Aランクパーティ【黄金のタカ】参上!
ここは【竜の森】とよばれている原生林の奥。僕はごつごつとした岩を背に身をひそめていた。小さく丸まり声をあげないようぐっと奥歯をかむ。
僕の背にある岩の向こうで、ドラゴン討伐作戦中だ。
僕の所属するAランク冒険者パーティ【黄金のタカ】のメンバーたちが二つ足の小竜【カリヨンドラゴン】と戦闘中だ。すさまじい音が入り乱れて飛んでくる。一連の音を聞いているだけで壮絶な戦いのさまがありありと頭の中に浮かんでくる。
何かがぶつかりあう鈍い音、メキメキという木々のへし折れる音、ほどばしる破裂音、そしてついに、カリヨンドラゴンの断末魔の悲鳴が響き渡った。
「ァオオオオォォォン!!!」
耳をつんざく遠吠え。
周囲の枝葉がざわめき僕は思わず耳をふさいだ。少し遅れて、大地がずしんと揺れた。
そして、空気が静まった。
終わったのかな。
僕はゆっくりと両手を耳からはがし、体の向きをかえて岩に手をつく。恐る恐る岩陰から顔をつき出した。少し先、草むらに寝そべる大きな物体。緑の鱗に覆われたカリヨンドラゴンが顔をだらりと横たえ、柔らかそうな腹を上に突き出してひっくり返っている。大きさからみて中型くらいか。
その腹の上に立つ男。僕たちAランク冒険者パーティのリーダーである剣士【アスター】だ。卓越した剣技の持ち主。
アスターは満足げな顔で長い剣を天に振り上げると、獣のような雄たけびを上げた。そして血まみれの端正な顔を僕のほうに向け、興奮さめやらぬといったうわずった声で告げた。
「ネイル! もう大丈夫だ。じゃ、後は頼んだぞ。こいつの死体をギルドまで連れていけ!」
「え、あ……わかった!」
僕はあわてて立ち上がると、ひらりと岩を飛び越してカリヨンドラゴンに駆け寄る。その途中、突然足に何かがひっかかり視界がぶれ、僕はそのまま前につんのめった。ずしゃり、と顔からこける。
「ぶへっ!」
とっさに両手を前についたけど、顔を打ちつけてしまい、つぶれた悲鳴が草むらにこぼれた。
僕は自分の足を絡めとった何かの正体を見ようと四つ這いの体制で振り返る。視界に入ったのはつま先が上を向いた革靴。僕はその色褪せた茶色い革靴から、視線を動かし上までなぞっていく。
そこには、うす笑いを浮かべる坊主頭の男。
同じパーティメンバーの斧の戦士【モートン】だ。モートンは丸太のようにぶっとい腕を組んでこちらを見下ろし笑った。
「あ、ネイルだったのか。わりぃわりぃ。カリヨンドラゴンが死んだ途端に岩陰から飛び出てきたからよ。てっきりドラゴンの死肉に群がるひもじい狼かとおもっちまった」
またか。
いつもの嫌味だ。モートンはすごく大きな体の持ち主のくせに心がやけに小さい。僕は何の返事もせずに、押し黙ったまま立ち上がると服についた砂を手で払った。
その時「やめなさいよ」という、女の子の声が聞こえて僕は振り返る。
モートンの後ろから赤いローブ姿の女の子がすっと進み出てきた。炎の魔法使い【シラ】が赤茶の髪をなびかせてクスクスと口元を押さえる。モートンの隣に立ったシラはモートンの脇腹をひじで軽く小突いた。
そして「ちょっと、かわいそうじゃないの」とか言いながら、ちっともかわいそうだとは思っていないようなイジワルな目で僕をみた。モートンが答える。
「だってよぉ、シラ。こいつ俺たちと同じ報酬を貰ってるんだぜ。俺たちは命を懸けて戦ってるってのに。こいつはその間岩陰で震えてて、魔物が死んだら得意げに飛び出してくるんだからよ。不公平じゃねぇか」
また、その話。
筋肉バカのモートンが僕に突っかかってくる理由はいつもこれだ。魔物討伐の時に戦闘にあまり参加しない僕と、戦闘の最前線に立つ自分とが同じ報酬というのがどうにも気に食わないらしい。でも、その不満を僕にぶつけるのはすじ違いってものだ。
このパーティで稼いだ報酬の配分はリーダーであるアスターが決めている。文句があるならアスターに直接言えばいい。でも、モートンはアスターには怖くて何も言えないから、僕に八つ当たりをしているに過ぎない。
僕とモートンの報酬配分が同じってことは、リーダーであるアスターは僕とモートンが同格であると認めている証拠だ。
アスターはモートンと違って倒した魔物の死体を運ぶことがいかに大変かを知っている。
とくに、こんな森の奥で倒した中型のドラゴンを町の冒険者ギルドまで運ぶことにどれほどの労力が必要になるか。
ドラゴンというのは言ってみれば固いころもに包まれた大きな筋肉の塊だ。普通に運ぼうと思えば荷台を用意しなくてはいけない。それに運搬には何人もの人手が必要になる。そういう人たちを雇うだけで報酬のなん分の一かが支払いで消えていくことになってしまう。
でも、僕はたった一人でこの大きなドラゴンを運ぶことができる。
そう、僕のスキル【死体操作】を使えば。