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表題は私に咲く  作者: kurage.kk
第二演目
14/17

君の隣にいたいから。


――アタシには、憧れの人がいる。


 その人は自分の意見も言えずに弱くて孤立している子へ声をかけ、さもそんなことは気にしないと笑顔で接してくれるんだ。


 彼女は根っからの意地っ張りで……虐めを絶対に許さない。正義感溢れた意思の強い、まるでヒーローのような子。

 ……アタシは救われたから、彼女に。


「ねぇあまみや、重いから荷物もってよ」

「じゃあ、反対の手でおれのも持て」

「……え、でっでも……私も手がふさがって」

 小学生の頃のアタシは内気で、自分の思ったことすらハッキリ言えない冴えない子。

「ねぇ!はやくもてよ、バカミヤ」

「い、いたいっ!持つから、 ……た、叩かないで」

 アタシは……いわゆる、いじめられっ子。

 理不尽にぶたれ、放課後は皆のランドセルを持たされ、掃除ではアタシだけ机を直してもらえず、給食当番の時は誰もアタシの席に配膳しない。

 アタシが触ったものは「汚い、バイ菌がついた」と避けられ、教師もクラスで行われている虐めを「天宮さんの気のせいだ」と見て見ぬふり。クラスでうるさい十人くらいが毎時間のように嫌がらせをしてきて、他のみんなもアタシを笑っている……そんな小学校生活を六年間過ごした。


 鍵が開けっ放しにされている家に帰ると、今度はお母さんと知らないおじさんの喘ぎ声がリビングから聞こえてくる。

 毎月のように変わる、聞いたことないおじさんの声はアタシを安心させてくれるから少し好きだった。だって、おじさんの前に出ていくとお母さんが怒るから、アタシは一人で過ごせる、お母さんに叩かれない。

 おじさんがいなくなる夜の十時頃まで二階の廊下に蹲り、ただ一つ幼い頃にお父さんから貰った黒いクマのぬいぐるみを抱えて時間をつぶす。

「今日はね、きゅうしょくで魚さんがでたの。みんなはおいしそうに食べてたよ」

 ぬいぐるみに微笑みながら話しかけ、いつもその一日の嬉しかったことを共有する。アタシにとっては全く退屈なんかじゃない、唯一アタシの話を真正面から聞いてくれるこの子と過ごす時間は、生きている中で一番有意義に感じられた。


 その後は煙とアルコールの匂いで満ちた部屋で二人分の夕食をつくる。そしてお風呂を洗い、洗濯物をたたんで眠りにつく……そんな毎日。

 でも……お母さんの事は好きだった、いつも色々教えてくれて、優しいから。

「ねぇ……君、お母さんがいつも何してるのか知りたいかい?」

 ある日、お母さんがいない間に家でくつろいでいた新しいおじさんがアタシへそんなことを聞いてきた。当時まだ小五だったから、知る余地もない行為。アタシは大好きだったお母さんの事を知りたくて……「うん」なんて答えたんだ。

 その時の記憶は鮮明に覚えている。そのおじさんは目の色を変えて薄気味悪くニタァッと笑うと、アタシの腕を強引にひっぱりソファへと押し倒した。

 おじさんは全身を舐めまわすように見つめた後呼吸を荒くして、混乱しているアタシの服を脱がし始める。

「な、なにしてるの?……だめなことでしょ、これ。いや……いやだ」

 大人に力で勝てるはずもない、抵抗する間もなく私は全裸にさせられた。

「はぁ…はぁ……ねぇ、大丈夫……大丈夫だから」

「いや……なにするの?やめて……いやだいやだいやだ!」

 何をするのかはわからないけれど、おじさんの目を見ればすぐに悪い状況だと直感でわかる。恐怖と困惑で動けないアタシ、その目の前でズボンを脱ごうとカチャカチャしているおじさん。

「いやぁ……だれか」

「ただい……ちょ、アナタ何してるの!」

 ただ、運が良かった。

 丁度帰宅したお母さんの目に飛び込んだのはこんなのでも唯一の娘であるアタシと、出会って一週間程度の髭を生やしたお母さんの彼氏が全裸で組み合っている姿。

 流石にお母さんの逆鱗に触れたらしく、それ以来あのおじさんを再び見ることはなかった。

 ……それ以来、お母さんはアタシに今までとは比にならないくらい優しくなった。男を連れ込むことをやめ、毎日仕事から帰ってきたらコミュニケーションをとる。痛い思いをすることもない。

 私は、家が好きになれた……けど、もうあのぬいぐるみと対話をすることもなくなった。


「天宮さぁ、なんか調子乗ってね?」

 でも、学校ではそう上手くいかない。今までは自分の意見を言えないのが原因で責められていたのだと思い、中学校に入ってからはインターネットや漫画アニメで培ったオープンな性格に変えようと努力したのだけれど……それがみんなにとっては気に食わなかったのだろう、同じ小学校だった人達がアタシに寄ってたかって小突き回すから、新しく同じクラスになった人たちもアタシを自然と避けた。

「ご、ごめん……!そういうつもりじゃないんだけど」

 アタシは苦笑を浮かべて手をワタワタと左右に振る。

「……ねぇ、ちょっと着いてきなよ」

 親には相談できなかった。今思えば、お母さんとの関係がまた悪くなる事を恐れていたのかもしれない。

「え、急に何で……」

「いいからいいから!ほら、行くよ」

 その時は結局トイレに連れ込まれて外側から鍵をかけられ、そのままホースで水を全身にかけられて靴下を便器に流された。アタシの顔には、笑顔の「え」の字もない。


 ……お母さんには申し訳ないけれど、アタシは本気で死のうと思ってしまっていた。目からは光が消え、食欲もなく身体がゲッソリと痩せ細ったアタシは校舎の屋上、無意識に校庭側の柵へと手を伸ばし……足を引っ掛けようとしていたのだから、驚きだ。

「ねぇ、やめなよ」

 バランスを崩す体勢になる直前、ふと背中で感じたその寂しそうな声を機に、アタシは我に返って自分の行動に目を疑った。全身冷や汗塗れになりながらも身体を生きる世界へと引き戻し、あまりの恐怖で膝から崩れ落ちる。

「天宮さん……だよね?私は隣のクラスの星乃、星乃明音!よろしくね」

 状況をあまりにも軽く見ているかのようなその無邪気な顔、アタシは目を点にして呆然としている。……え、自殺しようとしていた人に向かって勝手に自己紹介始めた……え、怖……ヤバい子なのかな。

「……え、え?なんでアタシの名前知って」

「……?いや、見ればわかるよ。たまに廊下ですれ違ってたし……それに、名札付けてるじゃん」

 そう言ってクスッと笑う星乃さんは、アタシへと手を差し伸べてくれた。そう……その、その瞬間が、今のアタシを作っている。こんなアタシを生かせてくれた、彼女にとっては小さな人生のひとピースかもしれないけれど、アタシにとっては大きな事。何があったのかはわからないけれど……中三になる少し前、別人のように変わってしまった彼女。例え面影がなくても、アタシは彼女に救われたんだ……明音、あなたはいつでも。


――アタシのヒーロー。


 絶対に、あなたを不幸になんてしない。



「スカーフも買えたし、必要なものもあと少しって所ね……それにしても」

 さいたま新都心、ココーンシティの中にある服屋から抜けた私たち四人は衣装の装飾を買うために別のフロアへと向かっている。凛は相変わらずご機嫌で、明音はヘッドホンをつけて死んだ目をしている。

 陽向先輩は月嶋先輩の事を訝しんで、大きくため息をついた。

「……大っ嫌い……大、嫌い」

「こんなに使い物にならない恵美、初めて見たわ」

 テストで赤点量産したかのような落ち込み具合の月嶋先輩に変わって、陽向先輩が駅からずっと先陣をきってくれている今、アタシはどうもソワソワしていて落ち着かない……そんな状況が続いていた。


「ほら、恵美……これなんてどうかしら」

「……」

 陽向先輩が手にしたのは月の形の小さなネックレス、月嶋先輩は上の空で全く頭に入っていない。

「……はぁ、恵美!きいてる?」

「……え?あ、ごめん……なんだっけ」

 月嶋先輩の今までにないほど苦しそうな取り繕った笑顔を見て、陽向先輩はとても哀しそうな表情を浮かべた。

「明音ちゃーん、これ!可愛くない?明音ちゃんのキャラクターにすっごく似合うと思うよー?」

「……うん、いいね」

 なんとなく外の音が聞こえているのであろう明音は、その星型のイヤリングを睨みつけるように一瞥した後に「どうでもいいよ」と言わんばかりの声で低く賛同する。凛は……らしくないが周りのことが見えていないのだろう、その反応を特に気に停めている様子もない。

 その後しばらく明音はヘッドホンを耳から外して首にかけ、何か考えるような仕草をとっていたが、アタシには明音が何を考えているのかなんてわかるはずもない。

「……私、帰る」

「「「え?」」」

 だから、突如そう言い放った明音にアタシは戸惑いを隠せない。

「星乃さん?帰るってどういう」

 唐突に告げられたその言葉に、聞いていなかった月嶋先輩以外はとても困惑していた。

「いや、ここからうちの近所までバス一本なんですよ、それに……もう、アクセサリーとかどうでもいいので」

 明音は当たり前のように淡々とそう言いスマホをポケットから取り出す。そんな様子に、我に返った陽向先輩は眉をピクっと反応させたかと思うと、苛立ちを顕にした。

「……ちょっと、自分勝手すぎじゃないかしら?」

「そ、そうだぞ?明音……今までずっと練習してきたんだから、完璧にするためにこういう所も入念にしないと」

 私も明音に考え直せと追い打ちをかけるが、既に明音の決心は決まっていたのだろう。

「そもそも……劇とか、何のためになるんですか?」

「……今、なんて言ったの?」

 明音は「聞こえなかったんですか?」と表情を殺したまま首を横に傾ける。嫌味なんてものは無い、単純な疑問を持っただけの様子が不気味さを醸し出す。

「こんなちっぽけな学校の……文化祭でもない小さなイベント……別にいいでしょ」

 拳を握りしめ、フルフルとさせている陽向先輩をチラッと見た後、まずいと思って言葉を絞り出す。

「お、おい……明音?……てか、凛!お前も何か」

「じゃあ私が明音ちゃんのアクセサリー、決めてもいー?」

 アタシと陽向先輩は一斉に凛の方を振り返って目を丸くした。

 ……え、は?なんて……え?

「うん、ありがとう」

「いや、ちょ……待て!明音!」

 スマホを片手に首から音楽を垂れ流した明音はアタシ達に背を向けて、颯爽と屋外へ向かっていく。アタシはその腕を取りに行くこともできずに、手を振る凛と明音の背中を陽向先輩と共にただ見つめることしかできなかった。

「……おい、凛!何追い打ちかけてんだ!」

「はぁ?何言ってんの透子。明音ちゃんが帰りたいなら、好きに帰らせてあげればいいじゃん。月嶋先輩にあんな事言って精神的に疲れてるだろうし、アクセだってつけないわけじゃあないんだからさぁ」

「そういう話じゃねぇだろ!……って、は?今なんて」

「……ん?なに」

 アタシは凛の言葉に含まれたその事実に気が付いて目を丸くする。凛ちゃんはアタシが事に確証を持ったのに気が付き、ニヤッとずるい笑みを浮かべた。

 まぁ……そうだよな、知ってたよ……あぁ。

 心臓の音が次第に加速していき、頭にドクンと響いて痛い。それを抑えるようにアタシは自分の胸に手を当てて目を瞑り呼吸を整えようとする。

「……凛」

 動機がして震える足を無理やり固定し、小さくつぶやくように俯いて言う。

「だからぁ……な、に?」

「ちょっと来い」

 アタシが上からものを言う事に対して顔をしかめる凛。

「はぁ?なんで私が……」

「いいから来い!」

 凛はビクッと身体を震わせたかと思うと、不貞腐れたような顔で大人しく一度頷いた。

「恵美ー、えーみー?全く……シャキッとしなさい」

「うん……ごめん……生きてて、ごめん」

 先輩方を置いて、アタシは凛を引き連れて自動ドアをくぐった。



 施設の二館と三館を挟むように位置している広場のような場所、そこでアタシ達は向かい合うように立ち五歩分くらいの距離を保ちながら目を合わせあっていた。

「でぇ?こんな所まで連れ出して……なに?」

 アタシは顔を俯きながら一歩、一歩とギリギリ手の届かない距離まで凛に近づく。

「自分で……」


――バシッ!


「考えろ」

 アタシが身を入れて凛の胸に放った一発の左ストレートを、凛は表情一つ変えずに片手で素早く受け止めた。凛と私の髪が風圧で揺れるくらいには勢いのあるパンチだ。

「……は?」

 凛は眉を寄せ、目を見開きながら指先まで力を行き渡らせた。アタシは拳を突きつけたまま下から睨みつけてただ無言でじっとしている。

「なに……してくれてんのかなぁ?」

「ふざけんなよ、お前……わかってんだろ」

 そう言ってアタシは拳を引くと同時に右足で頭部目掛け蹴りを回す。呆然としたまま左腕を立てて蹴りを受け止める凛は想像よりも衝撃が大きかったのか、顔を顰めたかと思うと手を振動させて脱力させた。

「いっ……テメェ!」

 凛が足を踏み入れてアタシの懐に入り込もうとしてきた所を、アタシは問答無用に肘を立てて凛の背中を打ち抜く。

「ぐふっ……いっ、チッ」

 重心を落としているのをいい事に、凛は身体を捩らせてアタシの膝目掛け蹴りを入れたかと思うと、バランスが崩れたアタシの下腹を突き上げるように殴った。一瞬吐き気のようなものが頭によぎったが……今のアタシを覚ますほどの理由にはならない。

 凛はアタシが怯んだすきに距離を空けて、荒くなった呼吸をこの空間内に響かせる。

「この……フィジカルモンスターが……」

 いつもとは人が変わったような目つきと声色で、口元を拭いながら睨みつけてくるその鋭い目。アタシは体勢を整えて向き直き、口を開いた。

「……謝れよ」

「はぁ?何言ってんの……冗談じゃない!第一、透子がどーこー口出すなよ!」

 怒鳴り散らす凛に、アタシもムッとなって声を大にして言い争う。

「凛……自分が何してんのかわかってんのかよ!」

「関係ぇないでしょ!」

「あるんだよ!」

 お互いに必要以上声を出して相手を威嚇するように続ける。

「……らしくないなぁ透子、いつも周りばっかりで自分の意見すらまともに言えないくせにさぁ」

「アタシだって……声を上げたい時くらいある」

 凛は「はっ」と嘲笑して頭を横に振る。

「……うん、あぁそうだよ?明音と月嶋先輩を離れさせようと嘘ついた……だからぁ?何」

 凛はポケットに手を突っ込んで見下すようにそう告げる。

「……なんか不味いの?それ」

 互いにもう呼吸は整っていて、いかにも一触即発。

「明音と一緒にいられる……それでいいじゃん、何が嫌なの」

 ……冷酷だ。

「……アタシはさぁ、昔……虐められてて。人生なんて……だとか、死にたい……だとか思ってたんだよ。でも、明音が自分の生きたいように生きればいいって手を差し伸べてくれたんだ」

 アタシは視線を落として忘れもしない過去の記憶を振り返る。

「はぁ?何、急に自分語り?」

「自分の恩師が目の前で酷いことになってんのに……目を瞑っていられるかよ!」

 アタシは真っ直ぐ凛に向き直り、拳に力を込め直した。

「私は……自分の大切なものを守る為なら……」

 足を踏み込んで自分の顎を狙い、体勢を低くして真っ直ぐ飛び込んでくる。

「何がなんでも、手に入れようとする人間なの!」

 瞬きする間に殴られてしまいそうな程のスピードの彼女を、アタシは身を引いて拳を外へ受け流しながら反対の手で横腹を狙う。

「凛、お前は何がしたいんだよ!」

 その拳は見事に横腹に入り、一気に状況を変えた。

「うっ……透子なんかに、わかるわけない!」

 アタシが隙を作らないよう続けざまに拳と蹴りを流れるように打ち込み続ける。凛は受け止める程の余力も残っていないのか、ただ受け流すので精一杯といったところだ。

「迫害されていた自分を受け入れてくれた人間の大切さがぁ!」

 それでも、自分の意見を言い続ける……たった今、また凛の腹に拳がめり込んだ。

「アタシは違うのかよ!」

 もはや一方的な暴力、アタシの止まる気配のない暴力を前に、凛は歯を食いしばって受けの体勢に入った。

「凛にとって……アタシは違うのかよ」

 そんな凛を見かねて、アタシは重い蹴りを左腕目掛けて一発いれる。その衝撃で「ゴスッ」という音が鳴り響いたと同時に、アタシは全身の気を抜いた。

「……なぁ、お前は何がしたいんだ?」

 二人とも呼吸が荒い。左腕を抑えて蹲る凛を見つめながら、アタシは問いかける。

「私は……明音と透子と、三人でいたいの!三人で遊んで、三人で話して……誰も欠けない日々を!」

 涙を目に浮かべながらそう怒鳴る凛。

「だから……だから!月嶋先輩が明音の事を奪う!明音を心変わりさせる!」

 そんな様子は、まるで駄々をこねる子供だった。

「私の事なんて……見てくれなくなる」

 そう呟くと一気に静まり返る凛に、アタシは五秒ほど無音を感じてから哀れむような表情で小さく声をかけた。

「明音は……そんな奴じゃねぇだろ」

 アタシの言葉に凛は目を見開いた。フルフルと身体を震わせ、そんな事すら気づけなかった自分に驚きを隠せない様子。

 ……人は、恋をすると周りが見えなくなってしまうという。でも、それは「恋」だけじゃない……大切な物を見つけると、人は道を踏み違えてしまうんだ。

「それに……あんな明音を見てもそれでいい、なんて言えるのか?三人でいたいってのに、アタシとはやり合ってんのか?」

 凛は腕を抑えたまま膝から崩れ落ち、アタシの事を情けない……疲れきった顔で見上げた。

「凛……頭冷やせよ。お前がやってることは……間違いじゃねぇのか?」

「……ははっ、いやぁ………………はは」

 お互いのピリついていた空気の中に笑い声が浮かぶ。

 シリアスな空気を切り裂くように凛は突然弱々しく笑いだしたかと思うと、場を繋ぐよう無理やり笑顔を取り繕った。

「……本当、私って馬鹿だなぁ…………ホントに」

 そんな凛の様子に、アタシはホッと息を着いて微笑を浮かべる。

「あぁ……大馬鹿だよ」

 アタシが屈んで手を差し伸べると、凛はそれをじっと見た後にグッと掴み身体をよろけさせながら立ち上がった。

「あーあ……痛かったなぁ?」

「わりぃわりぃ……これしか思いつかなかったんだわ」

 汚れた制服の腰周りをパンパンと叩く凛に、アタシは突如真剣な面持ちになり低い声で伝えた。

「呼び止めてこい……今なら、まだバスは来てない」

 その言葉にはっとした凛は大きく頷いたかと思うと、交差点の方向へ迷いなく駆け出していった。

「……はぁ、全く……疲れたな」

 アタシはその背中が建物の影に隠れたのを見届けると、先輩達のいるはずであろうさっきの場所に向かって足を進めた。

 ……なぁ、明音……やっぱアタシに親友ポジは荷が重いや。

「……けどさ、不思議なくらいに……嬉しいんだよ」



 私はいつも選択を誤る、手にしたいものが大きいほど。今回もそう……振り返ってみると自滅の道だったのかもしれない、人間不信になった明音ちゃんはきっと今まで通りの関係を保つことはできない。

「……何で、どーしてこんなことっ」

 私が自分を表現しようとすると、そのアイデンティティは多数の人間に否定され……孤立した。私は、一人じゃあ正解を選べない。

「時間が……もう、あと見積もって八分程度しか」

 タイミングよく青に変わった信号の下を走り抜け、遊園地みたいに人が満ち溢れているバスターミナルへ向かう。透子にやられた所……特に左腕が痛い、身体のそこらじゅうがズキズキする。けど、この痛みが私に事の重大さを教えてくれたんだ。

「このまま明音ちゃんが帰ったら……」

 汚いフォームで我武者羅に走った先、到底一人の人間を探し出すのなんて不可能であろう人数のいる目的地へと辿り着いた。

「……もう、二度と引き返せない。……あかねちゃーん!おぉーい、帰らないでぇー!」

 手で筒を作って遠くにそう呼びかけるが、沢山の会話に埋もれた私の声では明音ちゃんの耳に届く可能性が気薄すぎる。

「んもぅ!なんでこんな時に限って人が……」

 そんな私の耳に一つ鮮明に聞こえた音があり、私はそっちに注意を惹かれる。


――すぐ近くから聞こえる、アコースティックの音。


 私の目が捉えたのはアコースティックギターを手にマイクへ向かって歌っている、路上ライブをした男性の姿。私は目を見開き、それを見つめて少し全身を硬直させた後にひとつの可能性を導き出した。

「あっ……さっきヘッドホンを取っていたし……もしかしたら可能性がある、かも」

 ……でも、当たり前だけれど今の私には楽器がないし、生声で歌うには声量が足りない。

「……仕方ないなぁ」

 私は数秒腕を組んで頭を悩ませたが、その納得のいかないし面倒でしかたがない案を、とりあえずダメ元で試してみることにした。

 私はスマホを取り出して素早く連絡先の中から特定の人物を選択し、一秒間躊躇した後に諦めて通話をかける。

 ……四コールくらいした時だろうか、突如コール音がなり止んだかと思うとスマホの向こうから「はーい」と気の抜けた声が聞こえてきた。

「……もしもし、心優?」

「め、珍しいわね。河西さんから電話だなんて」

「まぁ、すっごく気に食わないけどね?」

 一か八か、都合のよい展開を期待して心優に電話した。本来なら声を聞くだけでも顔を顰めたくなるのに、今は焦りと不安でそれどころじゃない。

「ねぇ、今から三分以内に私のアコギ持って新都心来れる?」

「……え、はぁ!?……な、何言ってるの?流石に無理があるわよ」

 耳が痛くなるような声量でそういう心優に眉をひそめた私は「やっぱり無理だった」という文字に頭を支配されて、もはや会話するための脳のキャパシティなど残っていない。

「……そう、だよね」

「ちょっ千晶、後にして!……えっと、今私はバンドの皆と学校近くのファミレスにいるのよ。だからい」

「わかったありがとじゃあね」

「えっ、あっちょ!」

――ディロンッ。

 ……さて、どうしたものか。

 頭を真っ白にしながらも辺りを見渡す私は、刻刻と迫るタイムリミットに冷や汗が止まらない。なんだか全身の痛みの強さも増してきたような気もするし……私が言うのもあれだけど、今の状況は最悪だ。

「……楽器、楽器……どこかに楽器はぁ……少しだけでいーのにぃ!どこかに……どこか、どこかに……あれ」

 そういえば、あるじゃん……目の前に楽器が。何故気が付かなかったんだろう、いつも私はこんなだ。

 思い立ったが即行動、私は人の合間を縫ってその音の方向へと素早く駆け出した。

「このっせかぁーいぃは、まるぅで……っておい!何してんだよ君」

「ちょっと借りるだけだからいーじゃん!黙って聞いてて!」

 私は路上ライブしていた人からギターを奪い取り、持ち主を押しのけるようにして私がマイクの前に立った。

「おい、警察呼ぶぞ!ガキがなめんなよ!」

「はぁ?そもそもここ、路上ライブ禁止なんですけどぉ?てか、ガキじゃないし」

 うっと声を漏らしてたじろいだその人を尻目に、私はマイクの高さを調整して三フレットに付いていたカポを二フレットに移動させ、ピックの代わりに一円玉を手に取る。

 明音ちゃんの注意を引く事ができて、周りの人達に妨害されないくらいのクオリティを出せる曲……あれしかない。

 私が中学校の屋上で、ただ一人奏で続けた歌。それなりに弾いていたから、今でも手が覚えてる。

「すぅーっ、はぁ……ふぅ」

 多くの人がライブを強奪した私に目を向けている。自分にも緊張なんてものがあるのかと認識させられるほどに、私は手元がブレつくのを感じていた……でも、こんなもの明音ちゃんの為なら……どうって事ない。

「…アタシがぁ、愛を語るのならぁ」

 マイクに向かって優しく歌いかけると同時に、十六分音符のリズムでカッティングを始めた。

 このターミナル内に鳴り響く私の歌声とギターの音色、それはさらに多くの人の意識を集めると同時に道行く人々の足を止める。

 もうギターは辞めたつもりだったのに……音楽は伸び伸びと空気を照らして、私の胸奥を曝け出す。

――お願い、明音ちゃん……この声、届いて。



  空が綺麗だ、キャンバスに塗り広げたかのような青い絵の具の中に大きく反り立つ一つの入道雲。

 梅雨の数少ない空気がサラッとした快晴、まるで去年の八月のように思える。今日一日を通して変わらない空、それを私は無表情に見つめていた。

 私は、今何に対して失望しているのだろう。

 失望……それは、期待してしまうから感じるものだ。つまり、私は何かに期待していたんだろう。具体的にはわからない、誰に、何故、いつから……ただ「特別」を感じようと藻掻いていただけなのかもしれないけど。

 バスターミナルの一番、列のかなり先頭。周りにはスーツを着た背の高い男性や少し年上くらいのネイルをした女子高生などで溢れかえっている。スマホを取り出して画面に移る時計を見ると、もう皆と別れてから二十分程度たっている……そろそろバスが来る頃だろう。

 あぁ……早く帰りたいなぁ。

 透き通るような青い青い空を見上げて目を細め、頬を撫でる風にそっと身体を預けていた。

「でさぁ、その時彼が……」

「えぇ?ヤバすぎでしょそれ!」

 周りの声がうるさい、聞きたくもないような会話の内容が耳に飛び込んできて頭を揺らす。そういえば、さっきからボーっとしていて気が付かなかったけど……以外と人が多い。

 不意に我に返った私は瞳に光を取り戻し、改めて辺りを見渡した。

「あれ……私なんでここに……」

 なぜ一人で帰ろうとしているのか……考えても詳細は霧に覆われてしまってわからない。ただ、私はもうここに居なくてもいいやと感じていた。

「はぁ……周りの雑音が多いし、ヘッドホンしよ」

 思考を投げ捨てて首にかかったヘッドホンに手を持っていく。目を閉じて耳を塞ぎ、外の世界の事なんて気にもせずに音楽を感じる……それが、一番だ。

 その時だった、音が私の脳まではっきりと届いたのは。

「アタシがぁ、愛を語るのならぁ……」

「……え?」

 聞き覚えのあるその曲に、私は目を見開いてその場に硬直した。街中で好きな曲な流れ出したら、ついつい意識してしまうものだ……私の好きな曲。

 ギターの音もある、原曲とは違うけれど。あれ……さっきまでの曲からは想像もつかないようなジャンルの切り替わりだな……でも、まぁ……私には関係ないか。

 頭の中には確かに「興味無い」という文字がはっきりと浮かんでいる、なのに何故だろう……どうしても耳を立てずにはいられなくて曲が終わるまで聞いていたいなんて思う。

「……でも、早く帰らなきゃいけないから」

 ……どうして?あれ、私はどうして帰らなきゃいけないの?私……今、何をしてるの?

 考えれば考えるほど、自分の今までの行動に理由が見受けられず唖然とする。そういえば、いつのまに新都心まで来ていたんだろう……今は何時なんだろう。

 帰れと頭が全身に訴えかけてくる……まるで他人から指図されているかのように強く。

「せぇーかいがぁ、アタシをぉ……」

 ……綺麗な声だな。身体をすり抜けるような透明感ある声、一つ一つの言葉がはっきりしていて聞いていて心地がいい。まるで子守唄でも歌ってるかのような……まぁある意味子守唄なんだけどね。

 私は人に埋め尽くされて本人を見えはしないけれど、その声のする方向をじっーと見つめてヘッドホンから手を離し、手すりのような物に身体を預けてバスの列から抜けた。

 ギターのストロークも上手だ、音が真っ直ぐに飛んでいてカッティングも雑音が鳴っていない……きっと、凄く練習したんだろうな。

「丁寧で、上手だな……もっと聞いてたい」

 目を閉じてその歌に流される私の心は、さっきまでとは見違える程穏やかだった。身体をリズムに合わせて小さく揺らし、指先でメロディをなぞるようにトントンと座っている所を突く。

 エンジンの音が次第に迫ってくると思ったら、私の真後ろから空気の抜ける音が聞こえた。どうやらバスが到着したようで、目の前の列は一斉に私の右方向へと進み出す。そんな様子をボーっと眺めた私は瞼をそっと閉じて耳を澄ませ、よっと手すりに座る。

 今はただ……音が、心地いい。


 最後のコードがゆっくりと単音で奏でられると同時にその人の演奏は幕を閉じ、一瞬無音になった後にそこらじゅうから一斉に大きな拍手が鳴り響いた。その拍手は駅の反対側まで響くほどに盛大で一分近く続いたという。

 ……綺麗、一言で言うなら綺麗だった。煌びやかさじゃなくて淡く消え入りそうな美しさ。

「……なんだか、心がすっきりした……私もギター始めようかな」

 拍手が落ち着いて人が散っていく頃。私は閉じていた目をすっと開き、俯きかけていた顔を正面に上げてその奏者に目を向け、呆然とする。

「…ん?あれ、凛ちゃん?」

「……あっ!明音ちゃあぁぁん!」

 マイクスタンドの前に立ち呼吸を整えていた小柄な少女の正体が凛ちゃんだと知り、状況が理解出来ずに困惑して頭を傾げた。アコギをそばに居た男の人へ押し付けて「ありがと」と呟いた彼女は、私の元へと走ってきたかと思ったら私の両手をガバッと掴み、涙を浮かべて哀しそうな顔をした。

「ど、どうしたの?というか……凄く上手だったよ!歌声も綺麗だし、ギターも」

「ごめん……ごめんね明音ちゃん!私、わたし嘘ついてた……」

 顔を下に向け、表情を見せないまま泣き声で続ける。

「え?嘘って……」

「私、月嶋先輩がっ酷い人だって……明音ちゃんの事、都合よく思ってるだけとか言って……」

 必死に言葉を絞り出そうとするその姿に、私は足を宙に浮かべたまま目を丸くしていた。

「違うの!本当は……ほんとはそんな事ないの!」

 勢いよく顔を上げた凛ちゃん。切なそうな、苦しそうな表情で目から涙を零れさせている。

「私……ごめ、明音ちゃんと……離れたくなくて」

 そう言うと凛ちゃんは私の手を離し、膝から地面に崩れ落ちて手を地につけ、事の始終を全て私に話してくれた。私たちお互いを唆し、透子に悟されてここにいる理由を。私は唐突に告げられたその言葉の数々に、何を言ってるのか理解出来ず目が点なままだ。

「……ん?えっと、つまり……月嶋先輩は、私のことを?」

「……好きぃ、じゃない?わかんない」

 ……あぁ、なるほどね。

 つまりは、私が勘違いしたのも先輩と仲違いしたのも、全て凛ちゃんの思惑って話か。

「……はぁー、そっかぁ」

 私はようやく全ての合点がいき、大きなため息を漏らすと少し大袈裟に項垂れた。そんな私の様子に凛ちゃんは怒られると思い、身構えるように肩を竦めて目を瞑る。


――いやぁ、よかったぁ……。


 私は全身で大きく頷くような動作をしながら、体内にある全ての空気を使ってそう口にした。凛ちゃんは驚いた顔で安堵に満ちた私を見上げる。

「……そっか、嘘なんだね。そっかそっか、嘘か!……ほんとに、よかった」

「えっ……お、怒らないの?」

 一人で呟きながら笑顔をこぼす私に、凛ちゃんはオロオロと尋ねた。

「まぁ、確かに嘘はよくないけど……それより今は、悩みが消え去ってくれた事が嬉しい!」

 私がそう言い本心からの満面の笑顔を凛ちゃんに向かって見せつけると、凛ちゃんは瞳の奥を揺らめかせて私をボーっと見つめていた。

「凛ちゃんは、凛ちゃんなりの最善策を尽くした……でも、それが周りのみんなを巻き込んじゃっただけだよ。誰にでも、そういう事はあるし……次に活かせればいいよね!」

 私は空を見上げて立ち上がりながらそう告げる。凛ちゃんはそんな私を見上げて頬をほんの少し赤くした。

「……そういう所が、好き」

「ん、なにか言った?」

 凛ちゃんが僅かに何か呟いたように見えたから聞き返したのだけれど、当の本人は「なんでもなぁーい」といつも通りの調子で言いながら私にクスッと笑い返す。

「あぁ!……先輩たちのこと、置いてきちゃった。明音ちゃん、戻れそー?」

「……うん、行こっか。私もみんなに謝らないと」

 私はすくっと立ち上がった凛ちゃんの左手を取り、そのまま手を繋ぎながら横に並んで元きた方向に歩いていった。

 あぁ、本当に……今日は空が綺麗!



「あかねぇぇぇえ!よかったぁぁー!」

「……ほら、先輩。みんなが見てますよ、もう泣き止んで下さい。こんな人前で……私まで恥ずかしくなってきます」

「だってぇ……うぅっ」

 棒立ちしている私を強く抱きしめて泣きじゃくる月嶋先輩。どうやら透子が先輩方に話をつけておいてくれたらしい。

「私も悪かったですって……あんな冷たい態度とって……あと、叩いてすみません」

「私も……私もごめんね明音ぇ!」

 先輩は別に謝ることなんてひとつも無いのにな……今更ながら、私は自分の行いの数々を振り返って顔を青くさせた。そんな様子を陽向先輩が何か言いたげに、それも怒ったような目つきで見つめてくる。

「……星乃さん暴力ふるったの?それ、聞いてないわよ」

「……ごめんなさい」

 透子はやれやれといった様子で私たちのことを眺めており、凛ちゃんは肩身が狭そうに指を交差させ透子の隣に立っていた。

「……ねぇ、明音。明音からも、ギューってして」

「えっはぁ?何言ってるんですか……みんな見てるのに。私が先輩のこと抱きしめたら、不自然すぎますよ!それこそみんなにバレちゃいますって」

 顔を赤くして耳打ちしてくる先輩に、私も照れて頬を赤くしながらそう囁く。

「そっか、残念。やっぱり私なんて……」

「んあぁ、もう……わかりましたよ!」

 私は皆からは見えない方の垂れ下がっていた手を持ち上げ、そっと先輩の腰へ回しこんだ。

 陽向先輩が凛ちゃんに何か言っていて透子もそっちに意識がいっており、誰も私たちのことを見ていない。

 ギュッと軽く力を入れて身体を寄せると、さっきよりも密着度が増して私の心臓がより早く動く。

「……えへへ、嬉しい」

 私に抱き寄せられた先輩は涙を目尻に溜めたまま、しばらく見ていない程の笑顔を顔いっぱいに浮かべた。

「そうですか……」

 私はそんな先輩の温もりに、目元がじんわりと暖かくなっていくのを感じて顔を背ける。耳元が熱くて、目から涙がこぼれ落ちる。今の私にはこの涙の意味が理解できた。

 これが……幸せなんだと。

「もしもし、河西さん?今ちょうど着いたわよ!」

「いや、もぉとっくに解散済み」

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