閑話:アスターの受難 ②
冒険者パーティへの直接依頼は掲示板には告知されないのが常だ。盗み聞きなんて性に合わないが、いまさらネイルに根ほり葉ほり聞くわけにもいかない。俺はネイルの姿を見かけては、奴のそばのテーブルに座り背を向けて奴の会話に聞き耳を立てた。
そんなある日。
いつものように、ギルド受付前、近くのテーブルに座り小さく身を隠して、リーゼさんとネイルのやり取りを聞いていた。するとどうだ。出るわ出るわ、ネイルに討伐を依頼する依頼主たちの名がずらりと。
『ベルク竜具商人団』をはじめ『リゼルバッハ商会』『ウルアなめし皮店』『ピッケルの斧専門店』と豪華な名前が並ぶ。
どこの依頼主も大手の富裕商人団ばかり。なぜこんなに短期間でネイルの奴がそんな大手の商人団とやり取りをしているというんだ。
今、俺の背中の向こうでネイルとリーゼさんのやり取りの声が聞こえる。どことなく小さくささやくようなリーゼさんの声が聞こえてくる。
「……ネイル君。今回の依頼はすこしむつかしいかも」
「……え、そうなんですか。でもこのあたりの竜ならば大抵は討伐済みですから」
「今回は竜じゃなくって、海の魔物よ」
「う、海……ですか。クロの奴、海の魔物は初めてかもしれない。何の討伐なんですか」
「王都バイエルの盾専門店からなんだけど、鋼鉄貝の殻の回収よ」
「スティルシェルですか……聞いたことないんですけど、そんな魔物」
「この魔物は海に生息していてね、大きな貝殻をもった魔物なんだけど……」
俺は耳を疑った。王都バイエルの盾専門店だと。古い名門の防具商人。王族にも認められているという貴族商人じゃないか。どういうことだ。いったいどういう事なんだ。
「くそっ」
俺の口から勝手に言葉がこぼれおちた。ネイルが俺たちのパーティ【黄金のタカ】にいれば俺たちもネイルとともに一流の武器商人たちの依頼をこなしていたというのか。いや、ちがう。ネイルのせいで俺たちの仕事が奪われている。本当なら、今ネイルが受けている仕事は俺たちが請け負うはずだったんだ。
そうだ、ネイルの野郎に、邪魔をされている。ネイルは俺たち【黄金のタカ】の邪魔をしているんだ。自分が辞める羽目になったからって俺たちに嫌がらせをしているんだ。
ネイルの野郎。ゆるさないぞ。
その時、後ろから声がして俺は座ったまま後ろをふりかえった。そこにはリーゼさんがたっていた。リーゼさんはいつもの笑顔で俺に話しかけてきた。
「アスター君。そんなところで一人で座り込んでどうしたの?」
「い、いやぁ、ちょっと休憩をしてたんですよ」
「そう。仕事の話なんだけど、今ベルク竜具商人団から緊急の討伐依頼が入ったの。複数の冒険者パーティに依頼する競合依頼なんだけど【黄金のタカ】の名前も直接依頼の名簿に入っているけれど、どうする?」
「もちろん、引き受けますよ」
「競合依頼だから、一番早くに討伐を終わらせたパーティに報酬が入るから、それ以外のパーティの報酬は保証できないけれど大丈夫?」
「リーゼさん、何を言ってるんです。俺たちのパーティはこのギルド唯一のAランクパーティですよ。俺たちが一番早くにクリアするに決まってるじゃないですか」
「そっか、じゃ内容を説明するから受付にきてくれる?」
「はい」
俺はゆっくりと立ち上がりリーゼさんに続いて受付に立ち寄る。
俺はふと気になり聞いてみた。
「リーゼさん。もしかしてこの競合依頼にネイルのいる冒険者パーティ【漆黒の爪】もはいってますか?」
「え、よくわかったね。確かに【漆黒の爪】の名前も挙がっているわ」
「ふっ……俺たちの力を見せてやる」
俺は迷うまでもなく、その緊急依頼を受けることにした。




