齢はわからないが、大戦後の、レアラードが伝説になってからの生まれなんだ。ここ何十年かでロイとニディアさんはレアラードと出会い、対立している……? いったいどうして? ロイたちが悪いことをしているから? 悪を憎む正義の美少女戦士ということですか? なんと素敵な!」


 横目で少女を盗み見ると、レアラードは銀色の髪を朝日に輝かせ、遠くカーツの森から上がる黒煙に目を細めながら、またもうとうととし始めている。悲しいくらいにヴァリスを気に留めている様子はない。


「そうすると、私とレアラードはロイという共通の敵を持っているのですから、協力できるということですね。いや、それどころか私のこの状況を助けてくれるかもしれません。そしてこの世の悪を憎む私もまた、彼女に協力を……いや、しかし協力って私に何ができるのでしょうか。レアラードにとっては私など役に立たない“おしゃべりなガキ・その二”でしかないわけで――。名前も名乗りたがらなかったということは、関わりを持つつもりがなかったということですよね」


 そもそもレアラードは何一つヴァリスに助けを求めていない。ヴァリスの方はレアラード自身に恋愛感情を抱いているうえに、『よりしろ』だったレアラードを敬愛し、一魔道士として、魔法のこと、歴史のこと、様々なことを聞きたいと――


「って……ああっ!」


 荷台の上に立ち上がってバランスを崩すのも構わず、ヴァリスは少女に向き直る。レアラードは閉じていた目を不承不承開け、うるさそうに青年を振り仰いだ。


「解毒薬! 私のこの症状を治す解毒薬について何かわかることってないですか? あなたなら、その豊富な魔法知識と経験でもしかして……」


「わかるわけがない。私は製薬などしたこともない」


「そんなに強大な魔力を持っているのにですか?」


「ただ回復魔法をかければいいものではあるまい。おまえもわかっているように、まずは薬の作用を解除しなくては」


「で、では、私はどうしたら……」


「ロイに聞け。薬の製造法を改竄したのはあいつなんだろう?」


「な……ならば殺してしまったらマズイんじゃないですか! 私の体を元に戻すためにはロイにはどうしても生きて情報を聞き出さないと」


「大丈夫だ、言ったようにあれしきではあれは死なん」


「あれしきって……」


 再度レアラードが繰り出した魔力の力強さを思い出して、ヴァリスは肩を落とす。


「女と一緒でなければ始末が悪いから殺すつもりでは攻撃していない。安心しろ」


「女って……ニディアさんですか?」


「あっちには厄介な能力があるからな」


「厄介な能力?」


 ヴァリスの脳裏に三年前、気配を感じさせずに急に姿を現したニディアの艶然とした微笑みが思い出された。


「あれは――」


「ロイを生け捕りにして何某かを聞き出したい、というのはおまえの勝手な理屈だろう。私がその理屈で動くいわれはない」


 ぴしゃりと撥ねのけた言葉の強さに、ヴァリスは言葉を半ばにしてうなだれた。

 世界を救った伝説の少女だとはいえ、自分の個人的な問題まで助けてくれるわけではない。そんなことはわかっていたのに、少なからず強力な助っ人が現れたように感じていた自分を恥じた。

 考えてみれば、この出会いを運命のように感じ、僥倖と喜んでいるのはヴァリスのみで、レアラードが同じようには感じているはずもないのだ。


 ぞんざいな口調からして、レアラードには他人と親しくなろうという思いはないのだろう。それはヴァリスに限ったことではなく、おそらく特別な身の上の彼女だからこその周りへの配慮なのだ。


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