11 突然の訪問者、突然のバトル
「正直なところわからないです……この一月の間、薬の成分を解読する作業に没頭していたけど、結局わからずじまい、解毒薬は作れずじまい。飲み薬ですから、時間が経てば多少は効果が低下すると思ったのですが、それもなく――このままこの国に留まっていても手詰まり、どころか魔法を使うと追っ手がかかることもありうるし、やるべきことをすべてやってみたらいっそ国境に向かい、魔道王国ガイレンティアを目指して、元の寡黙だった自分を取り戻すための旅に出るつもりです」
「それでも治る確証はないだろう」
「それ以外に思いつく方法がないですからね。しゃべり続けるって気楽なようで、けっこう辛いのです。かといって自害なんて馬鹿らしいことは考えたこともありませんよ。女性と楽しいお茶をしたこともないのに死ぬなんて嫌ですからね。本当はロイをふん捕まえて改竄式を聞き出したいのですが、彼とニディアさんはちょっと――一筋縄ではいかない魔道士でして、ひ弱でごく一般的な魔道士の私ではたぶん首根っこを捕まえて「吐けこの野郎」なんて言うのは無理です。三年の間に彼らは非常に特殊で、残酷で、得体が知れない存在だということもなんとなくわかってきましたし――そんな彼らに追われているからこそ、あなたのような乙女に旅のパートナー、また、生涯の伴侶になってもらいたいと告げる気持ちを抑えて、文通で我慢しようとしているんですよ……あ、またそんな目で見ないで、急だったことは謝るから、またナイフ? またナイフを出しちゃうんだ……ぎゃあ!」
少女が小刀を投げる動きまでは見届けたものの、一向にその身に痛みが走らない不思議におそるおそるヴァリスが目を開けて行方を探ると、小刀は彼のすぐ後ろの岩場に突き刺さっていた。
胸を撫で下ろして抗議し始めたヴァリスはしかし、小刀をもう一度よく見てこの一月で初めて絶句した。小さな魔石を柄に埋め込んだその小刀は、白い蛇を岩に磔にしていたのだ。身をくねらせてもがく蛇の体はすぐに白い光の粒になって霧散する。
「この蛇は……」
ヴァリスの顔から一気に血の気が引いた。振り返る間も惜しんで、彼は少女を抱えて一気に走り出す。
と、いくらも進まないうちに、ゴウンッという爆音とともにヴァリスの背中を激しい爆風が襲う。悲鳴に耐えながら、しかし少女の体を必死に守る男らしさを実況しながらヴァリスは粉々に砕け散る岩と共に地面に叩きつけられた。
「ぐえッ……」
「やるじゃん、ヴァリスさん」
「!」
ヴァリスと共倒れになることなく、とっさにその腕から転がり出て態勢を立て直した少女は緩んだターバンを無造作に外すと、爆風の収まりつつある背後をねめつけた。
剣士の俊敏さを持ち合わせない青年魔道士は無様に砂塵にまみれたわが身を解説しながら必死に立ち上がる。聞こえてきた声で危険な存在がやってきたことが確定したからであった。
土煙の薄れた先から、一人の少年が姿を現す。
縁に金糸の縫い取りがある青藍のローブに灰色の髪と瞳、顔に張り付いた生意気そうな微笑、大人の胸ほどしかない身長……三年前、出会ったときとまったく変わらない姿のロイであった。
彼は今の爆発で抉れた大地に足を踏み入れながら「外れちゃった」とさして残念そうでもなく一人ごちた。
「ヴァリスさんが逃げる時に発動した爆発と同じくらいのを投げたんだけどなー」
「ロイ……やっぱり生きて……」
「無傷じゃなかったけどね、まあ生きてる」
前髪を指先で弄びながら、ロイはにっと笑った。
「だって……あの時ほとんど脳みそが出て……」
「そうだよー、本当にひどい。三年も連れ添った助手だっていうのに、回復魔法のひとつもかけてくれないで逃げちゃうんだもん」
「三年も成長のない姿見せられたら、人間だと信じるほうが難しいでしょ」
何が面白いのかさらに口角をあげるロイにヴァリスは恐怖のあまり失神しかけたが、それすら「失神しかけている私……」と言葉に出している自分に励まされて、かろうじて意識を繋ぎとめた。
「自白薬、やっぱりそれ成功してたんだね。三年の研究成果だからさ、気になってたんだ。まあ、必要なとこだけしゃべって欲しいのに、無駄が多すぎるきらいはあるけどさ。これからちょっとずつ改良していこうか。もちろん――協力してくれるでしょ、ヴァリスさん?」
「よくもこんな体にしておいてそんなこと言いますね。せめて大大成功だから褒美を取らせたいとか、成功しすぎ天才すぎだからもう感動して無罪放免だとか言いなさい」
「言うわけないじゃない。むしろ体ごと治験体を取り返しに来たんだから。ただ――あんたがいるのは誤算だったな」
ロイの声がぐっと低くなると同時に、彼の目はヴァリスの傍らにいる男装の解けた少女を見据えた。と同時に、ロイはいつの間にか地面に足で描いていた魔方陣から無数の白蛇を飛び出させる。
ヴァリスが対処に動くより速く、少女は地面を蹴って先ほどの攻撃の爆心地を駆け抜けると、刀の一閃でその白蛇をすべて斬りおとした。普通の剣では使い魔を斬りおとすことなどできない。おそらく刀の柄に埋め込まれた魔石の力であろう。
少女はさらに踏み込んで返す刀でロイの体を狙うが、少年の体はすでに大きく後ろに退がっている。
「おお怖い、もうちょっと間合いをとっておかないと。あんたの剣の腕は折り紙つきだからね」
小柄な体を岩陰に隠す様子は、かくれんぼをするあどけない少年そのままだ。しかしその正体を知っているのか容姿に騙される素振りもなく、少女は半月刀を構えなおす。柄の魔石が、ヴァリスが日暮れに作ったまま放ってある魔法光にきらりと光った。
それを恐れたわけでもないだろうが、ロイはさらに後ろの岩まで下がる。そこはすでに森との境界だ。
「献体収集所が次々に壊滅状態にされていると聞いてヴァリスさんを迎えに行くついでにここに寄ってみたら……あんたが絡んでいたとはね」
「あの女はいないのか」
「ニディアのこと? 彼女は今忙しくてね。ニディアの力が借りられたら、もっと早くここに着けたんだけど」
「何を企んでいる?」
ロイの顔がいたずら少年そのままにほころんだ。
「いいこと、だよ」
「改心する気がないなら殺すしかないな」
「十数年前も同じことを言っていたね」
「変わらないな」
「お互い様」
言い終わりを待たない早さで晴天の空からすさまじい音を伴った落雷があった。稲妻は狙い済まして少女の頭上に落ちる。
「っ!」
ヴァリスの声にならない悲鳴が喉を震わせた。
どうやらロイと少女は親しげな雰囲気ではないなりに顔見知りらしいと気を緩めた矢先のまさかの攻撃に、彼は何の手立ても講じていなかった自分を呪った。
知り合って間もない少女だったが、まるで自分の半身が抉られたように気が抜けて地面にへたり込む――が、目の前で起こった激しい閃光に奪われた視力が回復してみるとそこには無傷の少女の立ち姿があった。彼女の頭上には複雑な紋様が描かれた魔方陣が白光を放って浮かんでいる。それが盾となって雷を受け止め、放電したようだった。
「不意打ちが得意なのも変わらないな」
「ちっ……やっぱり一筋縄じゃいかないね、伝説になっている人間ってのは」
忌々しげなロイの前で、少女の盾は安全を確認したように霧散した。




