12 本当の名前
「せめてあんたじゃなくてヴァリスさんを狙えば良かったかな」
「あれが黒焦げになろうと私の知ったことじゃない」
「またまた。一時の付き合いであってもあんたはヴァリスさんを助けるはずさ」
「行きずりの同行者に情をかけて弱点を作るつもりなどない」
「それが一番恐れていることだもんね。忘れてないよ、あんたは通行人を巻き込んでやると面白いように動揺する」
ヴァリスの側からは、少女の殺気が格段に増したことだけが感じ取れた。細い肩が硬くそびやかされる。が、青年魔道士の関心はそこにはなかった。
「お、お嬢さん……魔法が使えたのですか……?」
驚いて腰を抜かし続けているヴァリスは、普段は途切れることの無い言葉を切れ切れに口に上らせた。その様子を見て、ロイは面白そうに目を細めた。
「何? ヴァリスさん、もしかして彼女が誰なのかわかっていないの?」
半身を潜めた岩から全身を覗かせると、隠れていた少年の右手指からふっと白い光の名残が立ちのぼるのが見えた。気まぐれがなければさらに攻撃魔法を仕掛けようとしていたことの証である。ヴァリスは気を引き締め直し、体を起こした。
「一緒に暮らしていたときにあんなに賛美していたのに。理想の女性だって」
「え? ……ロイ、何を言って……」
引き込まれて、思わず少女に視線を送る。彼女が旧知の人間だったという覚えはない。第一、ヴァリスの人生に女性との接点は悲しいほどにない。
「なーんだ。僕はてっきりヴァリスさんが気づいて一緒に行動し始めてたのかと思っていたのに」
「な? ……まさか……ずいぶん若く見えますが、もしかして――私の母親ですか?」
とたんにはじけるようなロイの笑い声が森にこだまする。
「違う違う! 面白いなーヴァリスさんは」
お腹を抱えるロイの姿を見て、ヴァリスは素直にむくれた。
「からかうのはよしなさい。私が生涯で出会った女性なんて、ニディアさんを抜かしたら行商人親父の連れ子のナディーと占いばばあのクダンさんぐらいで、あとはお店の店員だとか街ですれ違ったレベルですよ」
「ほら、よく見てみなよ。そうしたらわかるはずだよ」
何かの罠ではないかと疑いつつも、ヴァリスの視線が再度少女に移される。いまや気軽に声をかけることもはばかられるような張りつめた気配を満たしながら、鋭い針のような少女の肢体が目に焼き付く。斜め後ろの位置から見ると、長い髪をなびかせ、刀を構えた背の高い少女の姿が、青年に驚くほどの既視感を覚えさせた。
「……剣士……魔法……美少女…………いや、まさか……」
「その様子じゃ気付いていなかったんだね」
「気付くもなにも……そんなわけないでしょう。『あの人』は二百年も前の人なんですよ」
それでも、イメージが重なりすぎて少女から目が離せない。日に焼けたオリーブ色の肌、銀色の髪と瞳、砂漠の民の半月刀――
「……でも、まさか……」
思わずローブの懐の隠しから、毎夜眺めているある紙を取り出す。それは、ごわごわに乾いて皺だらけになっているものの、伝説になっている一人の少女の絵姿であった。二百年前の宮廷画家が王に同行した戦場で見かけたレアラードを走り描きしたというそれは、複写されて本の挿絵になっていたものだ。三年前のロイやニディアと出会った日の逃亡劇で持ち出そうとしたほど気に入っていた本から切り取っただけの挿絵だから、それと見比べるのがいかに馬鹿馬鹿しいことか考えつつも、ヴァリスの視線は上下して絵と現実の二人の少女を交互に見た。「似ている」と思わず青年の口から言葉が零れる。
「本当に――伝説の魔法少女戦士……」
「そう、『レアラード』ですよ。正真正銘の」
「そんな……そんなことって……」
混乱した様子で今度こそ口がきけず、ただ喉の奥からあわあわという意味不明の声を出して少女……レアラードを見ているヴァリスを青藍のローブの少年はおかしそうに見つめた。
「僕みたいな年を取らない人間を見た後なら信じられるんじゃない? 彼女こそ大戦を終わらせた伝説の“よりしろ”……」
言い終わりを待たず、突如、人の頭ほどの巨大な火の礫が無数にロイの頭上に降り注ぎ、一瞬にして視界が炎に包まれる。圧倒的な火力は、容赦の無い怒りを表しているかのようであった。
「おしゃべりなガキめ」
炎の雨を降らせた人物は冷淡にそう吐き捨てた。目の前の美少女――いや、伝説の魔法少女戦士レアラードだ。
「な……なんという魔力……」
「うるさい! おまえもおしゃべりなガキだ!」
森に火が移り、ごうごうと燃え盛る木々を振り返りもせず、レアラードはヴァリスの脇を通り過ぎて岩場を登り始めた。
「死にたくなければ急げ、火の回りが速いぞ」
「ロイは……」
火の勢いが強すぎて、その中にいるであろう少年の姿は見えない。
「あれしきでは奴は死なん。しばらく足止めできる程度だ。復活して追いつかれる前にお前は逃げた方がよかろう」
「でも……火を消さないと、森林火災にな……」
「捨てておけ! カーツの木もロイと同様だ、純粋にこの世界のものではない。焼けたほうがこの世界のためだ」
バヂッとはじける音をたてながら、身をくねらせるようにして燃え溶けていくカーツの木を目の当りにして、ヴァリスは慌ててレアラードの後を追った。
少女の後ろ姿は、絵姿そのままに長い髪を炎にはためかせていた。




