プロローグ
アニーク大賞
「月嶋先輩、本心って……何なんでしょうね」
いつもの河辺、背の高い草を掻き分けて進んだ先の開けたこの場所で二人揃ってしゃがみこむ。
過去の先輩を真似て、私は片手を透き通る僅かに冷たい水に浸して黄昏色の澄んだ空を見上げながら先輩に問いかけた。
「さぁ……なんだろうね」
私の少し後ろにしゃがみこんでいる先輩は、その美しくて長い黒髪がまだ昼間の熱を残した地面についてしまいそうになる。
先輩は染まった空の中に微量の光を放っている二つの小さな星を指さし、私たちと一緒だと言わんばかりの温かい瞳の奥をユラユラと揺らめかせて私へ微笑みかけてきた。
そんな先輩の儚い姿を見て、私は先輩と出会った一年前の出来事を光のような速さで脳裏に再生される。
人は、本当の幸せがほしい。孤独とはかけ離れ、苦しみさえも甘く感じて、生きる糧に変わるような。
一生涯に唯一無二の、煌めく星。
幸せは手に入れることよりも、見つけることの方が難しいんだ。自分自身の望む、本当の想い……その本心が幸せに繋がってくれる。
私がずっと求めていた本心、先輩がずっと隠してきた本心……それは見つけた時期は異なれど、私と一分一厘変わらない。
「……恵美、キス……しよ」
私が空の色彩を反射した河に浸していた手をゆっくりと持ち上げて水からあげ、何度言っても慣れないこの台詞を甘く丸い声色で先輩にそう言うと、先輩は私の方に柔らかく微笑を浮かべ、お互いの顔を少しづつ近づけてゆく。
これは、先輩と私が本心をみつける……二人の物語。
私たちが主役の、ハッピーエンドを迎える劇場。
先輩の柔らかくてケーキよりも甘い唇が触れた事を私の唇で感じとる。
一体どれくらいの演目が過ぎてゆくのだろう。
まだ、始まったばかりだ。
これから先には、もっと素敵な物語が星の数あるのだろう。
この話の題名……表題は、私たち自身。
そう、だから……
――表題は、私に咲く。