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14 荷台の二人

「魔法というのはですね、この世界ではない高次元の世界から計算式と古代語を組み合わせて力を引き出す法則のことなんです」


「コウジゲン……さっきも出てきたけど……」


「この世界とは違う世界が他にもあるんだって思ってくれればそれでいいですよ」


「違う世界?」


「う~ん、そうですね――例えば、箱があったとして、その中に蟻がいるとしましょう。君は蟻を上から指でつまんで移動させたり、餌を持ってきてあげたり、潰したりできる」


「理由もなく潰したりしないよ」


「うん、君はいい子ですね。で、これを蟻の立場から考えてみると蟻は移動した仕組みとか、私たち巨人の存在には気づけない。何かとてつもない力が働いて移動したんだってことはわかるし、指の存在くらいは気づけたとしても、私たちの全体像や、ましてやその巨人たちの営みや意図なんて蟻には見えないんです。これが次元の違う別の世界ってことですね」


「あたしわかったー」


 妹がぴょんぴょん跳ねる。そしてまたバランスを崩してヴァリスの手が彼女の襟首を危うく掴む。


「その違う世界の力は、この世界に持ってくるとさっきのように空中から鳥を出したり、鉈の切れ味を破格にしたり不思議なことがたくさんできるんですよ」


「じゃあ、たくさん力をこっちに持ってきたらいろいろできるね!」


「そうなんですが、それにはさっき私が空中に書いたような難しい式で二つの世界を繋ぐ『扉』を作って古代語で『鍵』を開けてあげないといけなくて……これがまあ難しいんですね」


「そうなんだー」


「魔道士というのはね、自分で言うのも恥ずかしいのですがかなり勉強して鍛錬を行って、やっと扉を作っているんです。力の強い魔道士ほど大きな扉、つまり大きな力をこちらに持ってくるための出入口を作ることができる。でもね、『よりしろ』はこの作業を私のような一般の魔道士よりとても簡単にできるんですよ。つまり、さっきの鳥をよりしろだったら同じ労力で何十羽も出したりできるんです」


「なんで?」


「体の中に『扉』……というより、開けっ放しの『穴』ができてしまっている人ですからね、わざわざ扉や鍵を用意する必要がないんですよ。別世界との繋がりが特別に濃いのだと思います。それに気づいた権力者たち――まあ王様とかですね――の間で、当然よりしろの奪い合いになったわけです。自分の国によりしろがたくさんいれば、いろんなことに力が使えますからね」


「木を切ったり、橋を作ったり?」


「馬鹿だなー、そんな小さいことじゃなくて隣の国に攻め込んだり、そういうことだよ」


 女の子は馬鹿と言われ、むくれて隣の青年に助けを求めたが、ヴァリスはフードを被ったままの頭を掻いて呻くばかりだった。


「お嬢さんが考えたような平和利用にだけ使ってくれればよかったんですけどね……まさに、お兄さんの言うとおりなんです。国はよりしろを戦争の道具として使いたがったし、よりしろたち自身も己の力に気づいて権力を欲し、……かくて世界は『よりしろ』を中心として大戦争時代を迎えてしまうことになったのです」


「でも、その戦争って終わったんでしょ?」


「そう、およそ二百年前にね。勇気ある何人かのよりしろたちによって戦は突然終わることになりました。そして、世界は『よりしろ』のいない世界に大きく変わった」


 勇気あるよりしろ、と言ったとき、ヴァリスはどうしても視線を御者台のレアラードの方に向けないわけにはいかなかった。

 伝説のよりしろ、世界を救った乙女、新世界の無垢なる慈母、剣と魔法の美しき女神、美少女魔法戦士レアラード――いかがわしいものも含め、いくつもの愛称をもつ彼女にまつわる様々な伝承を知らない者はいない。


「いやまさか本物だなんて……たしかに吟遊詩人の歌にも半月刀を携えた砂漠の民の末裔だとか銀色の髪と瞳の乙女だとか言っていますけど、誰が目の前の娘さんをそうだと思います? 思うわけありませんよ。『よりしろ』はもうこの世にはいないはずですし、何よりそのまま生きていたらとんだご老女ですよ。いくら年上も許容範囲だと言っても私にも限度があります。……しかし、森であの尋常でない強い魔力を目の当たりにした以上、信じざるを得ないし――それに紋様を描く予備動作が無かったんですよね。それこそ本物の『よりしろ』だと思わなければ納得できないわけで……」


 清々しい朝日を浴びていても、ぶつぶつと口中でつぶやく痩せこけた魔道士の姿はやはり異常であった。幌が無いとは言え、小さな荷台に野菜を入れたたくさんの木箱に囲まれた圧迫感や青臭い匂いにもいい加減うんざりしたのかもしれない。子供たちは持ち前の集中力の無さを発揮して御者台の父のもとへと移動し、彼らに押し出された形でレアラードが入れ替わりに荷台に移ってきた。


 揺れる足元を気にする様子もなく器用に木箱の隙間を縫って荷台の最後尾までやってきた少女に、ヴァリスは心を弾ませわたわたと慌てる自分を実況した。

 自分自身の身に起こった自白薬の一件ですら持て余し気味のヴァリスは、当然のことながら、伝説の人物を前にして混乱していた。さらにそれがこれまでずっと憧れていた人物なのだ。


「あなたがただの美しい娘さんなら、私だってもっと積極的に連絡先交換をお願いしたんです。でも、あなたがあのレアラードと知ってしまっては……ああ、でも、やっぱり可愛い。本当に夢見たとおりの美しさ――はっ! 夢? これ夢なの? 痛い! 違う! そうか、ではどうしよう。そうだ! 今こそ大陸史を研究してきた私の知識の泉が解放されるときですね。誰もが聞きたいと思っていた、練りに練った格調高い質問を、今ぞそのとき! レ……レアラード、さんは……その、好きな男性のタイプは?」


「大陸史に関係無いじゃないか」


「ぎゃ! 的確! さすがに伝説にまでなった人物はブレがない」


「おちょくってるのか?」


「そ、そんなつもりは……緊張しておかしな言動になっているだけです!」


「緊張してなくてもおまえはおかしい」


 狭い荷台に逃げ場はない。レアラードは観念したように荷台の端にヴァリスとは距離を置きつつ座った。

 馬車の速度は緩やかで、景色はゆっくりと通りすぎる。細身の二人とはいえ大人の重量が追加されたため、さしも屈強な馬車馬も疲れてしまったかと思ったが、もともと野菜を傷つけないように運ぶため速度を上げていないだけであった。

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