ベルク竜具商人団 ムウライ ①
さて、ここでいったん視点は主人公のネイルからはなれます。
ネイルの住む町【ベイルンゲン】の町の海側にあるベルク竜具商人団。
そこに勤める男。
ムウライの視点へと・・・。
ここは大陸の西端【ベイルンゲン】の町の商人地区。
ここを拠点とする、ベルク竜具商人団。俺はその商人団の一人、ムウライ。
ここには毎日さまざまな竜の体が持ち込まれてくる。生きていたり死んでいたり、大きかったり小さかったり。それらの竜の体から武器や防具の加工につかえそうな素材を選定していくのが俺の仕事だ。とにかく手に入れた竜の体は隅々までつかう。爪の先から、内臓、竜肉まで。それが竜の命に対する礼儀ってものだ。
その一番最初のとっかかりであるのがこの場所。竜の解体作業所だ。
石造りのどでかい工房にいくつかの仕切りがあり、各々の区画で竜の体を部位ごとに職人たちが解体していく。
俺は、解体作業所の入口にならぶ鉄製のゲージに寝転んでいる竜たちを順にながめていく。相変わらず、傷だらけで、ぼろっぼろの竜ばかり。こんなに破損していると、武具素材としてはろくに使える部位がない。
一目見て食肉として売り出すしかないものもある。冒険者ギルドの連中は荒っぽいやつが多いったらない。
討伐だなんだと、勇ましいのはいいが、もう少しなんとかならないものか。俺の口からついため息が出た。
その時、おれはあるゲージに横たわる飛竜に目が留まった。俺はそばに立ちよりそのゲージのよこに突っ立っている大柄な見張り番にきいてみた。
「おい、このワイバーンはどこからのものだ?」
不愛想な見張り番は最初、睨むような目をむけてから、俺に気が付いたのか、ふと目の色を変える。
「ああ、ムウライの旦那でスかい。このワイバーンは、この町の冒険者ギルドからの仕入れもんでスぁ。いつもの【黄金のタカ】からデ」
「なるほど、剣士アスターたちのパーティか。あいつらはよくやってくれているな。比較的きれいなままの死体が多い。確かこのワイバーン一匹だけ後で遅れて届いたんだよな。どうしてだ?」
「さぁ、オイは詳しくは聞いてねぇス」
「ふうむ……随分ときれいなワイバーンだ」
「ハァ? そうでスかいな? オイにはどれも同じようにウマそうな竜肉にしか見えんでスがねぇ、へぇへぇへぇ」
俺は見張り番の男の奇妙な笑い声をよそに、ゲージ前にしゃがみこんで目の前に横たわるワイバーンの全身を眺める。
あごを無防備にうえにあげて寝そべる赤鱗のワイバーン。胸元の中央にギザついた空洞があるがこれが致命傷だろう。見事に竜の心臓を一突きという感じだ。それ以外は非常にきれいだ。ざっと見たところ、鱗にも翼にも傷一つない。おかしい、大抵ワイバーンを討伐する場合は、まず動きを封じるために、翼を攻撃するはずだ。
あまりにも“きれいすぎる”死体だ。
それに致命傷である胸元の奇妙な傷跡は何の武器のものだろうか。鋭利な刃物でもなさそうだし、魔法で焼かれたわけでもない。矢にしては太すぎる。まるで大きな木をへし折ってぶっさしたような傷だ。でも、どこかで見たことがあるような傷跡。なんだろう、出かかっているのに出てこない。
このワイバーンはアスター達の冒険者パーティ【黄金のタカ】からの仕入れだと言っていたな。今のメンバーは確か、剣士アスターと斧使いのモートン、炎の魔法使いのシラだったはず。【黄金のタカ】はあいつら3人とそれ以外という構成のはず。
4人目は入れ替わりが激しいと聞いたが。最近だれか新入りでも入ったのだろうか。俺はワイバーンの傷跡をもう一度よく見る。こんな太い穴を作る武器を振り回すとなると、なかなかの大男のように思えるが。
その時、後ろから見張り番の野太い声がした。
「ムウライの旦那、どうしたんデすか。そんなところでワイバーンを見つめて」
俺は見張り番の声に立ち上がり、話す。
「いや、ちょっと気になってな。このワイバーンの胸の穴、何の武器の傷跡だと思う?」
見張り番は太い首をかしげて俺のそばにくると、ゲージのワイバーンを見下ろす。しばらくじっとワイバーンを見つめた後、こちらに腫れぼったい目を向けた。
「……傷の穴の太さから見ると、大型のバリスタでスかねぇ。据え置き型の弓矢の武器でス」
「ああ! そうか、何か引っかかると思っていたんだが、バリスタか。でもそんな大きな武器でこんなに小さい的が狙えるものかな?」
見張り番の男は丸い目でこちらを見つめると、突然腹を抱えて笑いだした。どうやら俺の質問がとても間抜けだったらしい。それにしても、ぶしつけなやつだ。
見張り番の男はへぇへぇへぇと奇妙な声でひとしきり笑ったあと、まじめな顔へ切り替えて、口を開いた。
「いや、失礼しましたです、ムウライの旦那。バリスタってのは冗談のつもりでいったんでス。大型のバリスタは獲物の急所を狙い撃ちするような武器ではねぇんデス」
「そうか……ならばこれは、何の傷なんだ?」
「さぁ、ハッキリとは言えませんデスが……何か大型の刺突武器でしょうネェ」
「突き、刺しできる武器といえば、槍か何かか……。このワイバーンは冒険者パーティ【黄金のタカ】から仕入れたものだろ。あいつらのメンバーの中に槍使いなどはいなかった気もするが」
「槍だとは言い切れないでスが……ただ、相当な達人デスね、ワイバーンを一突きするなんざ熟練の技がなけりゃできねぇ芸当です」
「ふうむ……お前の言うとおりだ。一度確認してみよう」
俺は見張り番の大男にちらりと目をやる。この見張り番、見た目はとにかく、案外と機転が利く奴のようだ。とりあえず、このワイバーンを討伐した奴に直接話を聞いてみるか。商売人として、善は急げだ。これだけきれいな状態で竜を仕留められる奴は、俺たち竜素材を集める商人にとって、かなり貴重な人材だ。
俺はすぐに冒険者ギルドに向かう為の準備に入る。と、その前に。
「おい、お前、名前は?」
「へぇ? オイの名前ですかい。オイの名前は……」
見張り番の男は口をもごもごとしている。俺はもう一度聞く。
「なんだ? 名前が言えないのか?」
「いえ……あ、オイの名前はカミュリスって言いますんで」
そのあまりにも流麗な響きに、俺はつい、え、と声が出た。聞き直したわけではない。あまりにそぐわない名前に単純に驚いただけだ。
俺は、改めて見張り番の男と向き合いまじまじと全身を眺める。見上げるほどの大きな体。腫れぼったいまぶたの下にあるくすんだ瞳。下向きのずんぐりとした鼻に、下あごの出た太い唇。頬には小さな傷がいくつか。この男の名前にしては、どうにも釣り合わない。
これもこの男なりの冗談なのか。
「おい、失礼を承知で言うが、カミュリス……。お前、顔の割に随分とキレイな名前だな」
「へぇ、よくいわれますんで……だから、自分の名前を名乗るのが恥ずかしんでさァ」
俺は急に肩をすくめて小さくなるカミュリスをみて、噴き出した。
「はっ、面白いやつだ。おい、カミュリス。今から俺と一緒に冒険者ギルドまで行くぞ」
「は? ハァ……」
「ほら、さっさと用意しろ。ここの見張りは他のものに任せる」
「ど、どうしてオイが?」
「役に立ちそうだからだ」
俺の言葉に全く納得できていないようで、カミュリスは肩につきそうなほどに首を傾げた。