表題「裏切り者に、花束を」後編
最終幕 ――裏切り者に、花束を
「全く、私が戻ってくるで見張りをしてと頼んでいたのに……たったの一時間も起きてられなかったんだ。もう……ほら、起きて!油断していると荷物とか全部持っていかれてしまうかもしれないでしょう?」
青紫の照明が照らすテントと積まれた丸太。草木も眠りについているかのような深い闇と静寂に包まれた森の中、二人の小声が異様に目立っている。
「……あぁ、ごめんなさい。少し疲れていて……もう大丈夫よ、ごめんなさい。えっと……大丈夫よ、テントに近づいた人物は見ていないわ」
「そう、ならいいんだけど……」
すっかり体調も回復したであろう眠たそうな陽向先輩に、月嶋先輩は厳しく叱りつける。テントの中では凛ちゃんが寝ている……だから、荷物や安全のために一人は外で見張り役なのだ。丸太に腰掛けて眠たそうに目を擦る陽向先輩をじーっと見つめたあと、月嶋先輩は「はぁ……もういいよ」と声をかけてテントに戻るよう促す。
「私が見張っておくから……もう寝ていいよ」
「えぇ……ありがとう。お願いするわね」
そう言い残し、陽向先輩はノソッとテントへ潜った。
頬を撫でる夜風にそっと身を預ける月嶋先輩は、とても落ち着いた様子で空に輝く星を眺める。
「……あの子、どこへ行ってしまったんだろう」
静寂の中、先輩の落ち着いた一定速度の呼吸だけが広いステージに小さく行き渡る。
一息ついた後に月嶋先輩は勢いよく立ち上がったかと思うと、身体を伸ばして「探しに行くかぁ……」と呟き森の中へと向かっていった。
「ちょっと、星を見てくる」
テントに背を向けて手を後ろで交差させながら木々の間へ進んでいく先輩。そんな先輩は鼻歌交じりに散歩のような足取りで一直線にどこかへと向かっている。
たまにその場に止まっては辺りを見渡し、再び歩き出してはまた止まる。
本当に私のことを探す気があるのかどうか怪しいくらい、先輩は能天気に足を動かす。
そして誰にも知られず、先輩は一人目的の場へと辿り着いた。
木々をぬけた先……そこは、海に接する高い崖の上。
青みがかった黒いインクを空にばら撒き、輝く星を大量に散らしたかのような満点の星空。
荒れ狂う波の音と幻想的な景色を、何か寂しそうに見つめる月嶋先輩。
「……誰かが、来たみたいだね?」
「……お気づきになられていましたか」
月嶋先輩が振り返らずにそう呟くと、私は木々の隙間からスッと姿を現し、三メートルくらい離れた位置で立ち止まる。
少しの間無音が続き、空間全体に緊張がはしっている。私は一歩前に力強く踏み出しながら台詞を言った。
「私は、見たのです。見てしまったのです……どうして、私だけの事を愛してくれていると思っていたのに!」
「…………ごめんなさい」
身体の向きを半回転させ、苦悶の表情を浮かべる月嶋先輩を睨みつけて大声で感傷的に怒鳴る。今にも目からは涙が溢れ出してしまいそうな顔で拳の先まで力を込め、肩を小刻みに震えさせる。
「アナタは、私を愛してはくれないのですか?……今までのことは全て嘘だったというのですか……?」
私が力なく小さな声でそう零しても、月嶋先輩は俯いて微動だにしない。
「ねぇ……応えてくださいよ」
引き攣った笑顔を無理やり浮かべた私は目から涙を一つスーッと伝らせ、それを境にしてボロボロと泣き頬を濡らす……それでも笑顔は決して崩さない、まるで自分の中にある壊れかけの弱い心を覆い隠すかのように。
……よし、練習通り。
「ごめんなさい……裏切ってしまって」
俯いたままの月嶋先輩は、淡々と……はっきりそう言う。
その様子に私は心をつかれ、はっと目を見開くと同時に涙を止めた。そんな私に真っ直ぐな眼差しで向き直る月嶋先輩は、数秒言葉を選んだ後にゆっくり口を開いた。
「……私は何も言えない。あなたの好きなようにしなさい」
その一言で私の瞳は完璧に光を失い深淵を覗き込んでいるかのような深い深い黒へと変わり、手を横に垂らす。
風に靡く先輩を数秒眺めた私はすっかり乾燥した目で二マッと悪く笑った後、親しげに月嶋先輩の首後ろに手を回してソッと抱きしめる。
「……私の愛しい人、さよ……う、な……」
――違う。
やっぱり、違うんだよ。
こんな結末は、私の望んでいる結末じゃない。
月嶋先輩は私が劇を中断させていることに対して、多少の焦りと心配、不安が入り乱れたような表情を私だけに見えるようにしている。
この役を長く演じていて……もはや、私とこの人物は同一人物なんだとさえ認識できている。故に、私はこの人物の心情がわからないんだ。
ステージの脇から、他の三人も何事かとこちらの様子を怪訝な表情で伺っている。
けど、やっぱり……嫉妬で殺すなんて、できない。
「……ごめんなさい、私には……できない」
私は堪えられない涙を流しながら、そう小さく零して先輩に縋るように膝から崩れた。
「……そっか」
激しく、泣いた。
この胸の中で必要以上に絡みつく罪悪感と無力感に打ちのめされて。
あぁ……私、泣きたかったんだ。
声を大にして泣き続ける私……この涙は、明らかに私のもの。
「……ねぇ、見てよ。この綺麗な星」
ここからは、何もかもが完璧にアドリブ。
月嶋先輩が私に声をかけ、それに反応して私は呼吸を整え上を見上げる。
その夜空に、私は目を奪われた。
潤った瞳に映る星は、なお美しかったから。
「……あ、もうすぐここに刺客が来られます。どうか、どうかお逃げ下さい」
「ねぇ……星ってさ、いつまでも輝き続けるんだよ。私たちが百年でこの世を去ってしまうよりも、ずーっと長く」
この声は……中身が出てきている、いつもの聞きなれた月嶋先輩。空を見上げながら、手のひらを広げて空に向かって伸ばし、その指の隙間から星を覗いている。
「だから……一緒に、星になろう?」
そう言って先輩は私を無邪気な笑顔で見つめながらかがみ込み、手をそっと差し伸べてきた。
私には、それが嬉しすぎた。
「……ふふ、それは……魅力的ですね」
なんで嬉しかったのかはわからない。正確に言うなら私が嬉しい訳ではなかった。
でも確かに私の演じている役は、それを幸せだと感じたんだ。
私は直感的に先輩の差し伸べる手と星になることの意味を悟り、躊躇いなくその手を取って泣き腫らした目を擦りながら立ち上がる。
二人見つめあいながら微笑んでいる私たち。
何故か笑顔の月嶋先輩が僅かに涙をためたから、私はそれを拭って……。
――先輩にキスをした。
観客がざわつき、三人が呆気に取られているなか、私はその口を離して耳を赤らめる先輩に笑顔で告げた。
「……やっぱり、私はあなたが好きなのです」
私に対して再び笑いかける月嶋先輩は私の手を取り、二人並んで崖の先端へと向かっていく。
「これが私たちの……」
――ハッピーエンディングなんだ。
その様子を崖下から見ていた透子と凛ちゃんは、呆れたと言わんばかりにため息をもらし、消えていく照明と閉じていく分厚いカーテンに身を隠していく。
やがて、カーテンが完璧に閉じきり音楽が止まると、体育館のステージ側の照明がパアッとつき、舞台は終了を告げた。
……無音。
そうだ……みんなで作り上げた舞台を、私一人の判断で勝手に書き換えてしまった。私はみんながこれまで積み上げてきた努力を全て無駄にしてしまったのだろう。
同じ物語を演じた四人も、あまりの反応の無さにやるせない表情をしていた。誰一人として言葉を発せない、エンドロールに出るのが厳しいくらいの雰囲気だ。
でも……この役を演じる上で、あれは必ず必要な感情だったと思うし……みんなには悪いけど、後悔はしてない。
私は……最後まで演じ切ったんだから。
――パチッ、パチッ、パチッ……。
ふと客席にいる一人がわざとらしく大きな拍手をし、その音が体育館内に響き渡る。
誰もが耳を疑い、その音に意識を向けた。
カーテンの裏からでもうるさいくらいに聞こえてきた、その一人の拍手。
そして、拍手は次第に連鎖していき、それは盛大なものとなった。
――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
一体、どれだけの人数が拍手をすればこんなに大きな音が生まれるんだろう。
学校の表彰式の数十倍、その拍手からは楽しさや満足感のようなものが一つ一つに感じられ、音に全身を包まれる。
その音に唖然としていた私たちだったが、ふと我に帰った月嶋先輩が胸いっぱいの喜びを噛み締め、私たちの肩を叩いて「ほら、行くよ!」と舞台袖からカーテンの前に出て、再びステージへと姿を現す。
――パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチッ!
遮蔽物がなくなり、拍手は一層大きな音となって私たち全員をのみこむ。
目を輝かせて、月嶋先輩がこの場にいる全員に対しお腹から声を出して言葉を述べる。
「本日は、長らくご覧いただきまして」
観客に、役者……この場にいる誰もが、笑顔だった。
「本当に、ありがとうございました!」
――公演が終わった後も、拍手は数分鳴り止まない。
○
私たち五人は、ステージ脇にある舞台裏への扉の前で集まり、帰っていく人々を見送っている。
誰も彼もが皆満足そうな顔をしていて、私たちは「楽しんでくれてよかった」と、口を揃えて嬉しさを滲み出している。
「ほんっと、上手くいってよかったねー?あんな展開になってさぁ」
「えぇ、おかげさまで尺が物凄く減ったわ」
「ごめんなさい」
私に対してわざとらしい笑顔を向ける凛ちゃんと陽向先輩に対して、私は肩を縮めて丸くなる。
そんな二人に対して「まぁまぁ」と声をかけてくれる透子に、私はニコッと感謝して微笑みかけた。
「おぉーい、あかね!」
「あ、お姉ちゃん」
私の名前を呼ぶ声のする方向に目をやると、そこには走ってきたのであろうお姉ちゃんが呼吸を荒くして私に駆け寄ってくる。
私の肩に両手を置いて顔を寄せたかと思うと、目を丸くする私に対して至近距離でハッキリと言う。
「ほんっとに、上手だったよ!」
「ちょっ近い……うん、ありがとう」
なんだか照れくさくって私はほんのりと赤くなった頬を指でかき、視線を地面へとそらしてニヤッとした。
まずい、これはキモかったかもしれない。
私とお姉ちゃんのことを見た凛ちゃんと透子は、ステージの裏へと入っていき、そのまま小道具の撤収をはじめた。
お姉ちゃんは私の頭を撫でて「じゃあ先帰ってるね」と言い残し、体育館を去っていった。
その背中に小さく手を振って別れを告げたあと、私は残っている先輩方に目配せをして私も片付けてきますと声をかけ、ステージの方へと身体を進めようとする。
その時だった。
「恵美」
その低く渋い声に、私は耳を傾ける。恵美……月嶋先輩の名前だよね。月嶋先輩のことを名前呼びする男性って……誰だろう。先生とかは苗字で呼ぶから違うしさ。
声の主が気になって後ろを振り向くと、そこにはスーツ姿の暗い男性が立っていた。
身長は……先輩よりもかなり高い、百七十後半くらいだろうか。
「あ……お、おとうさん……どうだった?」
なるほど……この人が。
月嶋先輩が冷や汗を垂らして俯きながら、恐る恐る尋ねる。こんな先輩は……今まで一度も見たことがない。
陽向先輩も心配そうに二人を見守る中、月嶋先輩のお父さんは一呼吸ついてから口を開いた。
「…………頑張ったな」
そう言って、月嶋先輩の頭をそっと撫でた。
当の先輩は目を見開き「えっ」と声を漏らして固まったままでいる。
「家でも、ずっと練習してた……ちゃんと、成果も出てる」
小さく呟くようにそう言いながら、ただ立ち尽くしている先輩の頭を撫で続ける。
「……いつも、恵美は……流石だよ」
途端に月嶋先輩は涙を目に浮かべ、直ぐにボロボロと雫が地面へ落ちていく。息を殺しているかのように、音を立てないでただ無音で泣く先輩。
「……おつかれ」
先輩はバッと顔を上げたかと思うと、溢れ出る涙を流したままお父さんの胸元へと飛び込んだ。
「わた、わたしっ……ずっと、がんばって……」
「……あぁ、知ってる」
「お父さ、褒めっくれない……から、だから私……ダメな子かと、思っえ」
泣きじゃくりながら、お父さんの服を力いっぱい掴み、聞き取りにくい声を無理やり絞り出している先輩を見ていると、なぜだか私までうるっとしてしまう。
月嶋先輩の言葉に驚いたような表情をしたお父さんは、すぐに罪悪感に見舞われて先輩を抱きしめながら答えた。
「……悪かった」
「……うわあぁぁぁぁぁっ」
声を立てて咽び泣く先輩の姿をみて、私は一滴涙を流した。
その泣き声はもう観客のいなくなった体育館に響き渡り、今日で拍手の次に大きな音だった。
私は心の中で「先輩……よかったね」と微笑みかけ、その場を後にする。
しかしその数秒後、後ろから運動靴で走ってくる音が聞こえたから、私はまたもそっと背後を振り返る。すると笑顔の月嶋先輩がお父さんから離れて私のもとへ向かってきていた。それは近づいてきてもなお勢いを止めない。
このままだとぶつかると思い、私は一歩足を引きながら月嶋先輩に焦った口調で声をかける。
「え、ちょっ……先ぱんむ!?」
がしかし、すぐにその口は塞がれてしまった。
私の視界に先輩の顔が入りきらなくなり、唇に柔らかいものが触れる。
なんだろ……なんか、あれ……懐かしい……?
キスされて懐かしいってなんだって感じだよね、うん。
二秒程度、先輩と私の唇が触れ合った後に少し距離をとる月嶋先輩。
やっぱり耳は少し赤くなっているけれど、それよりも今は幸せや喜びが勝っているようで先輩はニッと無邪気に笑って手を後ろに組む。
「明音……ありがとうね」
突然のことに驚いていた私はその言葉で意識を取り戻し、私も手を後ろに組んで先輩にそっと笑いかける。
「先輩の努力の結果ですよ……私は、ほんの少しサポートしただけです」
そう言いかけると月嶋先輩は目をパァっと輝かせて百点満点の笑顔になった。数秒後、急にハッと口元を多い耳を赤くしてステージ裏に走って行ってしまう。
今更キスした事に気がついたのかなぁ……?
ふと透子に呼ばれたような気がしたので、私も先輩の後を追うように、拍手の余韻に浸りながらステージへと上がった。
なんだか、幸せだ。自分の中にあるモヤを晴らし、先輩も報われて……たくさんの人に私たちを見てもらえる……そして何より、たくさんの人を笑顔にできる。
「次は……どんな劇をやるのかな」
これで、この話はおしまい。
○
「いやぁー、僕も心が躍ったよぉ……素晴らしいものを持っているねぇ?彼女たち!」
青空の下、連絡通路を通りながら意気揚々と高い声を響かせる、腰下まで伸びた長い髪の女性。
「あっそうそう……僕は少し用事ができたんだ!明日の生徒会には行けないと、みなに伝えておいておくれ」
「…はぁ……珍しいわね、あなたがサボるだなんて」
そしてその人物の横に立つツーサイドアップの女性。どちらも服装が一風変わっていて、生徒会と書かれた腕章を左手に付けて道の真ん中を堂々と歩いている。
「いーやぁ!ついさっきの出来事なのだけれど……」
長髪の女性は、ニヤリといやな笑顔を浮かべて吐き捨てた。
――旧友を見つけたのだよ。




