Eランク冒険者
今日のところは戦闘訓練はここまでにしよう。
僕は破れた的に走り寄り、木の幹からナイフを抜き取るとさやにおさめて背中の道具袋に投げ込んだ。木の幹の穴を覗き込んだ。向こうがずっと見通せる。僕は振り返った。クロは自分の体をあちこちなめている。
僕はクロに走り寄ると背中に回り込み飛び乗った。背中をさすり声をかける。
「クロ、そろそろ竜の隠れ家に戻ろう」
その言葉に呼応してクロはむっくりと体をもたげて、黒く大きな翼を広げ飛び上がりそうになる。僕は慌てて自分の心とクロをいさめた。まずい。
「いや、クロ、まて」
途端クロは大きく開いた翼をぴたりと止めた。昼間はむやみやたらと空を飛んではいけなかった。誰に見られるかわからない。僕はクロの羽根をたたませて、ゆっくりと歩きだす。空を飛び回るのは闇の中だけにしておこう。
どれくらい歩いていたか。その時、どこかから耳障りな音が耳に飛び込んできた。その不快で硬質な音に僕は思わず耳のなかに指を突っ込んだ。しばらくじっとして指を耳から抜く。
僕は周囲を見わたす。するとまた、どこからかその音が響き渡る。もしかしてこの音は、冒険者に所持が義務付けられている“救援の笛”の音か。
救援の笛は周囲の人間に危機知らせる時や、救助を求める時に吹かれる笛。そして、大抵この笛を使うのは初心者の冒険者なのだ。僕は音の方角を探るけれど、森の中では木々に音が跳ね返りまったく見当がつかない。仕方がない上から。僕はクロに命じた。
「クロ、とぶんだ」
クロは合点したように首を上げると漆黒の羽根を大きくひらいて空気を押さえつけた。周囲がざわめき、ふっと体が浮き上がったかと思うと、一瞬で木々の上に躍り出た。
空から周囲を見渡す。ふたたび、ぴぃぃ、という悲鳴のような笛の音が小さく響く。僕より先にクロが気が付いた。クロは、ばっと体の向きを変えて波のように体をうねらせ泳ぐように進んだ。
「いた! あそこだ!」
近づくと、枯れ木に囲まれた空き地のような場所に人影。目を凝らす。倒れた人物を抱きかかえた女の子が、地を這う土竜オオトカゲ数匹にとり囲まれている。
女の子は倒れたその誰かを守るようにきっと目を向いている。死に物狂いで、頬を膨らませて口にくわえた救援の笛を鳴り響かせている。本格的な実践はこれが初めてだけれど。僕らはオオトカゲ達とその女の子の間に割り込むように舞い降りた。続けて、クロの背中から唱えた。
【死屍尻尾の薙ぎ払い】
クロは羽ばたきで宙に浮くと、電光一線。尻尾で弧を描きザラっと薙ぎ払う。土竜オオトカゲの頭を上から連続で引き裂いた。そしてふわりと地に足をつけた。オオトカゲの頭はずるりとずれて、沈黙した。僕はクロの背中から飛び降りて、女の子に走り寄った。
「だ、大丈夫かい!?」
軽装鎧の女の子は僕をみつめてじっとしていた。彼女の開いた口から救援の笛がポロリと落ちる。呆けたままの顔で女の子はつぶやいた。
「あ、ありがとう。助かった……」
「君たちは冒険者パーティなの?」
「ええ……オオトカゲの討伐に来ていたんだけど……全然歯が立たなくて」
「このあたりは冒険者ランクB以上じゃないときついよ」
「私たちは……まだEランクです」
「えええ!? む、ムチャしすぎだよ。オオトカゲっていってもこのあたりのオオトカゲは特に凶暴な部類になるんだから。ところで、その人は大丈夫?」
僕は女の子が腕に抱いている男に目をやる。鎧姿の男は、どうやら気を失っている。ひたいのあたりから血がにじんでいるけれどそれほど大けがをしているようにも見えない。それにしても、Eランク、二人きりのパーティだなんて危険すぎる。とにかく、すぐにこの二人を安全な場所に運ばないと。
僕はそのけがをした男の人をクロの背中に乗せて、女の子と一緒に森の出口へ進んだ。