剣術指南
それから数日、僕とクロは冒険者ギルドの死体処理班としての仕事をこなしていった。クロも見習いという身分ではあったけれど、特別にギルドで雇ってもらえることとなったのだ。
ま、あの怪力はすぐに役に立つことになったし、僕とクロは死体処理班の若手として、ソルさんをはじめ、年配の人たちからはそれなりにかわいがられていた。
今日も一日の仕事を終えて、夕暮れ時の町の中。僕はクロと家に向かう。
大通りを向けて、小さな曲がり角に差しかかったとき、赤い夕陽日にほほを染めたクロがふときいてきた。
「ねぇ、ネイル様」
「ん?」
「どうしてエミーリアちゃんに嘘をつくの? ネイル様が冒険者として活躍しているってさ」
「……しかたがないだろ。エミーリアを悲しませたくないんだ」
クロは目を細めて話す。
「ええ~。私だったら、ネイル様に、嘘をつかれているほうが悲しいよ?」
「僕が死体処理の仕事をしている、なんてあの子に言えないだろ」
「だったらさ……いい事を思いついたんだけどね。ネイル様、私と冒険者パーティ組まない?」
「クロと?」
「ええ。私の正体はみんなに秘密なんでしょ、だったら私達二人だけでパーティを組めば済む話じゃない? ね、これっていいアイデアだと思うの!」
確かに、いわれてみれば。なぜそういう風に考えなかったんだろう。クロと冒険者パーティを組むなんてまるで思いつかなった。でも、そうすればクロと一緒に思う存分戦えるってことか。でも冒険者登録には簡単な試験がある。
「クロ、冒険者として登録するには試験を受けなきゃならない。簡単な剣術試験になると思うけど、そのためにはまず剣術の基本を覚えないと」
「剣術!? そんなものなくても、あの坊主頭の男を吹き飛ばしたでしょ!」
「それでも基本の試験をうけなきゃ、冒険者登録はできない」
「も~う、めんどくさいな~」
「お前が冒険者っていったんだろ。でも、そうだな、ソルさんは確か元冒険者だったはず。たしか東の国の武器といわれている、刀を扱えるはずだ。一度ソルさんにお願いしてみようかな」
「かたな? めんどくさそう……まぁ、そういう決まりがあるならしかたないか」
僕たちは次の日、ソルさんお願いして、あいた時間で刀の練習に付き合ってもらうことにした。
ある日のソルさんとの刀の練習日。ある程度の基礎は教わって、今日からは実戦練習だ。
僕とクロは一緒にソルさんに教わっていた。クロだけでもいいけれど、どうせならば僕も剣術のおさらいをしようと思っていた。一応魔法使いでも剣術の基本くらいは知っていなければならない。
クロは木刀を手にソルさんと向き合っている。ソルさんは素振りや、体力づくりよりは、実践が大事といっていた。正直なところ、怪力という点に関してはクロに分がある。なにせ本来はアモンドラゴンという大きな竜なのだから。
でも、クロはこの実戦練習で一向にソルさん勝てる気配はなかった。
にらみ合う二人。僕はそれをまじかで見ていた。
ふいにクロが一歩踏み込み、右手の木刀で真横に薙ぎ払う。ソルさんはいつの間にか上半身を後ろに、かわす。続けざまのクロの連撃、ソルさんはひょいひょいとかわす、木刀を交えることもなく、音もなく。
クロが木刀をぶうんぶうんと振り回しながら、叫ぶ。
「もう! あたらない! いらいらするぅ!」
ソルさんは余裕の表情で、ふふ、と笑った。
「クロ、お前、力はすごいが、それだけじゃ何ともならんぞ」
ソルさんはそういい終わったとたんに、ぴたりと一瞬だけ動きを止めた。下から弧を描き木刀を振り上げたかと思うと、カツン、と乾いた音が響く。
クロの木刀は空に舞いあがった。そしてくるくると回りながら地に落ちる。
本当に驚かされる。ソルさんとは一緒に死体処理の仕事をしていたけれど、まさかここまで剣術がすごいとは思ってもみなかった。これだけの技があれば十分冒険者としてもやっていけそうだけれど。ソルさん曰く、家族の為に、命の危険がある冒険者の仕事はもうする気はないという事だった。
この師匠にもうしばらくおそわればクロの冒険者試験パスは間違いなしだ。
ソルさんはこちらを見た。そして僕に告げる。
「さ、次はネイル、お前の番だ」
「はい」




