攻撃訓練
さて、視点はふたたび主人公のネイルへとうつります・・・・。
ここ数日間は、僕が所属するAランク冒険者パーティ【黄金のタカ】の仕事は無い。
その間に、僕は【竜の隠れ家】に通ってできうる限りクロと過ごす時間を作った。
竜の隠れ家、というのは冒険者ギルドのもと派出所だった廃墟の事だ。僕はその場所を竜の隠れ家と名付けた。
竜の隠れ家で、クロと過ごす。でも、ただ一緒にいるという事ではない。クロの事をもっと知らなくてはいけないと思い、いろいろなことを試していた。
まず分かったこと。クロは餌を食べない。
僕たち人間族に限らず、生きとし生けるものはその生命活動のために、必ず食事をする。その食事がエネルギー源になる。エネルギーを取り込むことによって魔力や体力を回復し、力を発揮できるのだ。
でも、クロは全く食べなかった。たいていの竜は肉食だから、シカの肉や、牛、豚の肉を食べるか試してみた。ついでというのもなんだけれど、魚なんかも試してみた。
これ見よがしにクロの鼻先に餌を持っていってみたけれど、クロはぷいとそっぽを向いたし、そもそも食欲というものを感じていないように見えた。
生きているように見えるけれど、やっぱりクロはすでに死んでいるのだと改めて感じた。
と、同時にどこかほっとした。なにせ、僕が食べられる心配はしなくてもよくなったから。
そんなクロの姿を見て、僕の中にあるひとつの疑問が浮かんだ。クロを動かしている力の源泉は何なのか。その時、浮かんだひとつの答えがクロの目。その目にやどる青い光こそがクロの活動のエネルギーを生み出しているのではないかということ。死体操作のスキルをつかう前のクロの目は艶のない真っ黒な目玉だったはずなのだ。
僕が死体操作のスキルを使った直後から、その目は青く輝きだした。クロの体の中で唯一、強い魔力の揺らめきを感じさせる部分。
それは逆を返せば、そこがクロの弱点となりうるということでもある。目をつぶされてしまうとクロにかけた死体操作のスキルが効果を失うのではないだろうか。目に対する攻撃には注意を払う必要がある。
そして、最近わかったもう一つのクロの特徴。
それが、今僕とクロが毎日練習を繰りかえしている攻撃に関してだ。
クロは僕の意志に”呼応”して攻撃や防御を繰り出す習性がある。でもその方法はさまざまで実に不安定なのだ。僕が足元を通る蛇に驚いた、というくらいの出来事、だけでその蛇に噛みつき攻撃を繰り出したりする。
嚙みつきの他にも、爪でのひっかき、両足でのつかみかかり、棘のある尻尾での薙ぎ払い。
感覚で攻撃を繰り出す為、いささか場にそぐわない過剰な攻撃をしてしまう。
例えば、この前なんかは、そこが見える浅い小川に泳ぐ小魚一匹をしとめるのに、あの野太い尻尾を大きくしならせてたたきつけた。そこまですると、もはや、小魚の捕獲以前に小川そのものの形を変形させてしまう。
その為、行動の取り決めを細かく定めていく必要があったのだ。
これは魔法を考案する作業に似ている。クロの攻撃とその効果に名をつけてある種の呪文にする。この言葉を唱えればこの攻撃、という風に細分化していく。これが魔法を体系化するといわれる作業だ。
どの魔法もここから始まる。まずは断片的な”スキル”からはじまりそのスキルを使って様々な技を開発していく。そしてそれらの技が体系化され”魔法”に昇華されるのだ。シラの扱っている”炎の魔法”も最初は”炎のスキル”から始まっているのだから。
つまり一つのスキルから編み出される技の集合体が魔法となる、いう構図だ。
今のところはまだ数は少ないけれど僕はいくつか考えた。
【死屍噛みつき】
【死屍の雄たけび】
【死屍の尻尾薙ぎ払い】
ほかにも色々と考えているところだ。
僕たちは、竜の棲み処から離れ【竜の森】の少し奥まった場所に移動していた。ひとっ気のない木々に囲まれた薄ぐらい森の中で攻撃の練習をするのが最近の日課だ。
今、僕の右隣にクロの顔がある。僕はちらりとクロに目くばせをして小さくうなずいた。クロは顔を前に向けて、こころなしか目を細めた。僕も同じように、少し先に視線を飛ばす。
数メート先の木の幹に、狙いを定める為の白い布切れを張り付けてある。両の手のひらサイズくらいの小さな白い布切れを、ナイフで木の幹に突き刺している。風のない森の中、小さな白い布は微動だにせず静かに垂れ下がっている。
僕はすっと右手を前にかざした。手のひら中央から的まで一直線に届く空気の刃をイメージする。視界の横に映るクロの口が、小さくひらくのが分かった。空気の振動がわかる。
そして、僕は口元で小さく呪文をとなえた。
【死屍撃波】
虫の羽音のような、空気が弓なりに何かをはじいたような音がクロの口元から響く。同時に、ふっと風が巻き起こる。次の瞬間、的にしていた白い布がバァンと周囲にはじけた。
まるで白い花びらのように円形に舞い散った。木の幹に残ったのは、突き立ったナイフと布の残骸。そして、向こうが突き抜けて見える円形の穴。すごい。どんどん精度が上がっている。僕は右の手をぐっと握りしめて、クロを見た。
「やった!! すごいぞ、クロ! あんな小さな的まで正確に打ち抜けるなんて!」
クロはふふん、と鼻を鳴らした。
一部の竜種にはある特殊器官が備わっている。舌の裏にある小さな突起から様々な攻撃を繰り出すことができるのだ。
いわゆる竜の吐息とよばれるもだ。
炎を吐き出す竜や、毒素を吐く竜、強烈な冷気を吐き出す竜もいるらしい。クロが吐き出すことができるドラゴンブレスは“衝撃波”だった。
口を開き目標物に焦点を合わせて、目に見えない衝撃波を繰り出すことができるのだ。
僕はクロの鼻の頭をなでる。これがスキル死体操作の可能性か。死体操作そのものは死んだ生き物を操るという単純なものだけれど、言い換えれば、その操る生き物の能力を手に入れるに等しい。クロの能力を知り尽くし、もっとうまく扱うことができれば、戦闘も魔法もこなす、高い能力を誇る特別な魔法使いになれるかもしれない。僕はなんだか胸が高鳴った。