僕の妹、エミーリア
僕は妹のまつ家路を急ぐ。
町はずれにある集合の長屋が僕たち兄妹の家だ。古びた木の家がならぶ。僕は自分の部屋の扉を開けると、急いで靴を脱ぎすてて、奥の寝室に駆け込んだ。
その狭い部屋の中に、ほんの小さな世界がある。その風景にほっとする。
妹のエミーリアは物の少ない四角い部屋のすみ。寝台の上で、いつものように薄紅の寝間着姿で足をのばして座っていた。ひざ下に毛布をかけ、手にかかえた羊皮紙に一生懸命に絵をかいている。
つるりとした丸い顔の上、切りそろえた黒い前髪が揺れる。僕に気づいたエミーリアは大きな目をぱちりと開いてこちらを見ると元気に笑った。
「あ、おにいちゃん! おかえり! どうしたの、そんなにあわてて」
「ごめんよ、エミーリア。遅くなってしまった。今から隣町まで薬を取りに行ってくるから、少し待っていてくれ」
「え? お薬ならもう飲んだよ?」
僕は首をかしげる。寝台のわきに近寄りながらエミーリアに聞いた。
「飲んだって? そんなはずないだろ。薬は昨日で切れていたはずだ。ここ最近忙しすぎて取りに行けてなかったのに」
「さっき、冒険者ギルドの受付のリーゼさんが来てくれたもの。今日はお兄ちゃんが遅くなりそうだから、お薬を代わりに届けに来たっていってたよ?」
「リーゼさんが薬を?」
「うん。それに夕飯も準備してくれて。わたしリーゼさんと一緒に先に食べちゃったから、今日は一人で食べてね」
僕は体中の力が抜けてその場にへたりこんだ。安堵の言葉が漏れる。
「はぁ……よかった……」
リーゼさんには感謝してもしきれない。そんな僕を見てエミーリアは明るく笑った。
「どうしたのよ、お兄ちゃん。大げさなんだから」
「ところでエミーリア、今日は何の絵を描いているんだい?」
僕は気を取り直して立ち上がるとエミーリアのそばに立ち、手元を覗き込んだ。
「お兄ちゃんが、魔物を倒しているところ。リーゼさんから聞いたよ。今日はカリヨンドラゴンって竜を倒したんでしょ。なんたって、わたしのおにいちゃんはあの有名な【黄金のタカ】のメンバーなんだから、わたしかっこいいおにいちゃんを持てて幸せ」
エミーリアの手元の白い羊皮紙。そこには大きな竜に立ち向かう、剣を握った冒険者の姿が描かれていた。冒険者の体は光か何かに包まれている。きっと魔法の光をあらわしているんだろう。
それを見たとたん、僕の心がずきんと痛んだ。この絵の中の冒険者はきっと僕だ。でもこれは本当の僕の姿じゃない。
僕はエミーリアに嘘をついている。
エミーリアは、僕が冒険者として活躍していると思っている。信頼できる仲間たちとともに魔物と勇ましく戦っていると思っている。だって僕がエミーリアにそう言い聞かせているのだから。
本当の僕が仲間たちにどんな扱いを受けているか、本当の僕があのパーティでどんな役割を与えられているのか、エミーリアは何も知らない。
今日だって、仲間に胸ぐらをつかまれ、机に顔を押し付けられて、魔物の死体運搬中に起きたミスを責め立てられてきたところだ。
でも、そんな話をエミーリアに聞かせられるわけがないんだ。
せめてエミーリアの絵の中だけでも、かっこいい兄でありたい。こんなふがいない兄の強がりを、どうか許してほしい。せめて、きみには幸せな気持ちでいてほしい。
たとえそれが、僕のみじめな嘘のうえに成り立ったものであったとしても、僕はそれを守らなきゃならない。僕は心の中で、そう自分を納得させた。
僕が寝室から出ると確かに部屋の中央にある小さなテーブルにいくつかの料理が並んでいた。さっきは慌てていたせいか素通りしてしまった。
僕は改めてテーブルに寄る。僕はその色とりどりの料理を見ながら、なんだかふいに泣きそうになってしまい鼻をすする。リーゼさんって、もしかするとこの世に舞い降りた天使なのかもしれない。
とにかく、明日、リーゼさんにきちんと感謝を伝えに行かなくては。
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