私服姿のリーゼさん
騒がしい冒険者ギルドの受付の仕事が一段落するのはお昼ご飯の時間だ。その頃合いに、リーゼさんは僕のために時間を取ってくれた。
ギルド内にある酒場食堂の隅っこのテーブル席。前に座るリーゼさんはいつものようにキラキラと光る明るい声で話してくれる。声に色があるとすれば、リーゼさんの声は幾重にもかさなる虹色だ。僕の中にあるいろんな感情が刺激される。
「ネイル君。今日はどうしたの? 【黄金のタカ】の仕事はないんでしょ?」
「はい。今日は仕事じゃなくて。プライベートのほうできました。あの……昨日は、ありがとうございました。妹の薬を家まで届けてくれて。それに、夕飯までつくってくれて、おいしくいただきました」
「いいのよ。ああ、ほら、だって、ネイル君って魔物たちをこの冒険者ギルドまでよく運んでくれているでしょ。それで、私達ギルド員も本当に助かっているんだから。助けられているのは、お互いさまってことでさ」
「あ、ありがとうございます」
ひとまずお礼を言ったものの、僕は今のリーゼさんの言葉にどこか早まってしまったような気分になった。
だって、僕はリーゼさんが僕のプライベートな部分を助けてくれたとおもって、リーゼさんにお礼を言ったのに。今のリーゼさんの言い方からすると、リーゼさんにとって、昨日僕たち兄妹にしてくれたことは、仕事のお返しでしかなかったみたいだ。なんとなく寂しいような気分。
ふいに黙った僕を不思議そうに見てリーゼさんはつぶやいた。
「それで、今日は昨日のお礼だけを言いに来てくれたの?」
「あ……いえ、実は相談があって。あの、これはまだ誰にも言ってないんですけど……」
はっきりと要件をいいあぐねる。声を潜めた僕をみてリーゼさんはちいさく首をかしげた。僕は周囲の人たちの耳に気をつけながら、あの竜の事を話した。リーゼさんは背中を丸くして、僕の小さな声に耳を傾けてくれた。近づいたリーゼさんのピンクがかったしろい耳元、僕はどきりとした。
僕が、話し終えた後、リーゼさんは背もたれに深くからだを預けて、腕組をした。考え込んでいる。
「う~ん……この辺で魔物を隠せる場所かぁ……意外とむつかしい注文ね。森や山は逆に危険よね。魔物を討伐する冒険者たちがいるからね」
「すみません。ほかに相談できる人がいなくって」
ぼんやりと、宙を見つめているリーゼさん。
いつもてきぱきと仕事をこなすイメージしかないから、こういう考え事をするときのリーゼさんの無防備な顔は見るのは初めてだ。僕がその顔に見惚れていると、突然リーゼさんは背筋をピンと伸ばして手を叩いた。
「そうだわ、いい場所がある。この町から少しはなれた丘のふもとに冒険者ギルドが派出所として使っていた古い屋敷があるはず。もうずいぶん使ってないから、今はどうなってるかはわからないけれど。下手に森の中に隠れるよりも、屋敷の中のほうが見つかりにくいと思うわ。冒険者ギルドの所有物だから、ほんとは勝手に使っちゃダメなんだけどね……」
僕はリーゼさんから手書きの小さな地図を受け取った。そこには屋敷の位置が簡単に描かれている。僕に地図を手渡した後、リーゼさんは言った。
「念のため、私も一緒に見に行くわ。私、今日は早番だから、ギルドの仕事は午前で終わりなの。この後、時間があるから、ちょっと待ってて」
ほどなく、受付嬢の制服から着替えたリーゼさんが現れる。その姿に僕は言葉を失う。
白いレースの大きな襟もと、控えめな赤のワンピース、ヒダのあるスカートが小さく揺れた。いつも後ろに結んでいる金の髪はほどかれて雲のように肩越しにふくらんでいる。やっぱりこの人は天使なのかもしれない。ただ背中に羽根がないだけの天使。
「ネイル君、どうしたの? 変な顔して」
「え? あ、いや……その、そういえば僕、リーゼさんの普段の姿ってあまり見たことがない気がするので。すごく女の子っぽいというか」
「へぇ、じゃ仕事中は男みたいってこと?」
「い、いや、そういう意味じゃなくて」
「ふふふ、冗談よ。さ、行きましょ。一応今から行く冒険者ギルドの派出所のカギはもったから」
リーゼさんはそういうと、颯爽と歩きだした。僕は、その羽根のない天使の背中に続いた。