表題「裏切り者に、花束を」前編
――ビイィィィィィイッ!
全ての会話を遮断させる程のブザーが鳴り響き、体育館にほんのり照らされていた暖色の灯りが消えて客席、ステージはどちらも静かな闇に包まれる。
そんな中で重く閉じているカーテンの前、ステージの中央に立つ私は遠くを見つめながらゆっくりと口を開きその言葉を告げた。
――申し上げます。
黄色いローブに身を包む神妙な面持ちの私は、まるで本当に誰かが目の前に立っているかのような素振りを見せながら畏まって両手を身体の側面につけ、一言一句を大事に話す。
「申し上げます。あの人は、酷い。嫌な人です……えぇ、彼女は私の恩師です。けど、私と歳は同じです。なのに、なのにあの人は……私の気持ちを弄んで、こんなにも私を苦しませる!」
次第に私の声は勢いを増し、腹の底から湧いてくる怒りを露わにして握った拳をフルフルと大きく震えさせる。
「もう、もう嫌なんです!あの人を思っていた自分が馬鹿みたいで!はぁっ……はぁ……あぁ、ごめんなさい。はい、落ち着いて話します」
そう言うと私は胸を撫で下ろし、大きく深呼吸をする。
「ふぅ……えぇ、あの人は多くの人に嫌われていますから。今から全てを話します、何もかも、すっかり」
キリッとした目つきで私がその台詞を低く吐き捨てる。目を瞑ると同時に、私へと当てられていたスポットライトが消えて真っ暗闇に包まれたステージのカーテンがノロノロと開く。
第一幕 ――純白の百合畑
赤く重たいカーテンが避けたそのステージの上、ライトがほんわり灯ると、そこには透き通るような青い空の下いっぱいに広がる白百合の花畑が神々しく姿を現した。
数秒後、そこを真っ白なローブを着た美しい月嶋先輩が子供のように駆けて登場する。
「ほらぁ!みんなー!早くしないとおいていくよー!」
「全く、アナタという人は……お待ちになられてください」
先輩方がそう呟いてすぐ、月嶋先輩の後を追うように私と陽向先輩、そして凛ちゃんがステージ脇から足を進めて中央へと向かう。相変わらず無邪気で踊るように花の間を駆け回る月嶋先輩に対して、陽向先輩と凛ちゃんは「やれやれ」と言わんばかりの呆れ顔でため息をついた。
周りの目なんて気にしないと言わんばかりの月嶋先輩の姿。私は目を釘付けにして頬をほんのり赤らめながらボーッと見つめる……というよりも、見とれている。
「美しいなぁ……背が高く、スレンダーで綺麗な身体。その顔は整っていて、おそらく誰が見ても美人だと口を揃えていうだろう。黒く綺麗にのばされた髪の毛に、飲み込まれそうになる瞳」
満面の笑みを浮かべてはしゃいでいる月嶋先輩の事を見つめながら、私は心の内に思っていたことをボロボロと周りに聞こえないくらいの声で零した。
「本当に……綺麗な人」
目を丸くさせて、ふと我に返ったかのような仕草をする先輩は勢いよく私たちのもとへと戻ってきて、少し荒くなった呼吸を整えながら台詞を言う。
「はぁ……えっ、と……この先だっけ?目的とは別の、一旦寄らなくちゃいけない家」
さっきまでの態度とは打って変わった先輩が真剣な表情で私たちにそう問いかけ、凛ちゃんが一つ間を置いて回答した。
「えぇ、もうすぐお着きになられます……ですが、どうです?二日間歩きっぱなしで疲れたでしょう。それに……こんなにも素晴らしい百合畑。お言葉ですが、少し休憩されては?」
ニコッと笑顔を浮かべて月嶋先輩にそう言う凛ちゃん。言葉全体に抑揚が付いていて、先輩の事を心配しているのは勿論だけれど自分も休みたい……そんな複雑な思いが感じられるほどに動作一つ一つが洗練されていた。
凛ちゃんの言葉に月嶋先輩は腕を組み頭を傾けながらしばらく悩んでいて、十秒いかないくらいしたら頭を上げて口を開く。
「うーん……そうだね。予定の時間まではまだ余裕があるし、少しここに居ようか!」
月嶋先輩の自由時間宣言に、凛ちゃんは拳を握り嬉しそうなガッツポーズをとった。
そんな様子を見ていた陽向先輩は怪訝な表情を浮かべたかと思うと、去っていく凛ちゃんとは反対に月嶋先輩へと歩み寄っていく。
「本当に時間は大丈夫なの?以前のような事があったら、流石に私たちも怒りますよ?」
相変わらず楽しそうな顔をしている月嶋先輩に、陽向先輩は険しい表情でそう忠告すると身体の向きを反転させ、私へと急に視線を移す。
「……ね?そう思うでしょう?」
「えっあ……はい、時間を守るのは大切です」
咄嗟に声をかけられた私はハッと我に返り、はっきりしないような声でそう呟く。すると、月嶋先輩が軽い口調で「大丈夫、大丈夫ー」と言い陽向先輩の隣にそっと歩み寄った。
「ねぇ、あっちに行っちゃったあの子と一緒に、近くに街があるか偵察してきてくれないかな?」
口で筒を作り、陽向先輩にしか聞こえないようそっと耳元に囁く意地悪な顔の月嶋先輩。そんな月嶋先輩に耳と頬を僅かに赤らめて左右の指を交差させた陽向先輩は、コクリと一つ頷くと凛ちゃんの走っていた方向へ百合の花を掻き分けて小走りに去っていった。
去っていく陽向先輩、風に吹かれてローブが揺らいているその背中を見送り残った私はゆっくりと草の上に腰を下ろす月嶋先輩を不満そうにじーっと見つめる。
「この人は……みんなに愛されている。それぞれ貧困や孤独に苛まれていた、私たち三人に手を差し伸べてくれ……今となっては四人で各地を巡って」
暖かな風を感じて微笑みながら目を瞑る月嶋先輩。そんな姿を見つめながら、私は真剣な表情で淡々とそう告げる。
「沢山の人たちに愛のある人生は素晴らしいと教えを説き、苦しんでいる人には見返りのない救いを……みんな口を揃えて言うの……この人は、まるで女神だと」
……私が言葉を言い終えると、しばらく無音が続いた。風で靡く草花の音が僅かに体育館内へ響いている。座って遠くの空を見つめている月嶋先輩の後ろ姿を、私は何か言いたげな表情で立ち尽くしたまま動けない。
「……うん、よし!」
「…………ん?えっ、ちょ!」
急に大きな声を上げ、スクッと立ち上がって私の元へ駆け寄ってくる先輩。それに驚いた私は目を見開きながら身を縮めて構えるような体勢になり、走ってきた先輩にギュッと優しく両手で抱きしめられた。
「……はぁ、もう……アナタは、いつもそう甘えますね」
「だってぇ……えへへ、しばらく二人になれなかったから」
先輩に抱きしめられる中、私は身体に込められた力を緩めて呆れ顔を浮かべる。
先輩はニンマリしながら少し力を強めたから私と先輩の密着度が上がり、ステージ下にいる人たちからザワザワと何を言っているのかわからないくらいの声が聞こえてきた。
「……ほら、離れてください。こんな姿、他の人に見られてしまってはアナタも困るでしょう?」
「……うん、そうだね。私たちだけの内緒だから」
月嶋先輩は腕の力をそっと緩めると微動だにしない私から満足そうな顔で静かに距離をとる。
少しして、私が正面を向いている先輩を横切るように足を歩めると後から小走りで私のもとへと駆け寄り、私に並んで速度を落とし歩幅を合わせてくる。
私は顔色一つ変えずに先輩とこの百合畑を進んでいたのだが、ふとさっきの光景が頭に浮かんで不満げに口を開く。
「……さっき距離、すっごく近かったですよね」
「え……あぁ、あれか……ごめん」
「……」
ムスッとしたまま歩く私の顔を先輩は右から覗き込むようにして目を合わせながら謝罪する。
……別に私は元から怒っていたわけではなかったから先輩の言葉に何も返しはしなかった。先輩もそれを察したようでスッと姿勢を整えてニコッと微笑んだ。
そしてまたここで、私の心の中の台詞だ。
「……私は、何もかもを感じることが出来ない。楽しさや嬉しさ、それに……愛までも」
一人で心侘しく声をこもらせ気味に続ける。
「私には……心がないのだ。他人に愛されても愛し返す事ができない……心にあるのは、哀しさと孤独だけ」
私は今にも寂しさで涙が溢れ出てしまいそうな顔をし、声を震えさせて告げる。
「私は……もう」
「あなたには、いつもお世話になってるよね!」
消えそうな私の声をかき消して、明るく大きな声でそう私に声をかける顔を見せない月嶋先輩。
「あなたの寂しさは、わかってるよ……でも、そんなにいつも哀しそうな顔をしないで」
クルッと身体の向きを変え、私と向き合う先輩はなんとも言えない歪な笑顔を浮かべて続ける。
「人が寂しそうな顔をするのは、他の人にそれを気がついてもらうためなの……だから、どんな時も笑顔を忘れないで?」
その表情は、辛さと慈愛を足したかのよう。
「わからない?たとえ誰にも気付いてもらえなくても、あなたを作ってくれた神様が、わかってくれればいいんだよ!」
私はハッと目を丸くして月嶋先輩の瞳を見つめる。その青い瞳は、いつかのようにとても綺麗だった。
「……寂しさはさ、誰にでもあるんだから」
私の心を見透かしているかのような月嶋先輩、その言葉が言い終わると同時に私は声を出して泣きたくなった。
先輩と見つめあって拳をギュッと握り、震えるような声で小さく口を動かす。
「……いいえ、私は他人にわかって下さらなくても……神様に気づかれなかったとしてもいい」
「ただ……ただ、アナタさえ私の寂しさに気がついていてくれるのなら」
そんな私の声は全く先輩に届いていない。私に寄り添うよう微笑む先輩はそのまま何もせず、また私に背中を向けて足を進めてしまった。
「私は……きっと、アナタを愛しているのでしょう。私にはわからないけれど、きっと……この胸の中にはアナタを特別に思える何かが存在しているんです」
遠のいてゆく後ろ姿を、その場を動かずに哀しく眺めながら最後の台詞を言う。
「いつか……アナタを愛していると、強く感じたい」
ハッキリとそう告げた私は、先輩の後を追うようにステージから姿を消した。
第二幕 ――洗礼者の囁き
消えていた照明が二十秒程度の時間をおいて再び灯ると、そこには森の中にある小さな家……的なセットが広がっている。茶色い木でできた家の中には白いベッドが置かれ、そこの上に小さな少女が布団を被っており、それを必死に看病でもするかのように透子が母親の役として登場した。
「あっ、アナタが噂の……!どうか、この子を見てやってはくれませんか」
息を荒くして焦ったようにそう先輩に言う透子を、私と凛ちゃんと陽向先輩は「上手だなぁ」と感心しながら、月嶋先輩たちからは少し離れた所で見守っている。
「それでは、様子を見せてください……これは、これは」
「……なるほど、喉がいたいんだね。それに、腹痛……荒い呼吸。青白くなった顔」
先輩は周りに見えないよう布団を捲り、その中にいる少女を一人で観察した。何かを考えこんでいるかのような素振りでしばらく屈んでいた後、急に立ち上がっては何かを思いついたと言わんばかりに透子へと視線を送った。
「この子……今日の朝に電報をもらった時間辺りから、こんな様子なの?」
「えぇ……そうです、これでも回復した方なのです。昨日までは何ともなく元気だったんですけれど、突然全身が気持ち悪いと言い出し、今はこのような状態に……」
「……この子の服を脱がして、肌を私に見せてください」
真剣な顔をした月嶋先輩は、透子にそう呼びかける。それに一瞬ポカンとした透子だったがすぐに「わ、わかりました」と手馴れた手つきで布団の中の少女を上裸にさせる。
私たちはその様子をただ呆然と見つめ、月嶋先輩が一体何を考えているのか理解ができない。
月嶋先輩は少女の肌を見た途端に目を閉じながら大きくため息をついた。
「ふぅ……今日の朝食は、なんでしたか」
「ちょ、朝食……ですか?……えぇっと、街で買ったお米を炊き、ベーコンとくるみの……」
「あっ、それですね」
怒っているかのような声のトーンでそうハッキリと言う先輩。まるでもう確証を得たかのように迷いなき眼の先輩は、混乱している私たちに説明を始めた。
「「「「……?」」」」
「くるみは、強いアレルギー反応を起こすの。アナフィラキシーだって全然可能性があるくらいにね?……まぁ、くるみアレルギーだなんて多くある例でもないし……気がつかなくても仕方がないね」
私の中で先輩の行動が全て合致し、目を見開いて一歩前に出ながら口を開く。
「……あぁ、なるほど。だから肌を……蕁麻疹があるかどうか」
「そう、そういうこと。最近少し見かけられるようになってね?……うん、近いうちにまた大々的にくるみはアレルギー注意ってなるんじゃないかな」
先輩は顔色一つ変えずに私たちを見渡しながら続ける。
「だから、アレルギーの薬をあげるね……えっと、そう。これこれ……」
何も言わずに持っていたカバンの中から取り出した薬を差し出す陽向先輩に、月嶋先輩は軽くペコッとお礼をして薬を受け取る。
「朝夕の一日二個、すぐに症状がよくなると思うよ!でも、治ったように見えても薬は少し続けてね」
人差し指をピンッと天井へ立てて淡々と話す先輩を、不安げに両手を組んで祈るようなポーズをしていた透子が顔をパァッと輝かせ、衝動のままに月嶋先輩へと駆け寄った。
「……あ、ありがとうございます!アレルギーだったのですね……私、気がつかなくて。本当に、ありがとうございます」
月嶋先輩の右手をガッチリと握り、深々と頭を下げて薬を受け取った透子は安堵によって膝から崩れ落ち、目から少しばかりの涙を流して口元を両手で覆い隠した。
月嶋先輩は透子へそっと近づくと、頭に手をポンッと置き優しく数回撫でた。
「早く知らせてくれてよかった、そのおかげでこの子もすぐ楽になる……アナタは、悪くないよ」
優しく寄り添うその言葉に透子は顔を上げ、先輩を潤んだ瞳で見つめる。
しばらく無言で見つめ合っていた二人だったが、次第に透子の頬がほんのりと赤らんでいく事に私は気が付き、バッと目を逸らした。
「……なんだろう、わかっていても胸の中ではモヤモヤする。先輩は私以外に心からの愛を与えはしない……そうわかっていても、目を背けたくなる」
見つめ合う二人と、それを頑なに見ようとせず、地面を睨みつけながら歯を食いしばる私。
「アナタは、どんな人にもこの上なく優しい……だから、沢山の人から色々な愛を受けている。これは……そう、嫉妬だ。悪いことなのはわかっている、アナタに悟らせる訳にはいかないのです」
みんなから顔を隠して細い声でそう呟く私。
「……不愉快だわ」
私は隣にいる陽向先輩が何かボソッと呟いたような気がしたため「何か言いました?」と横から顔を見上げるように尋ねた。しかし陽向先輩は何も答えず、ただ腕を組んで月嶋先輩の方を無表情に見ている。
気のせいだったのだろう。
そう思って私は陽向先輩から視線を移動させたが、その際に陽向先輩が嫉妬に狂った恐ろしい表情をしていた事を私は見逃していた。
ふと辺りを見渡すと、今まで居たはずの凛ちゃんの姿がない。私は先輩たちに「ちょっとそこまで」と声をかけてその家を飛び出した。その際、誰も私のことを見ていなかったから、もしかしたらまた「あの子が居ない」なんて状況になるかもしれない。
私は足早に夕暮れの森奥へと走って行った。
「おーい、どこに行ったの!私が心配してるよぉ!」
赤く染った空の下で手を筒にし、暗い森のできる限り遠くに響き渡るよう凛ちゃんへ呼びかける。
しかしいくら歩き回ってもその姿はなく、それどころか動物一匹見当たらない。
静かなる静寂が私に纏わりついていて、次第に私は不安ともどかしさで呼吸が荒くなる。
「おーい、ほんとに何処へ行ったの!お願いだからでてきて……」
「なーんか、気になるんだよねぇ」
「っぎゃぁぁぁあ!!……はぁ、はぁ……何してんの!」
突然草むらからヒョコッと頭を出して驚かしてきた凛ちゃんに、私は身体を浮かしながら全力で叫んだ。
自分の胸辺りの布をがっしりと鷲掴み目を丸くしている私に対して、凛ちゃんはその悲鳴を間近で聞いたのにも関わらず、顔色ひとつ変えないでノソッと草むらから姿を現す。
「いやー……ほら、あの人たちってさ?……距離、近くない?」
あの人たち……あぁ、陽向先輩と月嶋先輩か。
確かに、私も凛ちゃんの言う通り以前から距離が近いな……とは思っていた。でもあの距離が近いというのなら、私と月嶋先輩はどうなってしまうのか。
それらを理由に私は目を逸らし、裏返り気味の声で力なく答える。
「いやぁ、そんなことない……んじゃないかな?」
そんな私を下からじっと睨みつけるかのように見ていた凛ちゃん。まるで疑問が晴れたかのようにニヤッと笑みを浮かべたかと思うと、ニタニタとしながら気味の悪い声で囁いてくる。
「付き合うとか……絶対だめなのにね?」
付き合う、その言葉に私は何故かドキッとして耳を立てた。私は笑顔を取り繕ってニヤける凛ちゃんに問う。
「……えっと、それはどうして?」
「だってさ……救ってくれた人、救われた人という関係が対等なわけないよねぇー?それにさぁ……そもそも女の子同士だよ?」
……正論だ、何もかも。
凛ちゃんの、何もかもわかっている上で話しているかのような悪い笑顔……その姿はまるで蛇だ。
「……ん、あれ?黙っちゃって……どーかした?」
「い、いや……別に?」
手を後ろで組む凛ちゃんが私に歩み寄ってきて、顔をのぞき込むような体勢で嘲笑する。
私のオドオドした返事を聞いて満足気な凛ちゃんは、姿勢を正しながら話を再開する。
「んで、話戻すんだけどさぁ?私……みたんだよね」
その場に立ち尽くす私に背を向け、手のひらを上にして左右に「やれやれ」のポーズをとる凛ちゃん。
いやらしいその口から放たれた一言に、私は丸くして肩を震えさせることになる。
「あの二人が……キスしてる所」
「……え?」
もう日が半分以上沈んでしまったこの場で、衝撃のあまり硬直する私を春風が馬鹿にするかのように頬を撫でてきた。
風に靡く私と凛ちゃんの髪以外の全てが静止したこの空間で、照明が目を背けるかのように光を段々と落としていく。
第三幕 ――故に、訴えた
再び小屋のステージセットへと場面が切り替わり、青紫のスポットライトが全体をほんのり照らす。
もう黄昏時と夜の狭間くらいの空へとなった今、凛ちゃんを連れて戻ってきた私の顔には明らかな不安に覆われていた。
先輩のことは……信じてる、信じているけれど。
私はどこかで凛ちゃんの言った内容を疑いきれないと気がついているんだ、だからこんなにも心が苦しい。
……否定、しなくちゃ。
「あれ、窓から中が覗ける……?……え、あ……」
周囲が暗くなったことにより小屋内部の様子を外から確認することができたから、私はバレないようにそっと中をのぞき込む。
その光景を、見てしまった。
目を疑った、信じたくなかった。
膝から地面に崩れ落ち、冷たい涙を頬に伝らせる。そんな私の顔を心配そうな顔で覗き込んでくる凛ちゃんに、私は何の反応もできやしない。
「……ね?やっぱり」
「……なんで、なんであの二人……キス、してるの」
窓から私がみた景色、それは椅子に腰かけている陽向
先輩に……。
月嶋先輩が口付けしている後ろ姿だった。
膝立ちしている私は力んだ手で顔を掴み、全身をフルフルとさせてボソボソと呟いている。
胸よりも深く、心のある位置。黒くてドロドロとした液体が私の全てを覆い尽くすかのように溢れ湧いてくる。
「あ……あっ、こ……この感情は、何?……私、嫉妬?」
今までとは違う、少しも心地よくない感情。
胸の奥がぐちゃぐちゃにかき混ぜられて、すごく気分が悪い。
「……吐きそうだ」
顔を俯けながら、私は乱暴な走り方で小屋を離れていく。
そんな様子を満足気に眺める凛ちゃん。
顔をパッと両手で叩き、ニヤけた表情を元に戻した凛ちゃんは、堂々と扉を開いて先輩方の方へ当たり前のように歩いてゆく。
「うーん……やっぱり、熱じゃなくて脱水かなぁ」
「はぁ……はぁ、そう。自己管理ができていなくて、ごめんなさい」
顔色が悪く息を荒らげている陽向先輩に自分のおでこを密着させる月嶋先輩、その様子を確認した凛ちゃんはキスでなかった事を知っていたと言わんばかりにそっと声をかける。
「今戻りました……外にテントがありますので、そちらへどうぞ」
「あっ、戻ってたんだね……よし、じゃあそこまで移動しようか。では、失礼します」
荷物を持ち扉へと向かう三人に、透子は深々と頭を下げながら、はっきりと大きな声でお礼を述べる。
「えぇ、本っ当に……ありがとうございました」
透子に見送られる中、先頭を行く凛ちゃんの後を追うように月嶋先輩は陽向先輩の手を取って森へと消えていった。
月嶋先輩がふと「あれ、あの子は?」と辺りを心配そうに見渡すのに対し、凛ちゃんは「さぁ?」と適当に済ませる。
そんな彼女たちを隠すかのように、舞台の赤いカーテンが再び閉じようと中央に向かって迫っていき、蝋を無くした火のごとく照明が消える。
「……して、私はここへと来たのです」
カーテンを押しのけるようにして姿を現しスポットライトへ当たる私。
「今夜……私は、あの人を、きっと殺します」
姿勢を正し、再び真っ直ぐ正面を見つめる私は決意の籠った声で淡々と語る。
「あなた方不信心者にも都合がよろしいでしょう……はい、ですので、私があの人を亡き者へした際に、後処理をして頂きたいのです」
もはや私の眼には少しの迷いなんてなく、ただ……憎い。こんな目にしたあの人を復讐したいと強く願う。
全く声色を変えず、予めこう話すと決めていたかのように言葉を続ける。
「私とて、まだ牢に入れられるには若い。大丈夫、きっと私は……やりますから。嫉妬とは恐ろしいものです。恋人と別れれば、その交際相手が憎しみの対象になり、不幸を願うように……今までの考えを全て塗り替えてしまう」
ふと、私は目を見開いて首を傾げた。
「そのお金は……?銀貨三十、私にくださるのですか、それはそれは……」
頬杖をつき、少し唸り声をあげた後に険しい表情で口を開く。
「いや、お断りします。お金が欲しくて訴えかけたわけではないのですから……いや、ごめんなさい。やっぱり頂きます」
表情を緩めて何かを丁寧に受け取るかのような動作をしながら話す。
「人間は、欲の塊……私だってただの人間ですから。それに、人の命には銀貨三十の価値しかないという皮肉にもなります……はい、ありがとうございます」
無理やり繕ったかのような笑顔で、私は嘲笑するかのような口調で淡々と誰に対してかもわからない愚痴をこぼす。
「こんな風にあの人をバカにできる……やはり、私はあの人を愛してはいなかった。えぇと……では、もう行きます」
身体の向きをグルっと変えて、カーテン同士の狭間を手で広げながらその場を去ろうと足を動かす。
もう背中しか見えていないような状況で、私はピタッと足を止めて顔を斜め上に向けた。
「……あぁ、申し遅れましたね」
……私の名は。




