これから死体を運びます
僕はモートンとシラに背中を向けるとカリヨンドラゴンに走り寄る。その腹の上に乗っていたアスターが、さっそうと飛び降りて大地を踏んだ。
僕がアスターをちらりと見てうなずくと、アスターはにやりと意味深に笑う。
いつものアイコンタクトだ。
僕はカリヨンドラゴンの頭のところに回り込むとしゃがんだ。そして、すっと手を合わせ冥福を祈った。
見ると、死んだばかりのカリヨンドラゴンのまぶたは薄く開いたまま、緑に光る大きな眼球。牙だらけの口をだらしなく開き、その奥から延びる分厚い舌は唾液でてらてらと光っている。まるで今にも噛みついてきそうだ。実際に今から再び動き出すんだけれど。
僕はカリヨンドラゴンのひたいの中央に手を当てて目を閉じると【死体操作】のスキルを使った。
【死体操作】
つぎに、僕は心で命じる「おきあがれ」と。
カリヨンドラゴンの死体がビクンと脈打つ。
途端、いましがた死んだはずのカリヨンドラゴンの頭がぐるりとまわり首から下もそれに倣うようにごろりと横転する。ゆっくりと足を踏ん張りのっそりと二つの足で立ち上がった。瞳はうつろなまま。次にがくがくと首を震わせながら大きくつき伸ばした。よし、今からこいつに乗って町まで帰還だ。
その時、シラのささやき声が森の風に乗り僕の耳に届いた。
「……ふんっ、いつ見ても不気味なスキルね~。死体を操るだなんてさっ……アタシ、あんなけがれたスキル使いたくないわ……」
ついでにモートンの声も聞こえてくる。こちらは明らかに聞こえるような大きい声。
「だよなぁ。ほんとに気味がわりぃぜ。なぁ、ネイルってよぉ、たまに死体みたいな腐ったニオイがするときねぇか。あいつ、死体ばっかり扱っていやがるからよ、死体のにおいが体にしみついてやがんだよなぁ。オレ、くさくってたまんねぇ時があんだよ」
「……やめなさいよ。聞こえるわよ……」
悪いけど、どっちの声もまる聞こえだ。あの二人はそろうといつも僕の悪口ばかり。聞こえないふりをするのも慣れっこだ。僕はカリヨンドラゴンの後ろに回り込み、心で命じる「ひざまづけ」と。カリヨンドラゴンはゆっくりと膝をついた。僕は後ろから背にとび乗るとアスターに告げた。
「じゃ、こいつは冒険者ギルドに持っていくよ。僕はそのまま家に帰るから……」
その時、僕を見ていたアスターの眉間にしわが寄る。不機嫌な声を僕にぶつけた。
「何をいってるんだ。まだ狩りに行くに決まっているだろ。このカリヨンドラゴンをギルドに預けたら、お前はもう一度俺たちの後をついて来い。ちゃんとここからの道には目印をつけておくから」
「え? で、でも町から、この森の奥まで来るのは、僕一人じゃ……」
「あのな、ネイル。どうして俺がモートンやシラと同じ報酬をお前に払っているとおもっているんだ。ろくに戦闘もできないお前にさ。それにな、ネイル。お前はAランクパーティ【黄金のタカ】のメンバーなんだぞ。じゃ俺たちは先に行っているから必ず来いよ。俺はお前を心の底から信じているぞ」
アスターはそういい捨てるとモートンたちに「いくぞ」と声をかけた。モートンとシラはアスターの後に続いていく。ぽつんと一人残された僕にモートンが振り返って叫んだ。
「おい、ネイル、もしこなけりゃ、そのなまっちろいほっぺたをぶん殴ってやるらな!」
シラはそれを聞いて背中で笑っていた。
くそう。今日は病気の妹の薬を取りに隣の町まで行く日なんだ。早く帰らないといけないのに。
僕はカリヨンドラゴンの固い体に手を置くと心で命じた。「すすめ」と。カリヨンドラゴンは両足の三つ指を広げると、地を押さえつけるように足をふりおろし、ずしんと踏み出してゆっくりと歩き始めた。
死体操作を使っての死体の運搬は時間との勝負だ。急がなければならない。なぜなら、死体というのは時間がたてばカチカチに固まってしまう。(※死後硬直)その前に、手足が固まって動かなくなる前にギルドに届けないといけない。
体が、固まってしまうといくら【死体操作】のスキルを使っても魔物の体を操るのはかなりむつかしくなる。僕は先を急いだ。